漫画家・浅見理都が刑事弁護人に聞くザイヤのオオカミ

第3回 久保有希子弁護士に聞く(3)

常に謙虚であり続ける

どんな話でも決めつけず、受け止める


刑事弁護界も変わった

 坂根先生は刑事弁護を「天職だと思う」と言っていましたが、久保先生はいかがですか。

 私も、まわりから見てどう思われるかは別として、少なくとも自分の中では天職だと思っています。

 天職と思えるのは羨ましいです。昔と比べて「刑事弁護界は変わったな」と思うことはありますか。良い方でも悪い方でも結構です。

 早い段階から刑事事件に興味を持っている若手の弁護士が、以前より増えている印象があります。「大学とか高校の頃から刑事事件がずっとやりたかったんです」みたいな人も結構いますしね。

 早いですね。

 早め早めに刑事事件に絞って興味を持っている。少なくとも修習の頃には「刑事事件を中心にやりたい」というところまで絞って、進路を考えている人が増えている気がします。その意味で、修習の頃から若手がいろいろなセミナーに参加している印象があって、若返っているんですかね。

 私は、先ほど言ったように、修習の頃なんて、まだ進路を全然決められていなかったので、「そんなに早いうちから刑事弁護に絞るなんてすごいな」と思いながら見ています。

 確かに。やりたいことが決まっているということですもんね。

 そうですね。

疑わしきは罰せず

 今日、お話を伺って、久保先生も「木谷(明)先生が好きそうだな」と思いました。

 そうですね。木谷先生は、法科大学院の最終講義を聞きに行きました。

 それは、うらやましい。

 木谷先生は「事実に対して謙虚だな」という印象を持っています。『「無罪」を見抜く——裁判官・木谷明の生き方』(岩波書店、2020年)を書いたからいいということではなく、そういう姿勢がすごいなと思います。

 私は、刑事裁判の実務修習を受けたときの担当部の裁判長を本当に尊敬していて、イメージとしては木谷先生のような感じの裁判官でした。

 それは、ラッキーでしたね。

 すごく評判のいい裁判官でしたが、私は「『疑わしきは罰せず』という考えに本当に忠実な人だな」という印象を持っています。それは木谷先生にも、その裁判長にも共通して感じるところで、結局、事実や証拠に対して謙虚だからこそできるんだろうと。「自分の信念に基づいて、どう判断するべきかということを考えているんだろうな」という印象を持っています。

 うんうん。ここにも木谷先生のファンがいた。(笑)

女性の刑事弁護人のたいへんさ

 「女性の刑事弁護人が、すごく少ない」という話を聞くのですが、久保先生もそう思いますか。

 刑事弁護には、確かに少ないです。以前より増えてきている感じはありますが、いったん興味を持っても、そのあと離れていったりする人もいて、男性と比べると、すごく少ないと思います。

 よく聞くのは「女性だと、結婚して子どもが生まれると、接見に行けない」という物理的な話です。あと、急に国選の要請が来ても、それに対応できないため、なかなかやりにくいという声も聞きます。

 なるほど。じゃあ、子育てが終わったあとに復帰するとかも、あまりないんでしょうか。

 一度離れてしまうと、もうそのままという話は結構聞きます。

 刑事弁護が嫌になって離れたというより、ライフスタイルと合わなかったという感じでしょうか。

 そういう印象を持ちます。一方、「刑事事件に対して、単純に『怖い』という考えを持っていて、なかなかできない」ということも聞きます。

 一般的なイメージで?

 一般的なイメージもそうですし、実際、依頼者から結構いろいろ言われたりすることもあるのだと思います。それは、負の感情であったり、逆に恋愛感情であったり。それは別に男女に関わりませんが、そういうことを言われると、「ちょっと怖くなっちゃって」ということを聞くことはあります。

 一般的に「刑事事件は怖い」というイメージだけではなく、「実際やってみて、依頼者との関わりが怖くなった」ということを聞くことはあります。そういう不安を解消できるよう、女性の刑事弁護人のコミュニティを作ったりはしています。

 サポート体制まで考えられてて、素晴らしいです。

新人弁護士に対するアドバイス

 最後に「これから刑事弁護人になりたい」という若い人にアドバイスするとしたら、どんなことを言いますか。

 刑事事件をやるにしても、どんな事件をやるにしても、いろいろな経験をして、友人をたくさんつくり、幅広い知識を持つことが大切だと思います。本で勉強するだけでなく、多くの人を知り、いろいろなことを知っていることが本当に重要なのです。

 「刑事事件をやりたい」と思ったときこそ、刑事事件以外の経験を大切にしてほしいですね。

 「刑事事件に関することより、それ以外のことが意外に大事なんだよ」と。

 そうです。結局、想像力が必要です。その想像力を支えるのは、さまざまな経験をして、いろいろな人がいることを知っていることだと思います。勉強だけだと補えない部分が出てくるので、依頼者の話を理解できないこともあるかもしれません。

 刑事事件を起こしてしまう人、あるいは巻き込まれてしまう人は、バックグラウンドに大きな問題を抱えている人が本当に多いんです。親から虐待を受けていたとか、友人からいじめられていたとか。

 そういう人たちの話を真摯(しんし)に受け止めるには、「この人は、どういうことに苦しんでいるんだろう」とか、「何でこういうことになったんだろう」と理解に努めなければなりません。その人のすべてを理解することなんて絶対に不可能なんですけどね。

 そういうときに、単に「やっちゃいけないんだよ」と薄っぺらいことを言ったところで通じるわけがありません。少しでも歩み寄るには「こういうことを言われたら嫌だろうな」ということをきちんと考えて、言葉を選ばなければなりません。それが信頼関係につながると思います。

 言葉を選ぶのって、重要ですね。視野が狭くならないようにするのも大事ですね。

 事件の戦略を考えるときに、自分の経験がないことで検討が浅くなることが、なにより怖いなと思います。一度でも経験したことであれば、「この場面では、人はこういう行動をとるから、こういう証拠があるはずだ」と想像して、証拠収集につなげることもできます。

 そうはいっても、弁護士になると遊び回る時間もなくなるので、学生の間にいっぱい遊んで、たくさん友達をつくり、しっかり勉強もする。いろいろな経験を時間の制限なく積めるのは学生の間まで、とは思います。

 一見、無駄に見えることが大事だったりしますね。ありがとうございました。

(2021年07月05日公開) 


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