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2019.02.15

ディビッド・ブルースター × 相澤 育郎 対談「日本における犯罪学教育と若手研究者の現状」【犯罪学研究センター】

日本における犯罪学研究と犯罪学教育の可能性とは?

ディビッド・ブルースター(David Brewster)犯罪学研究センター・博士研究員(PD)【参加研究ユニット:治療法学】

ディビッド・ブルースター(David Brewster)
犯罪学研究センター・博士研究員(PD)
【参加研究ユニット:治療法学】


相澤 育郎(Ikuo Aizawa)犯罪学研究センター・嘱託研究員、立命館グローバル・イノベーション研究機構・専門研究員【参加研究ユニット:犯罪社会学・政策評価・意識調査】

相澤 育郎(Ikuo Aizawa)
犯罪学研究センター・嘱託研究員、立命館グローバル・イノベーション研究機構・専門研究員
【参加研究ユニット:犯罪社会学・政策評価・意識調査】

犯罪学との出会い、そして現在の研究に至る経緯とは?

ディビッド・ブルースター(以下、DB):
私はイギリス・カーディフ大学の犯罪学課程を卒業後、奨学金を得て、同大学の社会科学調査法修士課程、そして犯罪学博士課程に進みました。研究の中心は、薬物や大麻に関する政策決定でした。博士課程とポストドクターを終えた後、ブリストルの西イングランド大学で、およそ1年半、犯罪学の講師をしました。この時期に、私の博士論文から、薬物政策に関連するテーマやその比較についてさらに研究を深めたいと考え、日本での研究に関心を持つようになりました。ちょうどその頃、龍谷大学 犯罪学研究センターが開設され、石塚先生とも相談して、博士研究員に応募しようと思いました。
現在、私は日本の薬物政策に関する調査研究を続けています。研究の中では、依存症から回復している薬物使用者のライフストーリーと、薬物使用者と一緒に働く実務家の認識や価値観に焦点を当てています。
私がなぜ犯罪学の道を選んだのかというと、犯罪学(犯罪や犯罪化、取り締まりなどに関心をはらうこと)は、社会生活を批判的に検証する興味深い「窓」を提供してくれると思ったからです。犯罪学は私たちに、ルールの策定や行使について疑問を投げかけることを可能にし、なぜ人はルールを守るのか、あるいはルールを破るのかについて、より良く理解するためのツールを与えてくれるのです。それにより、権力を持つ人々によってもたらされる不正を暴き、立場の弱い人々に発言の場を与えることができるのです。社会が犯罪や社会的な危害をどのように経験しているのか、またそれらにどのように対処しているのかを知ることは、社会において危害を減らし、より良き社会生活のあり方を構想するのに不可欠なのです。

相澤育郎(以下、相):
私にとって犯罪学との最初の出会いは、龍谷大学法学部在学時代に受講した「矯正・保護課程」でした。現役の保護観察官や幹部経験者による授業はとても興味深く、自分の知らない世界で働く人たちのことを知ることができました。また学部の犯罪学や刑事政策の授業も、毎回新鮮な驚きに満ちたものでした。それまで自分が抱いていた犯罪者や非行少年のイメージが大きく覆されたことを記憶しています。
その後、修士課程では犯罪学理論を、博士後期課程では九州大学に進学し、犯罪者処遇理論や行刑法を研究しました。博士学位取得後は、立命館大学の立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)の専門研究員として、フランスの刑罰執行制度、グッドライフモデルなどの犯罪者処遇理論、そして刑事施設医療など、主に犯罪をした人たちの処遇と社会復帰の問題について研究しています。



世界でも有数の「安全な国」である日本での犯罪学研究と教育の可能性とは?

DB:外国の研究者は「なぜ日本では犯罪が少ないのか」というテーマを研究してきました。日本がどのようにして「安全な国」であると同時に経済発展を遂げたのか、ということが疑問とされてきました。そして多くの場合、もっとも重要なのは日本固有の文化であると考えられてきました。この点で、David Bayleyによる警察政策に関する研究が有名です。
しかし、私はこれまでの文化による説明には限界があると考えています。文化とは一つの視点で語られるものではなく、日本社会も一つの価値観で構成されているわけではありません。にもかかわらず、そうした説明は、唯一の文化という発想に基づいて考えられています。そこでは、文化の多様性が十分考慮されていないように思えるのです。加えて、そうした説明は、古い日本文化の考え方に基づいています。しかし、日本社会はこの20〜30年で大きな変化を遂げました。たとえば、晩婚化や雇用の不安定化、高齢化社会による世代間ギャップの拡大などです。そのため、日本では社会的なコントロールが弱まっていると言えるかもしれません。しかし、それならば、なぜ日本では犯罪が増加していないのでしょうか。少年犯罪は依然として極めて少ないのです。そこには、他に理由があるように思えます。社会は変化していますが、文化的背景はまだ重要な要素のようです。したがって、「日本文化は社会状況に対していかに適応し、変化しているのか」という点がポイントになりそうです。

相:日本の犯罪学の状況という点でいえば、法学部であれば刑事政策学や刑事学、社会学部であれば犯罪社会学、心理学部では犯罪心理学、医学部では法医学や犯罪精神医学といったかたちで、それぞれが相対的に独立して研究や教育を進めてきたように思います。これは社会学を中心としたアメリカ流の犯罪学の発展とは異なったもので、日本的な展開といえるかもしれません。
ただ、それぞれが独自の発展を遂げる一方で、相互理解はそれほど進んでいないようにも思います。たとえば、私の所属する立命館大学のプロジェクトは、法学と心理学の立場から、社会問題の修復や当事者の回復を実現するための制度の構築や実践を研究テーマとして掲げています。そこでのメンバー構成は、法学研究者と心理学研究者が半々程度です。また嘱託研究員を務める龍谷大学犯罪学研究センターでは、「国際自己申告非行調査」や「日本版キャンベル共同計画」などで、主に社会学研究者と共同研究をしています。そうした中で感じるのは、心理学や社会学は研究対象の調査や分析の手法といった点で、高度に洗練されてきているということです。法学部では、そうした方法論などを学ぶ機会はなかったのですが、刑事政策を語るうえでは、そうした知識は今後不可欠になってくると思います。他方で、刑事政策学の中で積み重ねられてきた、刑罰や犯罪者をめぐる議論や、諸外国との比較法研究などは、あまり知られていないように思います。
仮に日本で犯罪学部ができるとしたら、こうした多様な分野の研究者が集い、相互の知見を補完し合うような総合的な学部になるのではないかと思います。それは研究の面でも教育の面でも、とても面白い試みになるのではないでしょうか。

DB:もちろん犯罪学研究の成果は、教育課程にも活かされうるし、そうあるべきです。しかしながら、個人的には、犯罪学を学ぶことを通じて、学生が問題にこたえるためのツールを得ることが重要だと考えています。
つまり、第1に「研究すべき犯罪学的な『問題』とは何か?」。たとえば、それは低い犯罪率であったり、違法薬物の所持や使用であったりするかもしれません。
第2に「どのようにしてその問題を研究することができるのか?」。たとえば、全国的なアンケート調査を用いることが適切な場合もあれば、個人や集団の生活世界をより綿密に描き出すエスノグラフィー的な調査法を用いることが良い場合もあるかもしれません。
第3に「どのようにしてその問題を理解し、説明することができるのか?」。調査したものの傾向や結果を説明するために、どのような理論を使用し、また構築することができるのか。
第4に「問題を変えるために、そこから何を学び取ることができるのか?」。
要するに、犯罪学の教育カリキュラムは、犯罪学的問題を特定し、調査し、分析し、そして評価することができるように学生をトレーニングすると同時に、理論と方法論の間の密接な関係性に気づかせることが必要なのです。もちろん、進行中の研究プロジェクトから素材や成果を提供することは、新鮮で好奇心を刺激する知識を学生に与えることになります。現在の問題や研究について、専門家から直に話を聞く機会ともなるでしょう。
来年度から私は、Japanese Experience Program(JEP)の「龍谷・犯罪学」に関する講義で、何回か登壇する予定です。これらの講義は、日本文化と犯罪や違法薬物使用との関係、そしてその統制に焦点を当てることを予定しています。そこでは、先ほどの4つのフレームワークを用いるとともに、私自身が行なっている研究から、実際の事例や経験なども紹介したいと思います。



若手研究者の現状とこれからの研究者のあり方とは?

相:分野によっても多少異なるかもしれませんが、若手研究者の状況は全体として厳しいように思います。たとえば文科省の調査によれば、学術研究懇談会に所属する11大学の教員のうち、任期付き雇用の割合が2007年から2013年の間で27%から39%に増加しています。しかもその内訳を見ると、40代以下の任期付き雇用の割合が顕著に増えていることがわかります。要するに、若手研究者の雇用状況は不安定化し、先が見通しづらくなっているのです。
そうした中で、ブルースターさんから犯罪や非行を研究する若手研究者のためのネットワークを作ろうという提案を受けました。

DB:私は犯罪・非行を研究する若手研究者のためのネットワーク(Early Career Criminology Research Network of Japan:ECCRN)を作りたいと考えました。なぜなら、犯罪学研究センターが設立されたように、専門領域としての犯罪学は、日本で根づき始めたばかりですが、若手研究者のための組織があまりないことに気づいたからです。英国では多くの若手研究者グループがあり、その中で若手同士が直面する共通の問題を議論したり、飲み会でストレスを解消したりしていました。
また、若手研究者グループにいれば、キャリア促進の可能性もあると考えています。たとえば、キャリアを促進しようと思えば、論文を発表しなければなりません。英国では、“Publish or Perish”という言葉があります。研究を続け、論文を書き、それを出版することが極めて重要なことなのです。
さらにいえば、良くも悪くも、ほとんどのジャーナルは英語で書かれています。もっとも知られ、影響力のある犯罪学ジャーナルは、すべて英語です。これは日本の研究者は、研究を国際的なものにしなければならないことを意味しています。
ECCRNのようなグループは、日本に来たいと思っている外国人研究者にとっては、最初のコンタクトを容易にするでしょうし、また日本の研究者にとっては、私のような英語を話す研究者と議論をする一つのきっかけともなります。新たな共同研究や共著論文、共同で研究費を獲得することも考えられます。
そこにあるのは、私たちがキャリアを積むにあたって、一緒に取り組む必要があるというセルフヘルプの哲学です。空から何かが降ってくるのを待つのではなく、自ら行動するつもりです。たとえば、「研究のためのスキルを磨きたい?じゃあ一緒にセミナーをしよう、ゲストを招こう、それを私たち自身でやろう」ということです。「結束すれば、私たちは強くなれる」。そのような思いを込めて、このグループを作りました。

相:はじめに彼から「作ろう」という提案を受けたときは、自分にはまったくない発想だったので戸惑いました。しかし、自分にとってもそうした集まりは必要であるし、何より面白そうだと考え、すぐに2人で会の目的や当面の運営方針を相談して決めました。現在メンバーは26名程になっており、住んでいる地域や出身国も様々です。呼びかけに応じてくれた人もいれば、ネットで情報を得て連絡をくれた人もいます。2019年3月24日には、龍谷大学で「ECCRNキックオフシンポジウム」を開催することを計画しています。ぜひ多くのみなさんにご参加いただききたいです。
ECCRNウェブサイト https://hanzaigaku.wixsite.com/eccrn



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