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林恩貞(イム·ウンジョン)さんが現在、勤務している大邱地方検察庁

4 人生の岐路に立って

 その後、しばらくこの不義に対して沈黙し、現実を無視して妥協しながら、職務にあたっていました。職務遂行能力が評価され、2009年法務部に発令されました。最も優秀な検事たちが集まるという法務部(日本の法務省に相当する)で3年間勤めました。

 そのとき、「検事の個人的逸脱に過ぎない」と考えてきた不正義が、組織的問題であることに初めて気づきました。不正を働いていた何名かの検察幹部個人の問題だとして告発を避け、組織的な不正に沈黙し黙認し続けるのか? それとも、検察庁法によって上級者の指示に対して異議申立権を行使するのか? 内部告発を決心した後も、しばらく心の中だけで異議を唱えていました。良心の呵責に苦しみましたが、報復の恐怖の方がもっと大きかったですから。

 2012年、ソウル中央地検に発令され、同公判部で1960~70年代の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領時代に起きた民主化活動家・朴炯圭(パク・ヒョンギュ)1)牧師と政治家・尹吉重(ユン・ギルジュン)2)進歩党幹事長の過去事再審事件を相次いで担当することになりました3)。当時は李明博(イ・ミョンバク)政権の時代だったので、過去事事件の再審公判で求刑問題を協議する公安部は政権の意向を背景に「鬼に金棒」の状態でした。

 過去事再審事件では、拷問などで虚偽の自白を得たことが確認され、無罪であることは明らかであり、すでに共犯の無罪判決が確定している状況もありました。私が担当した事件も無罪判決が確実視されていて、9月に朴炯圭牧師事件の決裁を受ける過程でも、無罪求刑が認められる見通しでした。しかし、李明博大統領退任後、2012年12月、朴正熙大統領の娘である朴槿恵(パク・クネ)候補が大統領に当選したため、公安部はさらに強硬になり、私に圧力をかけてきました。

 公判部部長検事も、私に白紙求刑(懲役数年など具体的な意見陳述をせず、裁判所で判断してほしいという異例の意見陳述)を指示しました。白紙求刑をした後、裁判所の無罪判決に対して機械的に控訴・上告する検察の不正義な慣行を黙認するのか? それとも、検察の不正義な慣行と部長検事の指示に異議を唱えるのか? 私は、人生の岐路に立ちました。

5 険しい道を歩む

 尹吉重進歩党幹事長事件の再審公判では、無罪を求刑すべきことが明らかでした。朴正煕大統領がクーデターを起こした後、政敵排除のため違憲な法律を立法化して、適法な政党活動を北朝鮮に有益な活動として立件した事案であり、公安部も無罪判決が確実視されていることを認めていた事件です。しかし、朴槿恵候補が大統領に当選した後、公安部は、これまでの再審無罪判決が誤りであると主張し、尹吉重事件の再審公判では白紙求刑するよう私に強く求めました。私がそれに異議を申し立てたところ、部長検事から異動を命じられ、担当から外されました。これまで、上意下達の検察内で検事が異議申立権を行使した事例はなく、手続規定も他にないことを理由に、私の異議申立ては黙殺されました。

 職をかけた私の異議申立てがことごとく黙殺された後、どうすればいいか悩みました。刑事訴訟法に基づく検事の意見陳述義務を放棄した白紙求刑という慣行を、このまま傍観するべきか? それとも、無罪求刑を強行した後で、白紙求刑命令と異議申立てを黙殺した異動辞令の違法性を争うべきか? 

 再び人生の岐路に立つことになり、心は揺れました。何をすべきかは明らかでしたが、報復の恐怖に圧倒されて躊躇していました。その週の日曜日の教会礼拝中に、ようやく決心しました。キリストが無罪であることを知りながらも十字架刑を宣告したポンテオ・ピラトのそばに立つのか、それとも十字架刑を受けたイエスのそばに立つのか。その重大な岐路でもあることに気づいたのです。このように、検事としての職業的良心に、キリスト教信者としての宗教的決断を加えて、恐怖をかろうじて乗り越えることができました。「私は大韓民国の検事だ。ソウル中央地裁公判検事の席で、検事として『生』を全うしよう」。

6 「真の検事」として生きる

 2012年12月28日、「白紙求刑の指示を受けたが、白紙求刑は違法である。尹吉重は無罪なので、無罪求刑をしに法廷に行く。懲戒したければ懲戒せよ!」という趣旨の文を検察内部のインターネット掲示板に投稿し、ソウル中央地裁に行って法廷の公判検事出入り口を閉めて無罪求刑を強行しました。覚悟した通り、停職4か月の重い懲戒処分を受け、検察のブラックリストに載り、人事的な不利益はもちろん、厳しい監視に苦しめられたのです。

 懲戒処分に対する異議申立てをしたところ、予想通り「白紙求刑は不適法・不当な求刑であり、部長検事の異動辞令は権限のない者の指示であり、無効」という理由で勝訴判決を受け、5年ぶりに懲戒が取り消されました。2019年、最高検察庁は「今後の過去事再審事件で無罪求刑をせよ」と指示するに至りました。最高検察庁の公文書に接し、検事としては胸いっぱいのやりがいと歓喜に震えました。

 韓国の検事は、「私は、不義の闇を取り除く勇気ある検察官、力がなく疎外された人々を助ける温かい検察官、真実のみに従う公平な検察官、自分により厳しい正しい検察官」になると宣誓して任官します。私は、岐路に立つたびに「検事宣誓文」4)を眺めています。

 検事宣誓文の通りに検事の仕事を全うする自信はありませんが、その宣誓通りにするために努力し続ける覚悟です。

 私こそ、大韓民国の検事ですから。

(翻訳:李晋煥〔『続けていきたいと思います』編集担当〕、翻訳協力:安部祥太〔『続けていきたいと思います』訳者〕、林恩貞氏の原文のPDFはこちら

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(2023年09月12日公開)


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