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第8回辻孝司弁護士に聞く

無罪になる確率が1%でも上がるなら、どんなことでもやらなければならない


1 不純な動機で始めた刑事弁護が……

髙橋 弁護士になった頃から刑事弁護に力を入れようと考えていらっしゃいましたか。

辻 51期司法修習の時代は、刑事事件なんかやらないという雰囲気が修習生の中にありました。刑事弁護冬の時代です。私も多数派の一人で、自分が刑事弁護をやるなんてまったく思わずに弁護士になったんです。

貴谷 刑事弁護に力を入れるきっかけは何だったのでしょうか。

辻 私が弁護士登録した頃は、国選の引き受け手がいない時代でした。それで、月に2〜3件、小遣い稼ぎの感覚で受任していたんです。当時は被告人国選でほとんど認めの事件だから、そんなに大変じゃない。情けない話ですが、最初はそんな不純な動機で刑事弁護をやっていました。でも、そうやって数をこなしていると、弁護士登録から2年経った頃、京都弁護士会刑事委員会の国選部会長だった堀和幸先生から「辻くん、殺人事件やけど、やってみないか」と電話がかかってきたんです。それまでやっていた国選事件は、窃盗や覚醒剤、傷害といった事件で、否認事件もありませんでした。なので、最初は「先生、そんな大変な事件やったことないから無理ですよ」とお断りしたんです。そうすると、なぜ堀先生が認否を知っているのかは知らないけど、「被告人は認めているし、辻くんは、たくさん刑事事件やっているみたいだし、できるよ」とおっしゃるので、「じゃあ、やります」と引き受けました。

髙橋 具体的にはどういった事件でしたか。

辻 夫が妻子2人を殺害したという殺人事件です。罪体に争いはない。動機もとても身勝手で同情の余地がない。被害者遺族の処罰感情も激しい。重い刑罰になるだろうとは思いましたが、できる限りの情状弁護をしようと思って、自分なりにいろいろ考えてやりました。前科もなく、仕事も真面目に務め、周囲からの評価も高かった被告人がなぜこんな事件を起こしたのか、犯行に追い込まれていく心境をリアルに伝えて、誰もが陥ってしまうおそれのある事件だと裁判官に伝えたいと思いました。そのために、何度も被告人と接見して話を聞きました。当時は五月雨式審理の時代ですが、審理の途中で検察官が追加の証拠請求をしてきたんですね。被害者に掛けられていた保険金リストを出してきて、保険金殺人という主張を始めたわけです。それで、どんな保険があるのか見てみると、勤務先の団体保険や学資保険といったありふれた保険なんです。直前にかけたわけでもないし、特に高額でもない、被告人が保険金請求の準備をした形跡もまったくない、それなのに証拠として出して、保険金殺人だと言い始める。死刑求刑をするために、証拠請求してきたんだということがわかりますよね。そして案の定、死刑求刑をしてきました。

貴谷 証拠からすると、保険金殺人という筋はありえませんよね。

辻 検察官も保険金殺人は無理だとわかっていたと思う。おそらくは、遺族の突き上げがあって、死刑求刑せざるをえなかった、そのための形を作らざるをえなかったのだろうと思っています。でも、検察官が最終的には絶対この事件は死刑にはならないと思っていたとしても、法廷で軽々しく死刑という人の命を断つ選択を口にすることが許せませんでした。人の命を軽く扱っていると怒りを感じるとともに、この国の刑事裁判のあまりの軽さに憤りを覚え、そこから本気で刑事弁護をやるようになりました。それまでは、死刑制度についてあまり考えたこともなかったんだけど、それ以来、この国の刑事裁判に死刑を扱う資格はない、死刑を廃止しなければならないと真剣に考え、目標となりました。

髙橋 その事件をきっかけに刑事事件にさらに深く取り組むようになったということでしたが、そこから今まで、刑事弁護をやっていて辛かったご経験などはありますか。

辻 裁判員裁判で被害者遺族に気後れしたことが、私の中で最も後悔していることです。殺人事件なんだけど、被害者参加もあって、とても処罰感情が厳しい事件で、最終弁論の際に量刑傾向の話をしようと量刑グラフをディスプレイに映し出した瞬間、法廷でどよめきが起こって、「そんな量刑ありえない、死刑やろ」といった雰囲気になるんですね。そういう視線、空気をヒシヒシと感じる。そこに臆してしまって、量刑グラフについて十分な説明ができなかったんです。

髙橋 その事件では、判決はどうなったのでしょうか。

辻 本来の相場よりも重くなってしまいました。弁護人として言うべきことを言えず、責任を果たせなかったと今でもずっと後悔しています。自分を守ってしまったんですよね。それ以降は、弁護人としてやるべきことを事前に深く考えて自分の中に落とし込んで、弁護人として正しいことであれば、誰にも何ら遠慮することなくやれと肝に銘じています。でも、弁護人は反省して次は頑張ろうでいいけど、被告人にとっては一生に1回きりの裁判だから、今考えても本当に辛い経験です……。

2 徹底的に技術を磨く──被告人の権利を守るために

貴谷 辻先生は、法廷技術の研鑽に力を注いでいらっしゃいますが、そういった経験があってのことなんですね。法廷技術の向上のため、辻先生は京都法廷プレゼンテーション研究会を運営されていますが、どういった経緯でできたのですか。

辻 私が会務活動で中心的に動き始めたころ、2004年に被疑者国選と裁判員裁判という制度ができました。弁護士会としても対応しなければならないという話になりまして、その頃、私が京都弁護士会の刑事委員会副委員長をしていて、裁判員裁判を担当することとなりました。そこで、京都弁護士会で裁判員制度に対応するためにプレゼンテーションの研修を企画しました。

髙橋 法廷でのプレゼンテーションも、今だからこそ当たり前のことだと思いますが、当時は抵抗感などなかったのでしょうか。

辻 「刑事弁護は、証拠と論理があって、それによって無罪や有罪を主張するべきで、上手に喋ってそれで無罪を取るとか、それはおかしいんじゃないのか」という抵抗感は弁護士の間で強かったですね。私はプレゼン賛同派でしたが、最初はプレゼンテーションが何なのかもわからないまま、スタートしました。それに、プレゼンテーション以前に尋問技術すら危うい時代だったから、新しい制度に即した研修がほかにも必要になります。そこで、まずインターネットで「プレゼンテーション」と検索し、見つかったプレゼンテーションの団体にメールで問合せしてみるのですが、だいたい無視される。初めて返事をいただいたのが、国際プレゼンテーション協会というNPO法人でした。協会のホームページには、「裁判員制度がこれから始まる。でも、弁護士は間違った方向にいくだろう」というドキッとする提言が掲載されていました。アポを取って東京まで行って代表者の方にお会いして話を聞いてもらいました。それで、弁護士会での研修の講師にお迎えできることになりました。この研修をきっかけにして、現在の京都法廷プレゼンテーション研究会を立ち上げることになったんです。それが2006年のことです。

髙橋 プレゼンテーション研究会では具体的にどのような活動をされていますか。

辻 今は、メンバーが15人程度いるんだけど、みんな、刑事弁護を熱心にやっている人たちなので、誰かしら裁判員裁判を持っています。裁判員裁判の本番1カ月位前に自分がやる裁判の冒陳や弁論のリハをやってメンバー全員から駄目出しされて、本番に挑むんです。私も何回もやらせてもらっています。リーダーとか関係なくとことん駄目出しを喰らうんですが、研究会で出てくるアイデアはすごい。話し方が上手とか下手といったこともやるんだけど、それ以上に、法廷戦略や戦術の部分、NITA研修でいうケースセオリーを考える、それを踏まえて冒陳で何をすべきか、弁論で審理をどうまとめていくのかということを議論していきます。研究会での議論を踏まえて、弁護方針がガラッと変わることもある。被告人の主張は前面に出さずに検察側証人の弾劾に徹した方がいいぞとか、被害者の落ち度は主張しない方がいいぞとかね。おそらく、刑事弁護のエキスパートの弁護士が集まって、実際に担当している個別具体的な事案の弁護活動について議論して掘り下げて検討している活動は全国的にみても少ないでしょうね。

貴谷 私も弁護士登録をした年に1回だけ参加させてもらいました。そのときに、冒陳のプレゼンテーションをさせてもらいました。メンバー全員がフラットな関係なので、何の遠慮もなく忌憚のないご意見をいただきました。講義や実演型のようなトップダウン方式じゃなくて、とても面白く、何よりも勉強になりました。

髙橋 辻先生が、法廷でのプレゼンテーションにおいて一番大切と考えていることは何でしょうか。

辻 最初は、身ぶり手ぶりを使って上手に喋るのがプレゼンテーションだと誤解していました。今も多くの人はそう思っている。我々は、話す技術のことをデリバリーと呼んでいるんだけど、身ぶり手ぶりを使って上手に喋るのは、プレゼンテーションの中の一部、デリバリーの部分の話でしかない。それだけを練習して上手くなったとしても、それではプレゼンテーションは成立しないわけです。その技術にのみ拘泥するのならアナウンサーがやればいいという話になってしまう。まずは戦略を立てなくちゃいけない、法廷のシナリオをつくらなくちゃいけない、最終的にそれをデリバリーすることで、初めて完結したプレゼンテーションになる。もちろん、デリバリーの技術は最低限持っていないといけないんだけど、結論に至るまでのシナリオをどう組み立てていくのかというところが一番重要なことですね(詳しくは、『入門 法廷戦略──戦略的法廷プレゼンテーションの理論と技術』参照)。

髙橋 実は、僕は京都で司法修習をしていたときに、法廷で紺のネクタイをすることに決めているという話を辻先生から伺ったことがあって、それがとても強く印象に残っています。私も、東京でやっていた頃から、裁判員裁判のときには自分の中で特別に決めている紺のネクタイを締めるようにしています。プレゼンテーションの観点からしても、法廷での弁護人の服装や見た目、立ち居振る舞いは大切なことなのでしょうか。

辻 弁護士が弁護人としてやるべきことは被告人の権利を守ることしかないわけですよ。役者のように法廷で演じることが必要であれば、それをやらなくちゃいけない。証拠を精査して矛盾を見つけて論理で説得することが必要ならば、それをやればいい。被告人の利益になるのだったら、どんなことだってやれよというのが私の考えです。当時はスーツのポケットにペンを刺すなとか、身なりについてもいろいろと言っていましたけど、それは裁判官・裁判員の集中力を阻害する要素はとことん削ぎ落とすという話なんです。昔は、体型や姿勢でも個性が強いと、裁判官・裁判員がそこに気を取られて注意が削がれるかもしれないと思って、ジョギングしてみるとか、スポーツジムに通うとか、いろいろなことをやりました。歯のホワイトニングもしましたよ。周囲からバカにされるような無意味なこともたくさんしました。でも、それで無罪になる確率が1%でも上がるなら、やらなければいけないと思います。今では、私は裁判員裁判の法廷では、紺かグレーのダークスーツに紺無地のネクタイと白いシャツで黒い靴という装いしかありません。試行錯誤を重ねてみて、今たどり着いている結論は、余計な見た目を作らないということですね。

3 裁判官・裁判員にいかに伝えるか

髙橋 辻先生がプレゼンテーションということを意識されてから、法廷での姿勢や意識は変わりましたか。

辻 私自身大きく変わってきたと思います。裁判員が始まって最初の頃の法廷での弁護活動は恥ずかしくて消してしまいたいくらいです。

髙橋 意識の問題なのか、経験を積んでどんどん洗練されたという話なのか、どのように意識が大きく変わったと思っていますか。

辻 試行錯誤したところがあるんだけど、裁判員が始まって10年以上経った今は、特に裁判官を意識するようになったということが大きいと思います。

貴谷 裁判員ではなくて、裁判官を意識されるのですか。

辻 裁判員制度が始まった頃は、裁判員になった市民の人たちを中心として評議が行われて、裁判官裁判とは違う結論が出てくるという期待の下に弁護活動していました。ところが、現実はそうはなっていない。結局のところ裁判官がキーパーソンです。裁判官を説得できない限りは、思うような結論は得られないっていうことを身に染みて感じました。すると、裁判官の思考パターンに合わせた弁護活動をやらなくてはいけない。けれども、同時に、裁判員にも、裁判官の思考パターンにあわせた主張を理解してもらえるように伝えなくてはいけないということが、今の裁判員裁判で考えていることです。

髙橋 裁判官を意識しながらも裁判員に我々の主張を伝えるためには、どういった工夫をされていますか。

辻 まずは、裁判官の思考パターンを追求することです。刑事弁護をやっていると、刑事裁判のことをよくわかっているつもりになるんだけど、実は裁判官の感覚とはずれていることもよくあるし、裁判官の考え方も時代とともに少しずつ変化している。まず、司法研究や裁判官が書いた論文が基本です。基本的なところでは裁判官はみんな同じようにやっています。それから、担当裁判官のキャラや考えを知りたいとも思うので、公判前整理手続や打合せ期日の会話も重要ですよね。それで、裁判員に伝えようと思うと、裁判官の思考パターンというのはやっぱり、専門家、プロの技術だから、裁判員には簡単には理解できない。そこをいかにわかりやすく説明できるか、しかも、裁判官も納得してくれる説明をできるかですね。そこに弁護人の主張を乗せていくわけです。

貴谷 具体的にはどういった場面でしょうか。

辻 典型的なのは量刑を決めるプロセスですよね。法曹三者はみんな司法研究で示されたプロセスで量刑を決定していく、そんな考え方はおかしいと独自の量刑判断プロセスを主張してもダメですよ。裁判官に無視されますから。ただ、司法研究の量刑判断プロセスは、裁判員には理解困難だし、理解しても納得はしないかもしれない。だから、図やグラフを使って説明する、なぜそういう量刑判断プロセスが必要なのかを筋道立てて解説する。正しく説明すれば、裁判官も弁護人の話に乗ってくれます。裁判官の後押しを得られる状況の上に、弁護人の主張を乗せていくといった感じです。
 裁判官も変化するし、裁判員裁判の運用というか、空気感も常に変化していると思います。その変化を捉えながら、柔軟に弁護活動を合わせていかなければならないと思っています。

(「この弁護士に聞く第38回」『季刊刑事弁護』108号〔2021年〕を転載)

(2022年03月25日公開) 


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