冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第5回

冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第5回

再審における検察官のあるべき姿

再審制度を機能強化するための3つの課題③

水谷規男 大阪大学教授


1 はじめに

 再審制度を改革するための立法提案は、1960年代、1970年代から何度か行われてきた。改正法案が国会に上程されたこともあったものの、これまでの立法提案が実を結ぶことはなかった。しかし、市民運動((2019年5月に「再審法改正をめざす市民の会(RAIN)」が結成され、集会や国会議員などへの働きかけなど様々な活動を展開している。同会の活動については、https://rain-saishin.org/を参照。))の側面からの支援もあって、2023年2月に日弁連が「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」 を公表して以来、この意見書の提案を軸とした再審制度改革の動きが具体化し、2025年に入ってからは、超党派の国会議員連盟の法案が準備され、これと並行して再審法改正をテーマとする法制審議会の部会が設けられるなど、立法への動きが加速している。地方議会や自治体の首長から多数の再審制度の早期改正を求める決議や意見表明がされていることも、刑事法の他の分野の法改正では例を見ない動きである((「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」には、すでに全国会議員の半数以上が参加しており、地方議会の決議は、2025年6月時点で651、首長の意見表明は213に上っている。))。

 このような急速な再審法改正を求める動きの進展の背景には、袴田事件をはじめとする具体的な事件での救済の遅れや事件ごとに区々な手続によって生じている格差がある。ここ数年に限っても、袴田事件や福井女子中学生殺人事件など、弁護団の長期間の取組みの結果として再審開始に至った事件がある一方で、開始決定が取り消された大崎事件や名張事件など、なお救済に至っていない事件がある。こういった再審事件の現状が広く知られるようになってきたということである。
 
 すなわち、今次の再審法改正の目的は、再審制度を効果的な冤罪救済の手続に変えることであり、改正を必要とする立法事実は、検察官、裁判所の救済を阻もうとする活動実態それ自体である。

2 現行再審制度における検察官の役割

 検察庁法4条は、「刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督」することを検察官の職務として定める。このうち、「公訴を行」う権限、すなわち公訴権は、通常審における終局裁判の時点で消滅する。再審制度における検察官の権限を公訴権から導くことはできない。再審における検察官の権限は、「裁判所に法の正当な適用を請求」する権限から導かれることになる((伊藤栄樹『新版 検察庁法逐条解説』(良書普及会、1986年)36頁は、この権限は公益の代表者としての検察官の性格から説明されるとし、被告人のための上訴や非常上告、無罪または公訴棄却の論告をする権限も公益代表者であることから導かれると指摘する。))。検察官が再審に関する手続において、無罪方向での活動を行うことこそが公益に適うものであることは、前稿((水谷規男「再審請求と検察官」法律時報92巻1号(2020年)87頁以下参照。))においてすでに指摘した。

 職権主義を刑事手続の基本構造としていた旧法の下では、公判手続の主宰者は裁判所であり、起訴時点から証拠を裁判所に集中させて審理が行われていた。そこでの検察官の役割は、裁判所とともに真実の解明に当たることであった。再審制度についても職権主義が妥当すると考えられていたので、通常審と同様に検察官が真実の解明のために再審手続に関与することが当然視されていた。また、旧法のもとでは、検察官を請求人とする不利益再審も認められていた。

(2025年06月26日公開)


こちらの記事もおすすめ