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村木厚子氏(元厚生労働事務次官)

『オアシスインタビュー』第1回

【後編】罪を犯した人と私たちはどのように共生できるのか

自分の体験から考えたこと

インタビュアー:菅原直美(弁護士) 2018年8月9日 現代人文社会議室


——実際にそのような活動をされて、村木さんとして、社会のこういうところが変わったなとか、何か実感や変化はありますか。 

村木 たまたまですが、基金が動き出してから、結局、累犯障害者の問題も随分世の中の話題に出るようになったし、2016年に、再犯の防止等の推進に関する法律ができて、再犯防止のための計画作りが終わり、今度、地方での実践というところまで来たので、行政も含めて随分動き出したかなという気がします。

若草プロジェクトも最近やっと世の中の認知が広まってきて、今年そういう若年女性への支援のモデル事業が行政でも初めて動き出し、検討委員会も立ち上がるということなので、別にわれわれがやったからということではないですが、ちょうどタイミングよく世の中の関心と行政の認識とが上がり始めているので、いいタイミングで活動ができているかなという気はします。

——どちらの活動も共通するポリシーとか理念があると思うんですが、これからの展望はありますか。

村木 薬物依存の人とか、あるいは前科十何犯の累犯障害者とか、なぜそういう人たちがいて、そういう人たちはどうしてそういう状況になっているのかを私たちが知らないと、結局、怖い人、駄目な人というレッテルだけがばんばんと貼られてしまいます。私どもの主催のシンポジウムに来てくれた薬物依存から立ち直ろうとしている人があとでこんな話をしてくれたんです。薬物から立ち直ろうと思って一所懸命やっている中で、町の中に貼ってある薬物犯罪撲滅キャンペーンのポスターで「人間失格です」みたいな、立ち直る意欲がなくなるようなポスターを見て大変つらかったと

悪いこと、駄目なことだからやらないようにしよう、という警告をすることで、今までは功を奏してきたことがあったのかもしれないですが、現実はそれでもなくならならないし、むしろ再犯は全然減らない状況です。薬物依存についての正しい知識がないまま、ただ単純なレッテルを貼って社会から排除するやり方をもうそろそろ止めよう。ちょっと環境が違っていたら、自分だってそうした状況に落ち入ったかも知れない、同じ環境にあったら、自分だってそうだったかもしれないという認識を世の中に広められると、そういう人たちがもうちょっと生きやすくなるのでないかなと思うんです。 

差別意識はどこから来るか

——京都でダルク(DARC)が新しい施設をつくるときにも地域で大反対がありました。その説明会では、地域住民の一人が「ダルクの人たちは電車に乗るのか」と聞いてきたそうですし、その説明会が終わってダルクのスタッフの方が帰ろうとしたとき、子どもさんがスタッフに駆け寄った場面でそのお母さんが「触っちゃ駄目」と言って連れ戻したらしいんです。更生しようとしている人たちが、そのような嫌な思いをしてしまう社会って、誰がつくっているんだろうか、誰がレッテルを貼っているんだろうかと思うんです。

村木 私も何なのかなと思い巡らすのですが、根本のところは、知らないものは怖い、それがやっぱり大きな要因としてあるのかなと思います。悪いレッテルを貼られてしまう人たちと私たちは何が違んでしょうか。本当は自分たちと地続きのところにその問題があって、とても厳しい状況になったら、自分たちでも薬物依存になるかもしれない。たまたま自分は運がいいからそこに行かなかっただけで、本当は自分たちにも可能性があることを分かってもらうのが、やっぱり一番早道かなと思います。遠い人と知らない人ほどレッテルを貼りたがるものです。知らないことはすごく怖ものです。そこを変えていくしかないと思うんです。

私は、薬は経験がないんですが、若草プロジェクトのシンポジウムへ行ってよく話をすることは、小学校の高学年ぐらいに強烈な家出願望があって、家を出るとしたら、何をして生きていけるかって思って、そのときに思いいた答が、住込みの子守りか、ホステスだったんです。

——何となく分かります。私も何かあったらいわゆる夜の世界で働いていてもおかしくないな、と思うことがあります。

村木 そうでしょう。子どもって結構そう思っているでしょう。高知の町で今からウン十年前に、では実際にそれができたかっていったら、子守りに雇ってくれる家だってないし、ホステスにだってなれなかったけど、もし、私が、今同じ年齢で、今東京に住んでいたとしたら、携帯さえ持っていれば、今日ご飯食べさせてくれる人を探せるし、秋葉原か渋谷の裏通りを歩けば、中学生ぐらいだったら、もしかしたらJKのスカウトのお兄さんから声がかかるかもしれないではないですか。

だから、私が倫理観が高くて、あの子たちが倫理観が低いわけではなくて、環境なんですね。それぐらい、ぽっかり怖い穴が今の子どもたちのそばにはある。比較的女性は、「いや、私だって、どっかでほんのちょっとへ寄っていたら、あそこへ行っていた」と言ってくれる人が結構多いんです。だから、そう思ってくれると、彼女たち見る目が変わるのかな。 

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用語解説

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