冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第4回

冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第4回

再審法改正に消極的な論者の論法

再審制度を機能強化するための3つの課題②

中川孝博 國學院大學教授


1 はじめに

 再審法の改正に消極的な機関や論者は、特定のキーワードを用いて論じることが多い。しかし、それらの概念には曖昧な点があり、議論の場をいたずらに混乱させ、本来論ずべき点から目を逸らす機能を果たしてしまっている可能性がある。そこで、このようなキーワードの典型である「四審化論」(ある施策の導入に対し「それを導入すると再審請求審または再審が第四審化してしまう」という理由で反対するもの)をはじめにとりあげ、その意味と機能について考えてみよう。その後、得られた知見を契機として「旧証拠のすべてを再評価する必要なし」「三審制のもとで確定した有罪判決の尊重」「再審請求審の審判対象・構造との整合性」「有効性の検証」「刑事手続全体のバランス」といった他のキーワードについても検討してみたい。

2 「三審制」の意味

⑴ 「三審制」の定義

 四審化論はもちろん「三審制」という概念を前提としている。しかしこの単語は意外にも法令用語ではないので、曖昧に用いられている可能性がある。そこでまず、この言葉の意味を正確に捉えておこう。

 定評のある法律用語辞典には、「審級」という単語を説明する中に「三審制」という言葉が登場する。審級とは「同一訴訟事件又は決定・命令事件を異なる階級の裁判所に反復審判させる上訴制度における裁判所間の審判の順序及び上下関係をいう。……日本の審級制度は原則として3つの審級を設ける三審制である」((高橋和之ほか『法律学小辞典〔第6版〕』(有斐閣、2025年)749頁。))と説明されている。要するに、三審制とは「審級が3つであること」を意味する。

 したがって、四審化論の主張が成功するためには、「第四審と化してしまう」と論ずる対象について「審級を1つ付加するのに等しい」と評することができなければならない。このように評することができない主張は、論理学における誤謬論でいうところの「不適中の誤謬」(論点に的中していない別の論拠を根拠として立論すること)になっている危険性が高い。

⑵ 「不適中の誤謬」の例

 例を挙げよう。「再審請求が認められやすくなるような法改正を行なえば、何回も裁判を繰り返すことが容易になるので、再審が第四審と化してしまう」という四審化論の主張をしたとする。この主張は、「不適中の誤謬」に陥っている。主な理由は次の2点である。

 第一に、三審制のもとでも、3回を超えて何度も裁判が繰り返されることはある。周知のように、八海事件では確定までに終局裁判が7回出されており、甲山事件では終局裁判が5回出されている。しかしながら、これらの事件における審級の個数は、あくまでも、地裁、高裁、最高裁の3つなのである。3回を超えて裁判が繰り返されることからといって、審級が4つ、5つと増えるわけではない。

 第二に、裁判を繰り返すことが容易な再審請求審や再審は「第四審」になり、裁判を繰り返すことが困難な再審請求審や再審は「第四審」にならないという論理は組み立てられないはずである。例えば通常審において、最高裁が事実誤認ありと認めるのは非常にレアだからといって現行法は二審制だと評する者はいない。「第四審」は4番目の審級を意味するのであり、一定の終局裁判を出す要件が厳しいか否かというイシューとは関連性がない。

 したがって、「何回も裁判を繰り返すことが容易になる」から再審請求審または再審が第四審となるという主張は、「同一理由でなければ期限の定めなく何度でも請求できる現在の再審制度は、第四審、第五審、第六審を設けるに等しいから、そもそも再審制度を廃止すべきである」という主張、つまりそもそも非常救済手段を設けるべきでないというラディカルな主張と理論的に区別することができないのではないだろうか。

 区別できない原因はもちろん、第四審化論自体が「不適中の誤謬」に陥っている不適切な主張だからである。真に論ずべき点は、審級とは関わりのない、別のところにあるはずなのだ。

3 在り方協議会における四審化論 その1

⑴ はじめに

 それでは、近時の議論において四審化論がどのように主張・援用されているかに注目してみよう。「法制審議会―刑事法(再審関係)部会」(以下、「法制審」)が発足するまでは、「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」(以下、「在り方協議会」)が再審法改正に関する議論をしていたので、そこにおいて四審化論がどのように主張されたかを検討してみたい。四審化という言葉を用いて議論しているのは検察官の宮崎香織氏(法制審の委員でもある)のみである。

⑵ 無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」の改正提案について

 はじめに、もともと第四審化論の主戦場であった、明白性要件に関する主張を取り上げる。宮崎氏は、2023年に出された日弁連案((日本弁護士連合会『刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書〔2023年7月13日改訂〕』。本意見書および関連資料は、https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2023/230713_3.htmlに掲載されている。))が、刑訴435条6号における「明らかな証拠」という文言を「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」に変更していることに対して次のような意見を述べている。

(2025年06月19日公開)


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