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第22回

「コロナ禍、日本社会の理不尽を問う」訴訟をめぐるストーリー

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誰かの自由を奪うことに、私たちは議論を尽くしているか

取材・文・構成/丸山央里絵(Orie Maruyama)

撮影/神宮巨樹(Ooki Jingu)

編集/杜多真衣(Mai Toda)


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 「長年のご愛顧ありがとうございました」と告げるシャッターの張り紙。新しい学び舎に期待を膨らませていた入学式の中止……私たちの生活から突如として当たり前が失われた。ある人の人生にとってかけがえのないもの、あったはずの時間、それらは二度と返ってこない。

 命と医療を守ることの大切さを疑う余地はない。ただ一斉休校、一律の短縮営業、あらゆるコロナ対策もまた、誰かへの大きな痛みを伴う。

 今回の記事で取り上げるのは、今年3月に提訴され、「コロナ禍、日本社会の理不尽を問う」と名付けられた訴訟だ。東京都による飲食店への一律時短命令は違法であり、憲法上の「営業の自由」の侵害ではないのかを問う。

 この訴訟に、日本の裁判クラウドファンディング史上最高額の寄付が集まった。現時点でサポーターは3,000人、寄付額は2,000万円を超えて、今なお増え続けている。

 本訴訟はなぜ、ここまで多くの支持を集めているのか。そして私たちの暮らす日本社会に、何を問いかけているのだろうか。

代官山「ブラッスリー タブローズ」パティオにて

筋の通らないものに声を上げる

 2021年3月22日、2度目の緊急事態宣言解除の翌日──「カフェ・ラ・ボエム」「権八」などのレストランを多角経営するグローバルダイニング社(以下、GD社)は、東京地裁に提訴した。

 東京都による夜8時以降の営業制限命令に従ったことによる損害賠償を都に求める訴訟だ。しかし、その請求額はわずかに104円(対象26店舗×1日1円×4日間)。提訴のニュースは瞬時に日本を駆け巡った。

 都に多額の賠償金を求めて勝訴した場合、税金を受け取ることになる。それは本意でなかったし、もともと1社だけで裁判の原告になることへの躊躇(ためら)いもあった、とGD社の長谷川耕造社長は語る。

 「人間って理不尽なもんじゃないですか。世の中、何が起きるかも分からない。それに文句言ったって埒(らち)があかないわけで。」

 さらりとそう話す顔つきは、リーマンショックや震災など幾度もの修羅場を越えてきた老練の経営者のそれだった。

 ただ、「筋が通らないことは、筋を通して行くべきかなと思った。」

 そして、こう言葉を継いだ。

 「基本的には僕ら商売やっていて、お客様と社員の支持がなければ存在できないわけですよ。それを維持していこうというのは、どんな経営者でも思ってる。」

「きれいごとで言ってるわけじゃなくて、それを理屈が通らないことで、これだけの人を、金銭的にも人権的にも蹂躙(じゅうりん)する意味がどこにあるんだ。」

 都は時短命令の発出前に、飲食店9万軒以上を目視。うち約2,000軒で夜8時以降の営業を確認している。しかし、個別要請や命令を受けたのは27店舗、そのうち26店舗がGD社だった。その理由が「強い発信」というのは道理が通らないでしょう、長谷川社長は訴える。

株式会社グローバルダイニング 代表取締役社長 長谷川耕造氏

訴訟はなぜ生まれたか

 ではGD社はなぜ都を提訴するに至ったのか。時系列で簡単にお伝えしたい。

 2020年1月初旬、国内初の新型コロナウイルス感染症感染者が確認され、翌月にダイヤモンド・プリンセス号のパンデミックが発生。恐怖は一気に社会に広がり、政府は火急の対応を迫られた。

 3月、「新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律」(以下、特措法)が成立。4月7日から5月25日まで、第1回緊急事態の宣言。感染は一度は落ち着くも、しかし冬の訪れとともに再び拡大する。

 年が明けて2021年1月7日、2度目の緊急事態宣言を菅総理大臣が発出。同時に特措法や告示の改正により、制限要請対象に飲食店が追加。もともとあった「1,000平方メートルを超える床面積」という施設の要件が外れる。

「タブローズ ラウンジ」

 同日、東京都知事は会見を行い、不要不急の外出を特に夜間は控えるよう都民に呼びかける。そして飲食店など特定業種に対して、夜8時までの時短の協力を要請。

 GD社は、同日、都の協力要請には応じない旨を、コーポレートサイトに掲載。

 2月3日、特措法改正。都道府県知事による措置命令の発出が可能になる。

 2月19日、都からGD社へ、特措法第24条第9項に基づく時短営業の個別要請。

 2月26日、都からGD社へ、特措法第45条第2項に基づく時短営業の個別要請。

 3月11日、時短営業命令の事前通知を受けたGD社は、東京都に弁明書を提出、インターネットで公開。

 3月18日、東京都知事はその内容を認めず、「措置に応じない旨を強く発信するなど、他の飲食店の20時以降の営業継続を誘発するおそれがある」として、措置命令を発出。

 GD社は命令に従い、緊急事態宣言解除までの4日間を時短営業する。

 3月22日、GD社、東京地裁に提訴。

提訴後の会見の様子(撮影:二見元気)

営業の自由と公衆衛生

 原告側が訴状で第一に主張しているのは、憲法が保障する、「営業の自由」の侵害だ。飲食店への一律時短制限自体、営業の自由の侵害として許されないのではないのか。

 感染症の場合、公衆衛生を保つ措置は、社会を構成する集団全体に対して行わなければ目的を達成できない側面がある。例えばポリオや結核などの感染症の予防接種は全員が接種しなければ意味を成さない。だからこそ予防接種の場合、不幸にも副作用が出たごく一部の人、言うなれば集団の犠牲になった個には、国は十分な補償をする責任を負う。

 今回、都は飲食店に1店舗1日あたり一律6万円の協力金を提示した。しかし、その額は都心の大規模店舗ではほぼ意味を成さない。時短営業要請は、GD社にとって、企業の存続さえ危うくなるものだった。

 世界の国々では、飲食店の営業制限は売上に応じた補償とセットであることが多い。例えばフランスでは、売上70%以上減の飲食店に対し、月額20万ユーロ(約2,500万円)を上限に、2019年度の売上の20%を給付。ドイツでは前年同月の売上最大75%を支給、固定費の最大90%を支援している。

 なぜ日本では“制限への補償”ではなく、“自粛への協力金”という形になったのか。私のその問いに応じてくれたのは、弁護団長を務める倉持麟太郎弁護士だ。

弁護士法人Next 代表弁護士 倉持麟太郎氏

協力金と損失補償の違い

 「協力金であれば、いわば施しとして、政府に大きな裁量がある。申請がなければ出さなくてよいし、金額も自由に決められる。事業者はそれを呑まざるを得ない。」

 自粛という同調圧力、上から与えられる協力金。日本社会の持つ本質的な問題が、ここに顕在化している。

 「まず、今回の要請や命令が違憲・違法かどうかとは別次元で、法律制定の際に補償をどう規定するかの観点で話をします。」

 「憲法では損失補償の権利が認められています。この規定の具体化として、例えば土地を収用された人は補償されると法律に書かれているわけです。」

 憲法第29条は、私たちの財産権を保障した上で「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と規定している。それを受けて例えば「土地収用法」では、公共の利益増進と私有財産の調整を図るため、公益事業が私有地を収容する際に必要な手続きと損失補償の規定を定めている。

 「それを本来コロナ特措法をつくるときに入れてほしかったんです。」

 しかし、コロナ特措法には補償に関する規定はない。要請や命令に応じた事業者の支援を「効果的に講ずる」だけだ。私権制限を強めたコロナ特措法の改正は、実質4日間の質疑でスピード成立した。

 「国会で全く議論がされなかった。そのことが一番の罪だと思っています。」

 そう静かに語る倉持弁護士の言葉には、怒りが滲んでいた。

 国民の代表による十分な議論を経ないままに、このような重大な法案を成立させて良いのか。市民の権利、科学的議論、民主主義による合意、それらはどこに行ったのか、と。

 さらに倉持弁護士は、本訴で補償ではなく国家賠償を求めている意味を教えてくれた。

 「補償を求めるのは国家の行為が予防接種の場合のように適法・合憲ではあるが一部の人が特別の犠牲を払ったような場合です。科学的な議論に基づき、時短要請などの法制度が合憲になる場合もあるかもしれない。その場合でも損失補償が必要だという議論です。」

 「ただ、今回の訴訟ではそもそも一律の時短要請や命令は違法・違憲だと僕らは立論しています。この点で補償の問題とは全く事案を異にしています。」

 「損失補償を論じる局面ではないんです。憲法に違反する命令ですから。」

(2022年05月28日) CALL4より転載

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