
2024年9月26日、逮捕から58年の時を経て、袴田巖さんに再審無罪判決が言い渡された。捜査機関による証拠の捏造によって、危うく死刑になっていたかもしれないという未曾有の誤判被害に、再審法改正の議論は一気に盛り上がりを見せた。
2024年3月に「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足し、党派を超えて過半数の国会議員が名を連ねた。一方で、その動きに対抗するように、法務省は法制審議会―刑事法(再審関係)部会(以下、法制審と略)を立ち上げ、審理を始めた。しかし、その内容は、証拠範囲の範囲を狭め、検察官抗告を容認するなど、「改悪」としか言いようのないものであった。
法制審では、刑事法の専門家が集まって適切に議論する場が整えられているように見える。しかし、どうして結論は、検察官抗告を禁止しないなど、誤判・冤罪被害者が求める方向へと進んでいかないのか。刑事立法と検察官人事について研究している熊本大学大学院人文社会科学研究部(法学系)の岡本洋一准教授は、「再審法改正と法務省刑事局長──日本の刑事立法の実態から考える検察官司法」 という論文を昨年10月に発表し、その答えは「検察官司法」という構造によるものだと指摘する。
刑事立法の現状を実証的に研究し続けている岡本准教授が、「検察官司法」という構造をどのように捉えているか、再審法改正を審議している法制審の現状をどのように受け止めているか、2026年1月28日に話を聞いた。
──法制審の第16回会議(1月20日)で、法務省事務当局から、再審法改正の試案が提出された。試案は、検察官抗告の禁止規定が入っていなかったり、証拠開示の範囲を狭めるなど、誤判・冤罪の被害者の早期の救済からはほど遠いものだったが、どう受け止めているか。
法務省に出向する検事が事実上支配する法制審のあり方を研究してきた者としては、特に驚きはない。
問題は、議論の前提認識、新たな立法の前提となる立法事実への考え方が大きく違う点にある。議連等での議論は袴田さんへの再審無罪や福井女子中学生殺人事件における再審無罪などを前提にしているが、法制審の議論はそこからは出発していない。
もともと再審制度ができたのは無辜の不処罰のためである。三審制で審理を尽くしても、人間が判断することである限りミス(誤判)はありうるので、不利益再審の規定はない。再審制度は、再審請求人のためにあるはずなのに、誤判・冤罪被害者を救済できないような制度を作ろうとしているとしか思えない。誤判・冤罪被害に苦しむ人たちの人生を何とも思っていないとしか言いようがない。
──前提認識の違いとは具体的にどのような点か
法制審の第1回会議(2025年4月21日開催)への諮問129号には、「近時の刑事再審手続をめぐる諸事情に鑑み」とあるだけである。そこには、一連の再審無罪に至った誤判についての反省などは明言されてはいない。見方によっては、「これまでの再審制度については、特に問題はないけれど、とりあえず諮問に例示していることについて議論してください」とも読める。
また、第1回会議で配布された統計資料では、毎年400件以上の再審請求が申し立てられているというデータを示して、件数が多すぎて事務が滞るといった点から議論が始まった。もっとも、その400件の中に袴田さんの事件や福井での事件があるわけだが、「例外的な事案」として扱われてしまう。ここに、再審制度をどう捉えているかという、決定的な落差が見られる。
──論文において「検察官司法」という言葉を再定義しているが、どのような意味か。
従来から指摘されてきた「検察官司法」とは、検察官が、刑事訴訟法などに基づき、法律家として捜査→起訴→公判→有罪宣告後の死刑執行などへの立会いにも関与すること、とくに、有罪見込みのある事件のみを選別して起訴し、高い有罪率を維持する権限を検察官が握っていることを意味する(狭義の「検察官司法」)。
わたしの研究では、そこから発展させて、広義の検察官司法として、刑事裁判では一方当事者として被告人を有罪にしようとする検察官(検事)が、他方で、刑事立法の提案段階においては、法務省事務官(検事)として、深く、組織的に関与できるという仕組みが、非常に強固に構築されている現状を明らかにしようとした。
たとえば、刑事裁判がリングだとして、リングの上で戦っているときも検察官が圧倒的なチャンピオンなのに、そのルールを作るプロセスにもチャンピオンが深く関与できる。スポーツで考えればフェアとは言い難い状況である。
──「検察官司法」は法制審の場で具体的にどのように表れているか。
法制審は、ごく少数のエリート検事が出向している法務省事務当局によって運営されている。今回の法制審の委員について言えば、弁護士の鴨志田祐美委員、村山浩昭委員と田岡直博幹事が上記試案に対して提出した意見書によれば、「委員及び幹事のうち5名は、法務省刑事局の職員及び検事であり、法務省刑事局の職員も検事」であるとされている。実際には、検事出身の委員と幹事は計7名である。
具体的には、2025年10月末時点で法制審の委員は合計13名、肩書に「教授」とある学者委員は5名(ただし後藤眞理子氏は元裁判官)、検察官3名、弁護士3名、裁判官1名と警察官僚1名である。同法制審の幹事は9名で、肩書から分かる検察官は、3名だが、正確には、「内閣法制局参事官」の肩書をもつ吉田誠氏の前職は、東京地検検事兼法務省刑事局付検事である(したがって法制審の委員・幹事計22名中7名が検事)。内閣法制局には、裁判官も出向しているが(『政官要覧』を参照)、これまでも刑事立法を議論する法制審委員となるのは、検事出身者が多いようである。
また、法制審の議論において、「事務局案」などを示すのは、法務省参事官(幹事)などが多い。さらには、その先の法案作成についても法務省刑事局の出向検事たちが行うこととなる。
法制審の再審法改正の議論が、このまま内閣から閣法となる場合には、同じく検事が出向する法務省刑事局が法律案を作成し、その後の国会における政府側の答弁は、法務大臣など以外は、おもに法制審委員でもある法務省刑事局長が行う。さらに言えば、その後の法令解説も、法務省刑事局付検事などが、各雑誌(『法曹時報』『法律のひろば』『ジュリスト』など)に執筆する。これら法令解説は、弁護士が裁判所に出す各書面の基本文献にもなり、裁判所の判断の大きな指針となっている。このように検察官は刑事立法全般に組織的に関与している。
──法制審での再審法改正の議論が誤判・冤罪被害者の求める方向に進まないのは、検察官が意図的にコントロールしているからなのか。
そうではない。個々の検察官は、強い正義感を持って職務に就いているはずである。ただ、組織の一員としては、最初は小さな歯車であったものが、次第に大きな歯車になっていき、結果として、今回のような誤判救済に結びつかないような再審法改正へと至る。
決して個々の検察官を責めるつもりはない。問題は、上記のような検察が組織的に深く関与する刑事立法の「構造」にある。
──これほど重要な構造がありながら、なぜ今まで真正面から研究されてこなかったのか。岡本先生があえてこのテーマに取り組み続ける理由は何か。
上記のような刑事立法への検察官関与は、学界において「研究するまでもない当たり前」のこととされ、研究しても意味がないと思われているからだと思う。しかし、誰も研究していないからこそ研究する、誰も言わないことを言うのが研究者の役割だと思う。専門家(研究者)はなんのために存在するのか、社会からの問いに答える義務があると思う。いずれにしても、専門家は権力の侍従ではない。
たしかに、権力に迎合したくなる気持ちも理解はできる。とはいえ、研究者としての人生は短く、人はいずれ死ぬ。2023年に原因不明の病気で10日間ほど意識不明になり、職場復帰に3ヶ月かかった。どうせ死ぬなら、研究者として、誰も論じていない論文、誰かの心を動かすような論文を後世に残したいと思うようになった。
──検察官が法制審の委員として、また法制審の事務局として刑事立法過程に関与している意味で、「検察官立法」とも呼べる現状を糺す方法はあるのか。
このような厳しい現状を打開する方法はあると言いたい。上記のような刑事立法における検察支配を改善する方法は、本来の立法者であるべき国会議員の役割だと考える。
たとえば、「えん罪被害者のための再審法改正を実現する議員連盟」が発足され、加入した国会議員が、全体の過半数を超えたこと(2025年5月1日)には、正直非常に驚き、ある意味で感動すらした。現在の刑事司法に対して大いに憂慮し、あるべき刑事司法をめざして運動されている「選良」という名にふさわしい政治家もいるのだと思った。このような議員立法が、法制審の議論に少しでも良い圧力になれば良いと思う。
──検察官司法を研究する者として、再審法について市民にどのような視野を持ってもらいたいか。
再審法に不備があるのは明らかなのに、法制審はそれに応えようとしない。その落差に違和感を持つ人は多いと思う。今回の論文によって、その答えは法務省の検察官たちが組織的に刑事立法に関与しているという構造にあるということを理解してもらいたい。
そして、その構造を許しているのは、究極的に言えばわたしたち市民である。再審制度について、刑事立法のあり方について、関心を持たないのなら、現状は今後も何も変わらない。誤判・冤罪は誰にでも起こりうる問題で、全員が他人事ではなく、自分たちのこととして考えなければならない。構造を知ったら、次はどう変えるかという視点に繋げていくことが大切である。
(2026年02月12日公開)