
再審(裁判のやり直し)制度の整備をめぐり、元名古屋地裁所長の伊藤納弁護士が2月7日、「中から見た裁判所と再審事件」と題して静岡県浜松市で講演した。伊藤さんは裁判官の内情や本音を織り交ぜて、再審法制を拡充する必要性と意義を解説。法相の諮問機関・法制審議会の刑事法(再審関係)部会で進んだ制度見直しの議論に対し「人権侵害からの救済という視点がない」と批判した。また、「少なくとも再審段階では検察はすべての証拠を開示すべきだ」と主張した。
名張毒ブドウ酒事件の再審開始決定に関与
伊藤さんは名古屋高裁の裁判官だった2005年、名張毒ブドウ酒事件(1961年)で死刑が確定していた奥西勝さん(2015年に死去)に対する再審開始決定にかかわっている。その前の再審請求審で最高裁が詳しい事実認定をしていたため「動きにくいところがあった」うえ、当時は「公判手続にも証拠開示の規定はなく、裁判所が打診しても検察官は『根拠がない』と反対した」と難しかった審理を振り返った。
再審請求を担当する裁判官は、元の記録と確定判決を読み込んで心証を形成する。だが、再審を開始するには証拠の新規性や明白性という厳格な要件が求められるので「無罪だと思っても有力な証拠が出てこなければ請求を棄却せざるを得ず、そうなると『有罪で良い』という結論になってしまう」との悩みが身に染みたという。
奥西さんの確定審の判決は、1審が無罪、2審が死刑。伊藤さんらが出した再審開始決定は検察の不服申立てを受けた異議審で取り消され再審は実現しなかったが、この事件の再審請求審を担当したことで「裁判官としての生き方が問われると感じ、自分は冤罪を出さないようにしようと決意を新たにした。転機になった」と述懐した。
再審請求審は裁判官にとって「気が進まない傾向」
伊藤さんは裁判官の本音を紹介しながら、今の再審手続の問題点に言及した。
再審開始を判断するには、①先輩裁判官が出した確定判決を根本的に批判しなければならない、②再審請求までする事件の多くは確定審で最高裁まで行き判決が是認されている——として、裁判官にとって通常審で無罪判決を出すのとは違ったハードルがあると打ち明けた。
刑事訴訟法には再審に関する規定が少なく、証拠開示や三者協議の開催といった審理の進め方が裁判官の裁量によるため、再審請求審は裁判官にとって「気が進まない仕事となる傾向がある」とも吐露した。
さらに、期日を開かない「雑事件」の扱いなので「公判を開く事件に比べて後回しになる危険がある」と実態を明かし、裁判官の取組みの差をなくすことが再審法改正の大きな意義だと説明した。
法改正が必要な理由として、検察の姿勢も取り上げた。
検察は捜査結果のすべての証拠を把握しているにもかかわらず、公判では有罪方向の証拠だけを提出し無罪方向の証拠は出さないことに対し、「無実を示す証拠があるなら検察が自ら再審を請求すべきだ」と批判。また、袴田事件で発生から40年以上経って開示された5点の衣類のカラー写真が再審開始に重要な役割を果たしたことなどに触れて「検察には意味不明の証拠でも弁護人が見れば新たな光が当たる可能性がある」と広く証拠を開示する必要性をアピールした。
再審開始決定への検察の不服申立てについても「証拠を開示せず隠したままで『再審開始決定が誤っている』と不服申立てをするのは筋違い」と力を込め、検察は「手続保障がある再審公判で有罪立証をすれば良い」との見解を示した。
「全部に影響がある大事な法律」
伊藤さんは、元裁判官63人が昨年12月に発表した「再審法改正に関する元裁判官の共同声明」の呼びかけ人。日本弁護士連合会(日弁連)と愛知県弁護士会の再審法改正実現本部委員で、法制審部会で進んだ再審制度見直しの議論に強い懸念を表明した。
まず、再審法改正の立法事実(法改正の前提となる社会的な事実関係)について「無実の人が処罰されたり死刑執行の恐怖にさらされたりするなど国家による人権侵害から救済すること」と分析した。法制審はこの点にほとんど向き合っておらず「人権侵害からの救済という視点がなく立法事実をないがしろにしている」と非難し、「人権侵害に対し『人間としてどう思うのか』というスタンスで議論をするべきだ」と投げかけた。
そのうえで、法制審部会が2月初めにまとめた刑事訴訟法改正の要綱案の問題点を指摘。証拠開示の範囲が「再審請求の理由に関連すると認められる証拠」に限定されたことに対して「関連性に加え開示の必要性、弊害、相当性と何段も要素がある」と憂慮した。裁判所が証拠開示命令を出しても、検察が不服申立てをできることも危惧した。
再審開始決定への検察の不服申立てが維持されるほか、①再審請求に理由がないことが明らかな場合にただちに棄却できる「スクリーニング(選別)規定」が導入される、②開示された証拠の目的外使用に罰則(1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が科される、③裁判所と弁護人、検察による三者協議の期日指定の規定がない——といった点を列挙した。
要綱案は付帯事項として、証拠開示について「適切な運用を期待する」、検察の不服申立てには「慎重かつ十分な検討を望む」と記しているが、あくまで「運用」面への要請であることを不安視した。
伊藤さんは最後に「実効性のある再審手続によって冤罪被害者が救済されるのはもちろん、最後に証拠が全部出てくることになれば、裁判官は『通常審でもしっかりやろう』となるし、検察や警察も変なことはできなくなる。最後の特別な救済手続に見えるが、全部に影響がある大事な法律だ」と再審法改正の意義を改めて強調し、講演を締めくくった。
天竜林業高校事件の支援を求める集会
伊藤さんの講演は、天竜林業高校事件(2006~2007年)で冤罪を訴えている元校長、北川好伸さんの支援団体が、同校(2014年に統廃合)があった浜松市天竜区で開いた集会で行われた。
北川さんは虚偽有印公文書作成・同行使と加重収賄の罪に問われ懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定したものの、捜査段階から一貫して無罪を主張している。第2次再審請求審では静岡地裁浜松支部が昨年11月の三者協議で、検察に対し北川さんの弁護団が求めた証拠開示を検討するよう求め、新たな展開が期待されている(審理の状況については当サイトの記事をご参照ください)。
集会では、弁護団の小竹広子弁護士がオンラインで審理の現況を報告した。北川さんは「いわれなき逮捕・起訴から18年が過ぎようとしている。裁判所が私を有罪と裁いた証拠は、捏造された証拠だ」と訴え、現在審理の焦点となっている贈収賄について「うそのストーリーで事件をつくられた」と警察・検察を非難。「無罪を勝ち取るまで頑張っていきたい」と決意を述べた。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年02月13日公開)