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第7回川村百合弁護士に聞く

少年法改正、日本は大きな過ちを犯した


1 少年とどう接していくか

―― 川村先生は、少年事件に長く携わられていますが、付添人として活動するにあたって、必要なことは何でしょうか。

川村  少年事件は、刑事処分と違って、非行事実が認定される場合に、要保護性の有無・程度によって処分が決まるわけですよね。要保護性の有無を判断するためには、法律的な知識だけではなくて精神医学や心理学、社会学、教育学といった人間諸科学の知識を、もちろん専門家には及ばなくても、基礎的な知識だけでも勉強することが不可欠です。裁判官に対して付添人の意見を説得力をもって述べるためには、人間諸科学を学んできた調査官の意見を超える説得力を持つ必要があります。そして、付添人が調査官に「勝てる」のは、少年に何度でも面会してたくさんの時間を過ごして話を聴いて、自分の方が調査官よりも少年のことをたくさん知っている、という点です。とくに今は、被疑者段階から国選弁護人として活動できるようになったので、調査官よりも先にたくさんの情報を持っている。生育歴や家族のことも家裁送致段階ですでに付添人が収集した情報を、調査官に提供することができます。調査官が裁判官に伝える意見より付添人の意見の方が説得力を持つためには、少年自身の生の言葉を拾い、リアリティをもって裁判官に伝えることが大切です。

―― 少年に出会う準備段階として知識を習得するとともに、実際の少年をよく見たうえで活動していくということですね。では、少年との接し方はどのようにしていらっしゃいますか。

川村 少年に信頼される大人としての振舞いをするように努めています。少年たちは、生育歴の中で、信頼できる大人に出会っていないことが多いからです。信頼されるためには、少年の人格を大切に扱っているとわかる言葉使いをし、嘘をつかない、約束を守るというのは大前提ですよね。その上で、「あなたの味方」だという立場を明確にした上で、よく言われることですが、受容的に話を聴き、共感的な態度をとります。非行事実そのものについては付添人が厳しいことを言わなくても、警察で厳しくされて、十分に非をわかっていることがほとんどですからね。

―― 印象に残っている事件はありますか。

川村 それぞれ思い出がありますし、いわゆる重大事件には語りつくせないこともありますが、若いときの教訓的な事件としては、私が初めて一人で受任した少年事件で、試験観察になった15歳の女子少年の事件ですね。友だち数人と他の女の子にリンチをしてしまった傷害事件で、児童自立支援施設送致や少年院送致もありえたのですが、在宅試験観察になりました。その頃は試験観察の目処が3カ月というような短期間ではなかったので、調査官から、「1年近く面倒を見るつもりで私もやりますので、先生もそのつもりでお願いします」と言われました。
 でも高校にも行っていないので昼間の帰属先がなく、仕事を探す方向だったのですが、当面の間の昼間の過ごし方が課題でした。母子家庭で母親は働いているので、家を留守にすることになるから、日中の少年を監督できる人がいなかったのです。そこで、生活リズムを作ってもらうために、毎日朝から私の事務所に来てもらって、そこで勉強してもらっていました。
 試験観察期間中、山あり谷ありでしたが、私もハローワークに付き添って仕事探しを支援したりしながらも低空飛行のまま、10カ月近くかかってようやく最終審判というときに、私は、てっきり保護観察になると思って、調査官の意見書が出る前に、保護観察相当という意見を書いて出してしまったのですが、その後に出た調査官の意見は、不処分相当(保護的措置)でした。調査官よりも「重い」処分を付添人が書くなんて普通ありえないことですよね。反省しましたし、「こんなに幅広い処遇選択があるんだな」とビックリしましたね。
 今の調査官の処分相場からいえば絶対に保護観察だし、そもそも試験観察にすらなっていなかったと思います。でも、その調査官は、その子の可能性に賭けて試験観察にしてくれて、要保護性がなくなったわけではないけれど「期待を込めて」不処分にした、と言っていました。後日談ですが、つい最近、20年以上振りにこの子から、人生相談のような電話をもらいました。もう30代半ばになっていて、「先生のお陰でその後ちゃんと生活しています」と言われて、嬉しかったですね。
 この調査官に教えられた経験があってしばらくして、やはり女子少年の事案でしたが、試験観察後の審判に向け、調査官との意見交換では、調査官は保護観察という意見を持っているときに、私は不処分という意見書を出しました。そうしたら後日、調査官が「悩んだ結果、今朝、不処分という意見に書き直しました」と言ってくれたことがありました。

―― 調査官が要保護性の有無についてきめ細やかに見て判断されていたのですね。

川村 あの頃は、調査官のマインドにはダイナミズムと幅の広さがあったんじゃないかな。それが2000年改正、今回の2021年改正を経て、処分相場的な考え方が定着してきているように思います。
 試験観察も、長く事件を持つのはダメと言われているらしく、しかも調査官自身のトライアンドエラーは許されず、3カ月で保護観察になる見通しのある少年にしか試験観察意見を書くことが認められないそうです。補導委託先から逃げ出してしまうような「失敗」も調査官には許されないそうです。2カ月間見て、3カ月後に審判を入れる感じだと、少年が変わっていく様子を見ることは不可能ですよね。

2 少年法改正について思うこと

―― 少年法改正についてもお伺いしたいと思います。2021年5月21日に改正少年法が成立しましたが、今の率直なお気持ちをお聞かせください。

川村 日本の社会は、大きな過ちを犯してしまったと思っています。大きな過ちを犯すことを阻止できなかったことについて、自分自身の無力さを感じています。

―― 大きな過ちとはどういうことでしょうか。

川村 国会審議の中でも確認されていたことですが、少年法は基本的にはうまく機能していて、少年の再非行や大人になってからの再犯予防に役立っていると評価されています。もちろん、2000年改正前の原則逆送制度がない時代は、もっと調査官が力を発揮していたと思いますし、少年院処遇の課題も欲を言えばキリがないですが、でも刑事処分に比べると、再犯防止という処遇効果は保護処分の方が優れているのです。そのことが社会の安心・安全につながります。
 弁護士としては本来、少年法は少年の成長発達権保障のためにある、という理念を重視しますから、あまり社会防衛的なことは言いたくないのですが、でも現実に、少年の成長発達権を保障するということが結果的に社会の治安維持に役立っているということは言いたいと思います。したがって、今回の少年法改正によって、少年法の再非行防止・再犯防止の機能が衰えるので、確実に犯罪は増えるのではないでしょうか。
 そもそも、非行の背景には、虐待やいじめ、貧困、差別といった社会病理があり、少年事件は社会病理を写す鏡だと思います。にもかかわらず、社会の処罰感情や応報感情を満たすためだけの小手先の改正をしたことによって、少年非行の背景にある社会病理の解決を放棄したわけですよね。社会病理の被害者である少年が応報としての罰を与えられて、社会に放り出されるということが続出してくるでしょうね。それが社会の在り方として正しいのかということを、先日(2021年5月6日)、参議院の法務委員会で参考人として意見陳述する機会が与えられたときにも訴えてきたのですが、これからも社会に問いかけ続けたいです。

―― 推知報道の禁止が解除されて、18歳、19歳で起訴されてどの程度報道されるかはこれからの運用を見ていかないとわかりませんが、名前が報道されると更生に大きな影響が出ますね。

川村 報道されてしまうと更生が本当に難しくなります。いったん名前が出てしまうと、ネット上では永遠に消えないですから。デマも流れてしまうし、家族のこともわかってしまいますよね。虐待を受けていた少年の場合など、家庭には戻せないということもありますが、少年によっては家族が支えになり、家庭に戻るのがふさわしいということもあるのに、実名報道されたため家族が崩壊してしまって、戻るべき家庭がなくなってしまうということも起こりえます。マスコミによる実名報道は禁止されている今でも、ネット上に無責任なことが書かれて、家族が離散している例はありますが、それが報道解禁となるともっと増えるでしょうね。頑張って更生して仕事に就きたくても就けなかったり、運良く雇ってもらえても、どこかしらで知られてその職場を辞めざるをえなくなるということが起きます。そうすると、結果として被害者に賠償もできなくなってしまいます。それは、被害者にとってもメリットにはなりませんよね。

3 犯情の波に飲み込まれないために

―― 逆送対象事件については、少年審判では逆送を回避すべく丁寧に要保護性も含めて主張する、逆送されてしまった事案については55条移送を主張する、といった付添人・弁護人活動が必要となりますが、対象事件の増加に伴い、付添人・弁護人活動のマインドや方法を広げる必要があると思っています。

川村 2000年改正の国会審議でも、「原則逆送対象事件であったとしても、それまでと同様に生育歴等の調査もしたうえで、それを踏まえて保護処分相当性を判断する」とされていたのですが、実際には、調査はやせ細ってきています。そのため、調査票に保護処分にすべき特段の事情がないと書かれそうなときに、付添人は「特段の事情がある」ことについて丁寧に、声高に主張しけなければなりません。これまで重大事件では付添人が精神医学や心理学の専門家に私的鑑定をお願いするなどして、科学主義を生かそうとしてきました。これからは原則逆送対象事件が拡大したので、いわゆる重大事件でなくてもやっていかなければなりませんよね。

―― 今まで、原則逆送対象事件は裁判員裁判対象事件であったことが多かったので、逆送後は裁判員裁判対象事件という特性もあって手続としては丁寧な審理がなされていたというイメージを持っています。今回の改正で原則逆送対象事件が通常裁判にも拡大されるわけですが、そのときに丁寧な審理をされるのか心配になります。

川村 今後、改正前の調査・審判の在り方や改正の経緯を知らない若い裁判官や調査官が審判を担うことになるわけですよね。そのときに、逆送の結論ありきじゃなくて、保護処分相当性を判断するためにはきちんと要保護性の調査をすることが必要なんだということを理解してもらうためには、付添人がよっぽど頑張らないといけない。付添人もこれから、2000年改正はもちろん今回の改正も知らない若い人がどんどん出てくるわけです。昔はどうやって調査していたかを知らないで、薄い調査票で簡単に逆送されるのが当たり前と思ってしまうと困ります。ちょうどこのタイミングを狙ったかのように、家裁の調査票の書式が変わるという最高裁の方針が出ましたよね。家族史、生育史を書く欄がなくなりました。犯情に影響する範囲において家族史、生育史に触れろということだそうですが、欄がなくなるとおのずと、家族史、生育史を意識しなくなるのが人間なので、大切な情報が書かれなくなってしまいますよね。

―― 聴き取りもしなくなりますよね。

川村 徐々にそうなるでしょうね。私が弁護士になった頃は、家裁の調査も家族史は三代前まで遡ることが重要と学びました。それが必要ない情報とされてしまった。「簡にして要を得た」調査票にしましょうという最高裁側の動きがあったときに、「調査官が書くものはムダに長い」という意見を裁判官から聞いたことがあります。結局、犯情に影響しない生育史は書かなくてよい、ということになると、影響しているかどうかの判断が調査官に委ねられてしまうわけだから、影響していないと判断されてしまったけれども実は影響している事実が見逃されて、拾われなくなってくる、ということが起きてくると思います。調査の省力化は、調査官が鑑別所に面会に行く回数も昔に比べて減ってきているところにも表れているように思います。

―― 逆送対象とか関係なく、少年審判全体が犯情の波に飲まれることになりますよね。

川村 本当にそうですよね。今回の改正で、特定少年の処分について「犯情」という言葉が明記されてしまったのが、少年法の在り方を大きく変え、犯情主義を加速させることになってしまうのが怖いところです。

―― かつての少年審判の在り方がどうであったのか、知見を広げていく必要がありますね。

川村 少年法改正を重ねていき、裁判官も調査官も変わってしまい、さらに付添人も変わってしまったら、立法当局者も「変わらない」と言っている少年法1条が自然に変わっていってしまうだろうなと思います。一生懸命やっている調査官には申しわけないけれども、全体としては調査は弱体化しているとか劣化しているという評価が多いですよね。これは外部の人間が言っているだけでなく、2000年改正前を知っている調査官が自分たちの反省も込めて、弱体化・劣化と言います。付添人活動も弱体化・劣化していないかを振り返る必要がある。常に検証して、それではいけないという姿勢を持っていないと、どんどん少年法は退化していくと思います。調査官、鑑別所の「科学」に期待できなくなってしまった以上、今までにも増して、付添人が科学的知識を身につける必要がありますね。

(「この弁護士に聞く第37回」『季刊刑事弁護』107号〔2021年〕を転載)

(2021年12月28日公開) 


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