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『オアシス・インタビュー』第3回 齋藤保 氏に聞く

〈自敬の念〉の欠落が誤鑑定を生む

指紋鑑定にも第三者機関を


指紋鑑定の仕事とは?

——指紋鑑定とは、どんな目的でするのですか。

齋藤 まず、指紋鑑定は、世界中の誰一人として同じ紋様を持っている人がいないという「万人不同」、生まれてから死ぬまで全く変わらないという「終生不変」という法則から成り立っています。指紋鑑定を大きく分けると、①人の特定、②行動の分析、③指紋検出過程の副産物の3つがあります。私どもは、これらの事実を明らかにし、訴訟当事者に被告人が本当に犯人かという判断材料を届けています。なお、その事実を基に犯人かどうかを判断するのが法曹の仕事です。

——指紋鑑定はどのようにしているのですか。

齋藤 人を特定するには、問題となっている指紋(掌紋を含む)が、誰のものかを特定し、事実を確定する必要があります。この役割は、事件の犯人特定、拇印をした者の確定、死者の身元確認、被害品の指紋から被害品であることを確認する等があります。また、指紋線の太さや密度から、男女の別、年齢の推定、しわの状況から手の状態を推察する場合もあります。

 つぎに、行動の分析ですが、指紋の印象形状から、どのような経過で指紋が付着したものかを推定し、事件の事実経過に照らして判断材料にすることです。例えば、物をつかんだのか、手を広げて物を持ったのか、指紋がどのくらいの圧力で印象されたのか、署名をするときに用紙を押さえたのか、指紋が回転や擦過している場合はどの方向からかなどを推定します。これらの推定から、現在、争点となっている課題を解決できるのです。

——具体的にはどのように推定するのですか。

齋藤 例えば、1個の親指において、左右どちら側が印象されているかによって、人の行動がわかります。親指の外側であれば、手を広げて持った状態であり、内側(人差し指側)であれば、物を挟んだ状態です。また、指の擦過痕では、印象物件との位置関係や指先方向から何をしようとしていたのかが推定できます。このように、指紋は持ち方や触り方によって指の印象部位が変わるからわかるのです。

 最後に、指紋検出過程の副産物として、用紙の指紋検出では、使用する有機溶剤による筆記インクの反応から、その種類が判明できる場合があります。例えば、狭山事件では、脅迫状が入っていた封筒から指紋検出をしました。すると、有機溶剤のアセトン溶液を使用していたので、宛名を書いた筆記インクが溶解している文字と、溶解していない文字が混在していることがわかりました。溶解した文字は油性のボールペンで、溶解しない文字は水性の万年筆ですから、犯人は両方の筆記用具を使用できる人物であると推定できた事例です。これらは、指紋検出をした鑑定官が試薬の選択を間違った結果、発生した現象だったので、意図した結果ではありませんが、偶然にもたらされた副産物とは言えますね。

——指紋が合致しているかどうかの判断はどのようにするのですか。

齋藤 指紋が合致するかどうかの判断は、警察鑑識の経験がないと判断が困難だと思います。かつて、民間指紋鑑定人が「合致する」と判断した指紋が間違っていたことがありました。また、科学技術や機器が発展している現在でも、民間から育った指紋鑑定人が世に出ていないのは、ここにも一因があるように思います。

  指紋合致の判断基準は、警察において「12点法則」という一致する特徴点数が12個存在しないと「合致」にしないという取り決めがあります。「特徴点」とは、指紋線が織りなす様々な形状に表れている特徴的な箇所を言います。異同識別は、これらの特徴点の形状、位置、方向、特徴点間の介在線数を比較し、その異同を判断します。しかし、コンピュータで割り出した指紋が12点指摘できても誤鑑定による誤認逮捕の事例がありました。

 このように、指紋は似ているものが非常にたくさんあります。加えて、その指紋は柔らかい肉球の部分に乗っているため、押し当てる力の違いによって変形するから厄介です。逆に、全く変形がなければ、偽造指紋の疑いを持って検査しないといけません。テレビドラマや映画において、画面の左右から指紋像が出てきて中央でぴったり一致する場面がありますが、これは視聴者向けの演出であり、実務とは全く違います。

——齋藤さんは、指紋合致の判断基準として、警察の「12点法則」ではなく、別の基準をもっていると聞きましたが、それは「12点法則」とどう違うのでしょうか。

齋藤 私どもの指紋鑑定基準は、特徴点が5点以上あれば鑑定可能指紋として残します。5年くらい前では、4点以上としていましたが、4点が一致しているように見えて5点目が一致しない指紋がありましたので、今では「5点以上」に基準を上げて識別しています。そして、合致特徴点が5~6点を「合致状態」とし、7点以上を「合致」としています。また、5点が違えば「不合致」と判断しています。

 これらの判断には、指紋線の曲がり具合、特徴点の種類や位置関係を勘案しており、決して特徴点の個数だけに頼ってはおりません。そのため、指紋の一部分しかない部分印象の指紋を照合する際は判断に迷うこともあり、決定まで3日間くらいかかることもあります。したがって、大きな違いは、警察鑑定の場合は「合致」だけを目的とした基準であるのに対し、私どもは、「合致」と「不合致」の両方の判断をする基準として運用しているところですね。

——過去に指紋鑑定で冤罪を明らかにした事例にはどんなものがありますか。

齋藤   冤罪事件では、そのほとんどに“犯人の指紋がないのはおかしい”という疑問が共通しています。犯行の手口が素手で行っているという形態が共通しているからです。また、合致している場合は、犯行時に付着した可能性の証明があいまいだったのです。これらの冤罪事件について指紋鑑定書を作成したところ、無罪が確定した事件が5件1)、現在再審請求中が6件2)、再審をあきらめた事件や中断した事件が3件あります。

指紋鑑定
指紋鑑定をしているところ——指紋が一致しているか一致していないかの判断に迷うことは、今でもあるという。

——指紋鑑定は、刑事事件だけではなく、民事事件でも使われていると聞いていますが、具体的にはどのように使われていますか。

齋藤 指紋に関する刑事事件については、今までお話したとおりですが、民事事件では、①誹謗文書や怪文書からの発信者を特定する、②子どもによる嫌がらせメモから嫌がらせの該当者を特定する、③各種証明書や念書等から指紋を検出し、署名者が関与していないことを証明する、④自筆証書遺言の拇印と本人の在宅指紋を照合することにより、本人かどうかを証明する、⑤自筆証書遺言書に署名した際に付着した指紋を検出し、偽造容疑対象者の指紋と照合することで偽造容疑者を特定する、などです。

——ところで、指紋はどのくらいの期間残るのでしょうか。

齋藤 人の指先や皮膚からたえず分泌物が出ていますが、それは無色透明で肉眼では見えません。指紋は、薬品を使って顕在化したものです。ガラスや金属など表面が滑らかな滑面体と表面がザラザラした紙類とでは大きく異なります。普通の滑面体では室内で概ね1〜3カ月ですね。というのは、水分の蒸発や脂肪分の酸化などによって固形化し、時間経過とともに拡散消滅してしまうからです。紙類では、保管さえよければ数十年後でも検出可能です。最近30年前の本から指紋が検出されたこともあります。

注/用語解説   [ + ]

(2019年07月17日公開) 

用語解説

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