ゴーン事件弁護士事務所の 捜索差押えと押収拒絶

拒絶権をめぐる弁護士と検察の攻防


11 押収拒絶物と裁判所の令状発付のあり方

大出 令状審査にあたって、裁判所が事前に拒絶物であるかどうかを予測すること自体、つまり確認することは難しいという考え方があります。したがって、裁判所が令状発付のときに、それは確認できないから、とりあえず発付するんだと。ただ、第一次的判断権は弁護士にあることになれば、現場で拒否することになったときに、事実上、さっき議論したことですが、令状の効力は機能しないわけですね。

後藤 その場面では、捜索も必要性がないことになるのではないでしょうか。

大出 今回のケースでは、第1回目に来たときには、押収拒絶権を行使されて帰らざるをえなかった。当然、2回目に令状を出すときにも、弁護士が押収拒絶権を行使することは十分予測がつくわけです。しかも、1回目には中に入ることもできなかったわけですから。だとすれば、捜索するとか押収すること自体に無理があるということは、裁判所としても、令状請求が来たときに当然予測ができるわけではないですか。

後藤 裁判官の論理としては、押収拒絶されるかどうか、やってみないとわからないので、一応、刑訴法の要件があれば令状を出しますという立場でしょう。

大出 出すところまではね。そういうことなんでしょうね。

後藤 でも、さすがに、検証令状は出さなかったわけです。

大出 そこは、先ほど触れた通説に従ったということかもしれませんが、なぜだったのか確認したいところですけどね。

後藤 どういう理由で却下したのか。これはかなり重要な判断だと思います。

弘中 そうですね。

大出 ただ、それも、1回目のときに押収拒絶にあって、パソコンの中身を見ること自体ができないということは、前提としてあったかもしれない。

後藤 おそらく裁判官としては、拒絶権によって押収できないものを検証はできるというのはおかしいという感覚があって、当然、今度も拒絶するはずだから、そもそも令状を出すべきではないという発想があったのだろうと想像はできます。だったら、差押えも同じことで、何度も同じような令状を出せるわけではないことは言えるかもしれない。

大出 そうは言ってみても、裁判所は事前に押収拒絶権を行使することを予測できるかどうか。一般的に、弁護士事務所が捜索対象になっているということで、すぐに言えるかどうかは微妙ですね。

後藤 それは、たとえば弁護士を証人尋問するときで、証言拒絶が予想できても、証人尋問自体はできると考えているのと同じですね。

大出 ということは、令状を出すこと自体を阻止することは、かなり難しいことになりますか。

後藤 押収拒絶の意思がはっきりわかっていれば、出すべきでないことはありえます。

大出 実際問題として、今回のようなケースでは、1回目に行って拒絶されたのだから、当然のことながら、押収の対象自体は拡張してみても、同じ場所で同じ事件で捜索することだから押収拒絶にあうことは明瞭です。そのときに、さらに令状を出すことが、果たして妥当かどうかは問われることだと思います。たとえば国賠をやったりするときには、ひとつの理由になる可能性は十分ありうるだろうと思います。

 ほかに捜索可能性を問題にするときに検討しておく必要のありそうなことはありますか。

12 探索的な捜索はできるのか

弘中 直接関係しないかもしれませんが、2度目の捜索差押えは、被疑者を4名(ゴーンさんのほかは逃亡を幇助したとされた人物)にして、差し押さえるべきものをたくさん列挙しているわけです。なぜそうしてきたのかということです。検察からすると、さっき言ったパフォーマンスもあったのでしょうが、次のように考えることもできるのではないでしょうか。

 1回目の押収捜索については、私たちは、貸与パソコンを渡さなかったし、捜索も認めなかったわけですが、それからしばらくして、検察官が私に対して、違法出国に関与したある人物が法律事務所に行っていたことがわかったので、それを含めて、いろいろと話を聞きたいから、検察庁に来てほしいと言うのです。私は行く必要はないと断ったのですが、私から話を聞こうとした検察官の立場からすると、ゴーンさんが法律事務所に毎日来ているといっても、一体事務所の中がどうなっていて、どのくらいのスペースをゴーンさんが使って、何を置いているのか、どういう使い方をしているのか、まったく見当がつかなかったと思います。そのことに非常に関心があったのだと思います。検察官は、法律事務所の中にはゴーンさんのものがたくさんあるのではないかとか、4名の被疑者が法律事務所内のゴーンさんのもとにいろんなものを持ち込んでいるかもしれないとか、いろいろな可能性を妄想して考えたのではないかと思います。

大出 それは捜索で確認することができる話ではないですね。

弘中 ないのですけれども。

後藤 ある種、検証的な効果ですね。

大出 却下されましたが、検察は検証でそれをやろうとしていたのかもしれませんが、何を目的に、どこを対象にしたか、今となってはわからないですね。

弘中 これだけたくさん列挙するということは、いろんな可能性を想像してやったのだと思います。それは事前に確認できなかったから。

大出 しかし、検証ということから、今出たようなことについて確認することはできるのかどうか。

後藤 事務所がどういう間仕切りになっているとか、そういうようなことしかできませんね。

大出 検証令状を出す要件として、十分かという点ではどうでしょうか。

後藤 検証の必要性が認められるかどうかはわからない。ただ、捜索という処分が、ときに検証的な効果を伴うことは確かです。

大出 そのこと自体が、捜査との関係でどういう意味を持っているかというと、令状が出るほどの合理的な理由がありうることにはならないですね。

弘中 非常に探索的な捜索ですね。

大出 その点について、これ以上議論しにくいところがありますが、いずれにせよ、論理的には押収拒絶は、捜索拒絶までつながるはずですし、権限というかどうかはともかくとして、裁判所にも、その点に留意した令状判断をしてもらう必要があることは間違いないと思います。

 それは、単に、弁護士業務を守るだけでなく、特に刑事事件の場合は、被疑者・被告人の弁護権を保障するという意味でも、憲法的根拠を持ったものだということを、確認・主張していく必要があるのではないかと思います。

(2020年05月07日公開) 


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