ゴーン事件弁護士事務所の 捜索差押えと押収拒絶

拒絶権をめぐる弁護士と検察の攻防


10 検察の捜索可能論にどう対抗するか

弘中絵里 今回、結果的に押収したものは、面会簿1点を除いてなかったわけですが、検察とすると、本当にすべてが押収拒絶の対象物なのか、すべて弁護士から押収拒絶権を行使されるのかはやってみないとわからないから、捜索は必要という建付けです。

 その建付けで言うと、押収拒絶権を行使するものもあるかもしれないけれど、行使できないものもあるだろうという前提で捜索差押えにやってきた場合、さっき小佐々さんが言いましたが、一部は拒絶できるが、一部は拒絶できないだろうという中で、捜索は認められるのかどうか。

 大コメでいう、「捜索できない」というのは、対象物が押収拒絶権を行使できる場合についてです。捜索差押えの対象ではない場合は、当然それに伴う捜索もできないという理屈なわけですが、今回、検察側は対象物を広げてきた。その中には、拒絶できるものもあるだろうけれども、できないものもあるだろうと。

 そういう状況で、弁護側は、それを探す過程で拒絶できるものの秘密性も失われてしまう可能性があるから、一部でも拒絶できる場合は、捜索は丸ごと拒否できると言うし、検察側は、逆に、一部でも押収可能なものがあるならば、それを探すための捜索は可能だと言うし、そこですれ違う事態が起こりえます。

大出 検察側の主張は、押収拒絶できるものと拒絶できないものが混在している可能性があることを前提に、拒絶できるものなのかどうかを確認するために捜索したいという趣旨で言っていたのですね。

 第一次的な拒絶権が弁護士側にあるのであれば、その中身を確認することを拒否することができることになります。それが、そもそも委託されたもので、秘密性のあるものであって、拒絶できるものであるという判断権が誰にあるのかということに関わるのではないですか。

小佐々 判断権者について、われわれも議論しました。われわれが判断できることは押収拒絶対象物かどうかであり、検察が判断できるのは、差し押さえるべきものかどうかです。こちらとしては、「すべて押収拒絶だ」と言うものの、事務所くらいになるといろんなものがあるわけで、そうすると、その中に押収拒絶権を行使できないようなもの、極端な例をいうと、ボールペンなどの文房具のようなものがあります。

 そういうときに、こちらが押収拒絶権を行使できないものが差押えに当たるかどうかの判断権は、彼らにあるということなんです。

大出 それは、どこまで細分化されているかはともかくとして、令状で認められている押収対象物というのは特定されているわけでしょう。

小佐々 はい。

後藤 されていなければ捜索できないことになります。

大出 令状で特定されているから、それを見ただけで拒絶権があるかどうかの判断は誰がするかといえば、弁護士がするでしょう。

小佐々 そうです。

大出 その限りでは、それが包括的かどうかはともかくとして、少なくとも、「令状に書いてある物は拒否権を行使すべき対象だ」と言ってしまえば、それ以上のことは検察はできないのではないですか。

小佐々 令状に挙がっているもの、該当するものは、私たちが判断して、「それはすべて押収拒絶対象物です」と言えるかどうかです。

大出 検察側だって、押収できるかできないかということについての選別は令状の行使の範囲ではできない話でしょう。

小佐々 それはそうだと思います。

弘中絵里 それこそ入口で、「これは全部押収拒絶できるものですから、お引き取りください」と言うことができるのか。

大出 そう言えばいいということになるのではないですか、さっきの議論との関係では。

後藤 もし、令状を見ただけで押収拒絶できる、ないし拒絶すべきものかどうかわからないとなれば、差し押さえるべきものが特定されてないことになります。

小佐々 先ほどお話しした面会簿原本について、なぜこちら側から最初に任意提出すると判断したかというと、その内容は裁判所にすでに提出されているもので秘密性がなくなっているので、それはこちらも拒絶できないものとしてありうると思ったからです。

大出 秘密性がすでに失われている可能性があるからでね。

小佐々 そうですね。本来、差し押さえるべきものというのは、誰が判断しても同じものなんだと思います。ただ、検察官側の考えは、弁護士が判断する差し押さえるべきものと、検察が判断する差し押さえるべきものは、イコールではないということなんです。

 ただ、令状に明示して記載するものから漏れたものについては、もちろん全員が把握しているわけではないにしても、漏れたものですから押収拒絶対象物です。それが明らかになったとしても、それは明らかに性質上押収拒絶する対象物なのだから、そこがイコールではなくても、こちらは「すべて押収拒絶対象物なんだからお引き取りください」と言っても、検察は、「そうかどうかは見つけてみないとわからない」という考え方です。

大出 検察側の立場を認めるわけではないですが、その場合、弁護側として判断することは非常に難しい状況に追い込まれる可能性がないわけではないということですか。

小佐々 確かに、一個ずつ、「このメモは違いますね、こうです」というやり方はしていないですが、違法な捜索であることを理由に立会人として最終的に書類に名前は書きませんでしたが、一応、実質的には弁護士が複数人立会人として見て、「これは全部そうです」というやりとりはありました。

 そこで判断できないような曖昧なものがあったというよりは、明らかにこちらとしては、差押えの対象物であると判断できました。

後藤 それは、普通に考えて、この事務所とゴーン氏の関係と、この被疑事実を見たら、押収する意味があるようなものはみんな拒絶権の対象だと、想像はつきますね。

弘中絵里 実際、もし存在したら押収されてしまったかもしれないと思うものがあります。検察は、検察庁の受付みたいに、法律事務所ヒロナカにも庶務係の総務がいるのではないかと気にしていました。その人がゴーンさんの関係者かどうかにかかわらず、受付として、誰が来たかをメモしているのではないか。それは、個別の事件で預かっているのではなくて、事務所の運営上やっていることだから、そういったものは事件とは関係なくて、秘密ではないから押収したいと言えるかもしれません。

 彼らは、誰が来ているのかを知りたいと思っていたから、もしそういうものがうちの事務所にあったら、それは秘密ではないから持っていくと検察は言い張ったと思います。

大出 それを秘密でないという論理はどこにあるのですか。

後藤 いや、業務上、預かり保管したものではないという論理でしょう。その論理だと、弁護士がパソコンの中にいろいろメモを残したりしているのも、業務上預かったものではないですね。

小佐々 パソコンの中には業務の委託に基づいて作成したものも含まれるので、パソコン全体として拒絶するということで対処はできると思います。他方で、先ほどの一般庶務的な、事務所の運営上のものは、ある個別の依頼者の業務とか、それに基づいて作成したというよりは、機械的に作っているものです。今回は、そういうものはなかった。

大出 弁護士事務所に出前で来る人がいるとかはあるにしてみても、それ以外の、業務との関係においてどうなのかを、いちいち区別することは簡単でしょうか。

弘中 法律事務所の場合には、誰が事務所に来たのかということ自体が秘密だと思います。

大出 そうだと思います。

小佐々 しかし、そこを検察が強行することはありうるのかもしれない。検察が差し押さえるべきものと、こちらが拒否するものとにずれがあるんだという認識が、検察にはあります。その差し押さえるべきものの範囲の判断権者は検察であるというスタンスを絶対に譲りません。

大出 ただ、判断権は弁護士側にあるということを前提にすれば、包括的な拒否は可能だと思います。

小佐々 少なくとも、今回のように、令状にあがっているものがぱっと見ただけで押収拒絶の対象になるものでしかない、それしかないというのであれば、そうだとこちらも認識はしています。

大出 令状に記載されているもので押収可能性のあるものは、検察側が証明するなり指摘することができなければ、当然、押さえられません。しかも、それが令状記載物だということが指摘できなければいけないわけです。

小佐々 そうすると、検察官の手順からすると、それが差し押さえるべきものに当たるか判断するために、それを捜索するということになります。ただ、それを最後に押収するところで、「あなたたちの判断で拒絶すればいいではないか」と彼らは言うのです。その手前の、捜索すら拒絶するという条文にはなっていないのが不安です。検察は今回そこにつけ込んできました。

大出 でも、中身を見ることはできないわけですから。

小佐々 そうです。そこが、彼らの言う折衷説なんです。

後藤 できないかどうかの問題であって、検察側は捜索できないと認めているわけではないという理解ですね。

小佐々 そうです。捜索は、部屋に入るところから、棚を一瞥し、棚の中からファイルを取ること、そのファイルの中が関係するものかを見る、そこまでの幅があると思うのですが、彼らは最後までできるんだと解釈しています。しかし、検察は、そこが押収に類する捜索になってしまう部分もあるからしませんよと。逆に言うと、「そこの判断はあなた方がやってください」と。ただ、何があるかという、彼ら流の一瞥あたりくらいまでは、折衷としてしますという意味ではありました。

大出 その点について弁護士の対応は難しいものがありますが、当然、一瞥も含めて捜索拒絶をするべきでしょう。現場での具体的な対応については今後の課題になるでしょうけど。

(2020年05月07日公開) 


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