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ゴーン事件弁護士事務所の 捜索差押えと押収拒絶

拒絶権をめぐる弁護士と検察の攻防

《後篇》問題の所在と今後の課題
2020年1月29日の弘中惇一郎弁護士の事務所への捜索・押収では、検察官らは、弁護士より押収拒絶権が行使され、事務所への立入りを拒否されているにもかかわらず、侵入した。この行為は、被疑者・被告人の防御権・弁護人依頼権の侵害など弁護権の本質に関わる重大な問題を含んでいる。そこで、当事者の弁護士も交え、事実経過を確認したうえで(前篇)、押収拒絶権の法的意義や捜索拒絶との関係、今後の課題(後篇)などを検討する(季刊刑事弁護102号83頁より転載)。
出席者
後藤 昭 (ごとう・あきら 一橋大学・青山学院大学名誉教授)
弘中惇一郎(ひろなか・じゅんいちろう 弁護士/法律事務所ヒロナカ所属)
小佐々 奨(こささ・しょう 弁護士/法律事務所ヒロナカ所属)
大出良知(おおで・よしとも 九州大学・東京経済大学名誉教授・弁護士/司会)

傍聴弁護士
弘中絵里・大木勇・白井徹・水野遼太 (以上、法律事務所ヒロナカ所属)

7 押収拒絶の法的根拠とは

大出 次に、弁護士による押収拒絶の法的根拠(押収拒絶権)について議論したいと思います。どこまでの内実を持ったものとして権限行使が可能になっているのかを確認しておきたいと思います。

 その法的根拠は、一般的には、弁護士業務自体を保護するということにとどまらず、もう少し広がったものとして考えられていると思います。その中身がどういうことなのかは必ずしも明確ではないのですが、弁護士を利用する社会一般の保護、あるいは弁護士に対する信頼感を保護することといったことがいわれています。

 弁護士の立場からすれば、それなくして弁護士業務は成り立たないということは間違いないと思いますが、今回の事態に遭遇されることになって、弁護士業務の重要性との関係で、押収拒絶権をどのように位置付けるべきかで何か考えられたことはありますか。

弘中 条文の建付けからして、「押収を拒むことができる」と書いてあるだけで、押収を拒絶しなければいけないとは書いてないし、捜索の拒絶ができるということも書いてないですね。

 何のために弁護士に対して押収拒絶権を認めるのかということについて、もっと基本的な議論が必要だと思います。この条文は、弁護士だけではなくて、医者なども全部列挙してあり、要するに、秘密を扱うさまざまの職にある者と弁護士が同列になっています。しかし、国家権力である検察・警察と対峙して権限を行使するのは弁護士だけです。したがって、押収拒絶権を弁護士の特別の権限としてきちんと位置づけて、もう少し総括的なというか、弁護士の権限全体との関係できちんと位置づけて、明示される必要があると思いますし、このことを実感しました。

 たとえば、対象物が押収拒絶の対象になるかどうかの判断権がどちらにあるのかの点で、そこが検察・警察にあることになってしまったら、ほとんど押収拒絶権の実がなくなるわけですから、そこを明確にする議論がまず必要な気がします。

大出 実務の検察側との対抗関係の中では、十分な機能を期待できない状況が生まれているのかもしれませんが、権限としては、第一次的な判断権は弁護士にあるのだという理解が、通説的な議論としてあります。

弘中 その説が有力ですね。

大出 位置づけの問題はあるにしてみても、弁護士業務自体の重要性についての前提があって認められてきた権限です。ただ、そのことを確固たるものにするようなことが必ずしも十分に行われてこなかった。だから、あらためて、この権限がどういう権限なのか、建付けの意味を含めて見直してみることが必要だということはそのとおりではないかと思います。

弘中 この条文では、弁護士が医師、看護師などと同列で、ただ他人から預かっている秘密を守りましょうということになっていますが、もう少し刑事弁護人の特殊性を強く位置づけてもらえたほうがいいなという気がします。

大出 そのためには何が必要だということになりそうですか。

弘中 最終的には立法で明確にすることでしょうね。

後藤 たとえば医師の場合は、押収を拒絶するという発想があまりないのではないですか。任意提出もありますね。弘中さんが言われた点は、押収拒絶権自体というよりも、業務の主体側の心構えに違いが出てくるのではないかという気がします。

大出 先ほど少し触れられましたが、弁護士の場合には、唯一、国家権力と対抗するという意味で、秘密を守る権限が与えられている存在と考えられるわけです。ですから、そこが崩れることになったときには、とくに刑事弁護という領域では、弁護士という職業自体が成り立っていかないことになると思います。そこのところが、これまで十分に認識されてきたのかどうか。

 どちらかというと、憲法的権利の擁護という観点からではなく、政策的な配慮による規定だという認識が前提になってこの問題が扱われてきたのではないか。実務でも、憲法的視点から問題に対応しなければならないケースが、そんなにあったわけでもないかもしれません。

 これまでに弘中さんが、検察など国家権力と対抗していろいろな事件を扱ってこられて、この条文との関係で、今回と同じような切迫した事態を経験されたことはほかにありましたか。

弘中 ないですね。

後藤 私も見たことないです。検察は、普通だったらここまではやらないであきらめていたのではないかと思います。

大出 検察にしてみれば、一定の成果を確保しないわけにはいかなかった。なぜかというと、ここで引いてしまうと、捜索拒絶まで容認する形にならざるをえなくなってしまうという危惧があったように思います。当然弁護側としては、押収拒絶権の実質化を図るためには、捜索を拒否できるということにしないと、守るべき価値を、本当の意味で守り切れないということになるわけですから、弁護側も徹底抗戦ということになるわけです。

 その意味では、押収拒絶権を憲法的な権限として担保していくことが重要ではないでしょうか。単に政策的な配慮の問題ではなくて、弁護士の業務自体の持つ重要性から、憲法的に保護する必要がある権限だといえるかどうかが、ひとつポイントになると思います。

 これまでも、渡辺修さんが、そういう議論をしていることはしています(「弁護人と押収拒否権」『光藤景皎先生古稀祝賀論文集(上)』〔成文堂、2001年〕205頁以下、「弁護士の押収拒否権と『捜索遮断効』」『河上和雄先生古稀祝賀論文集』〔青林書院、2003年〕375頁以下)。渡辺さんの議論の出発点になっているのは、一般的に憲法的基礎とされている憲法22条1項の「職業選択の自由」と13条のプライバシー尊重です。その前提としては、政策的な権限だということが前提になっているからだと思うのですが、やはり、それだけでは弱いということだと思いますが、最終的には、弁護人依頼権(34条、37条3項)から、憲法35条や31条も根拠になりうるという議論をしています。

弘中 刑事弁護人の立ち位置、役割の問題です。検察など国家権力と対峙していながら、必ずしも対等の立場で闘うのだということではなくて、裁判手続のときに形だけいてくれればいいとされていた時代もあったのではないかと思うのです。

 刑事弁護権の保障は、憲法上はいったいどういうことに由来するのかを考える必要があると思うのです。捜査機関は非常に強い捜査権を持っているわけですから、それに対峙して闘うためには何が必要かということです。押収拒絶権の位置づけもその中で考える必要があります。

大出 立法過程で、旧法では押収拒絶権の主体であった「弁護人」が除かれることになっただけでなく、「押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合」を拒絶権行使から除外する但書が挿入されることになりました。そのことで、いったんは、弁護士が被告人等から証拠等を委託された場合、押収拒絶権を行使できない、つまり、弁護人には許されないと解される余地が生まれました。

 しかし、議会審議の最後の段階で、「被告人が本人である場合を除く」という括弧書きが挿入されることになります。そのことで、弁護士が弁護人として被疑者・被告人のために、まさに刑事弁護として、押収拒絶権を行使できることになったと解されます。

 ですから、単に弁護士業務の信頼性を確保することだけではなくて、先ほど弘中さんが言われたように、刑事弁護人として守るべきものは何なのかということが、最終的なところではベースとして保障されていることではないかと思います。

後藤 「業務上委託」の弁護士の「業務」にはいろいろな場合があります。民事事件代理人として預かったものでもこれに当たります。その場面は、必ずしも刑事弁護の問題ではないわけです。

 しかし、刑事弁護の場面で考えると、秘密交通権は基本的に、弁護人依頼権の保障から来ているはずです。弁護人依頼権を実効的なものにするためには、秘密のコミュニケーションの保障が必要だという考え方なので、そこは憲法的な基礎があります。そうすると、刑事弁護人として預かったものについては、弁護人依頼権の保障から派生する特権だと言えそうです。

弘中 後藤さんが言われたように、秘密交通権と押収拒絶権は共通していると思います。つまり言葉の形で情報を共有することと、ものを弁護人に預ける形で共有することとはつながっていると思います。秘密を共有することで国家権力とはじめて闘うことができるという問題です。その意味で、秘密を預かると言っても医師とか看護師とは違っていて、この秘密の共有は刑事弁護人の特別の権限とみることができます。

 この問題を総合的に明確にするには立法が必要だと思いますが、それは、いつになるかわからないことですから、当面の法律の解釈として、そういった秘密交通権や証言拒絶権、押収拒絶権などを共通する問題として捉える必要があります。すなわち、弁護人が被告人・被疑者との信頼関係に基づいて業務の遂行をするためには、秘密の共有がいかに必要なのかという総合的な解釈をする必要があると考えます。

8 押収拒絶の第一次判断権は弁護士にある

大出 少なくとも、これまでの議論でも、押収拒絶が可能なものなのかどうかの第一次判断権は弁護士にあるという理解は、通説的理解にはなっています。

後藤 裁判所も、それを尊重すべきだというのが一般的な説明です。

大出 大コメでも、渡辺咲子元検事がそのように解説しています(大コメ第2巻第2版330頁)。その点で、検察官の対応に何か思い当たる節はありますか。

小佐々 検察とのやりとりの中で明確だったことは、押収拒絶権が行使されたもの、つまり明示的に押収拒絶されたものまで持っていく気はまったくなかったのは間違いないと思います。ただ、事務所に入れないとなると、弁護士事務所が不可侵のものになってしまうという意識は彼らにあるわけです。彼らにとっては、たぶんその中に1つでも押収拒絶の対象にならないものがあるのであれば、入れるという形をとりたいという強い意思があったと思います。

 つまり、1つでも押収拒絶できるものがあれば入らせないというのがこちらのスタンスで、1つでも押収拒絶行使できないものがあれば入るというのが検察のスタンスで、そこは完全に平行線だったので、陣地取りのようなやりとりになったということです。

大出 だとすると、先ほど言ったことに関わりますが、押収拒絶権は、検察側としても尊重せざるをえないという、基本的なベースは認識されていたという感じはしたということですか。

小佐々 少なくとも、検察はそこまでの無理をする気はなかったと思いました。こちらが何回も言ったのは、次のことです。引き出しの中にまったく関係ないものが、たとえばゴーン氏の部屋だったらすべて預かったものになるけれど、逆に言うと、弁護士のほうから考えると、業務上作成したものと、まったく関係ない私物が交ざっているようなときに、今回の差押えの対象になるようなものは、すべて押収拒絶をしたとすれば、それ以外のものについて捜索する意味があるのですかと。

 つまり、検察は差押えを前提としていない捜索、対象物の確認のための捜索に非常にこだわっていたと思います。

後藤 検察としては、押収拒絶権は認めるけれど、捜索はできるという実績をつくりたかったのかもしれません。

大出 論理必然的には、第一次的な判断権が弁護士にあることになれば、当然、捜索に意味はないという事態が生じる可能性が十分あるわけです。現に、大コメ(前掲329頁)も、とくに詳しい理由を述べていませんが「押収を拒絶された場合は、押収対象物の捜索・検証もできない」というのが通説であるとしていますから、そのことは十分予測できるわけです。検察として、捜索だけはやるけれど、無理やり押収していくことはしない。そういうところで、弁護士事務所に入ること自体は、権限として確保しておきたいという趣旨だったのかもしれないということですね。

 そうなると、押収拒絶権が捜索を拒否するところまでいけるのかどうかが最大の問題ということになりますか。

小佐々 少なくとも、現場ではそこに尽きていました。今回、差し押さえさせた面会簿原本があるのですが、頑張れば、それすらも持っていかせずに終わらせることは可能だったと思います。つまり裁判所に出したものはタイプ打ちしたものですが、こちらで出したものは手書き原本で、情報は一致しているのですが、厳密には違うものであるし、本来的にはこちらは拒絶できうるものではあったと思います。

 検察官は、何も持って帰らずに終わることは、当然あり得た事案だと思うのですが、何か必ず持って帰りたいというよりは、捜索に入りたいというこだわりというか、そこは絶対に無理をするというところがあったのは間違いないと思います。

弘中 今回の押収捜索を考えるには、被疑事件の特殊性を考えておく必要があると思います。押収にかかる被疑事件としての出入国違反の事件は、ゴーンさんが国外に出てしまっているため、当分どうこうできる状態ではなくなっています。しかも、ゴーンさんが出ていった原因は、法務省の入管の不手際だったということです。そうなると、検察としては、なんとか非難の対象を法務省ではなく、弁護人に向けたくなります。そのためには、弁護士事務所で謀議があったことにして、その関係の証拠を捜索しているのだという形を装うことで、風向きを変えるためにやりたかったというのが1つ。

 もう1つは、ゴーンさんが何か法律事務所にものを残している可能性があるということを理由に、それをひとつの名目にして弁護士事務所の捜索押収ができるテストケースにしたいということで、成果を必ずしも期待しないで、弁護士事務所の捜索押収をやりたかったという、2つの面がある気がしますね。

大出 ということだとすると、極めて政策的な判断と権限行使になるということですね。

弘中 そうです。先ほど確認してもらった経緯からすれば、こちらが押収拒絶することは明示しているし、向こうはそれを超えたものが何かあるということは言えないわけですから、そうなると、そもそも、このような令状を出した裁判官のことも含めて問題にしていくべきだと思います。

(2020年05月07日公開) 

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