裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第6回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第6回

やりたくない裁判員

小野麻由美さん

公判期日:20171023日~11月2日/東京地方裁判所
起訴罪名:強盗傷人ほか
インタビューアー:田口真義


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小野麻由美(おの・まゆみ)さん(2025年2月1日、筆者撮影)

裁判員より良い経験!?

 「えっ!? 私ですか? では、エレファントカシマシの“風と共に”」

 これは、2019年5月に生放送された文化放送ラジオ「田村淳のNewsCLUB」に出演した際、大ファンだと言うアーティストの楽曲をリクエストした時の小野麻由美(おの・まゆみ)さんの発言である。

 2018年にLJCC(Lay Judge Community Club)のメンバーとなった小野さんは、最初に連絡をいただいた2日後には交流会へと参加していた。物静かな雰囲気とは対照的なロックバンドのファンで、LJCCだけでなく他団体の活動にも自らの意思で参加するアクティブな方である。そんな彼女と司法とのつながりは意外なところから始まっていた。

 当時、営業職だった小野さんの成績は極めて優秀で、営業3人分くらいの売り上げを稼いでいたそうだ。泣き寝入りせずに自ら動き状況を打破する行動力は、普段のおっとりとした佇まいからは想像もつかない。そして、彼女のスタンスは裁判員をやる前もやった後も一貫して変わらない。

 今までにないタイプの裁判員経験者でありながら、その意見には大いに賛同する。裁判員をやったこと自体は、「ある意味で貴重」と言う小野さんにとって、果たしてやってよかったと言える体験だったのだろうか。

空席だらけ──選任手続

 小野さんは、裁判員制度ができた当時も今も、複数の派遣会社に登録し、様々な企業で一定期間従事するいわゆる派遣社員だ。新聞で制度施行を知ったが、関係ないし、自分がなるわけがないと思っていたそうだ。

選任手続期日のお知らせ(いわゆる呼出状、右は筆者に届いた同種書面)

 その時点で断れる事情がなかった小野さんは、選任手続期日に裁判所へと足を運んだ。唯一の希望は、9月いっぱいで契約が切れた仕事の、次の派遣先が決まれば断れるかもしれないということだった。

 自ら訴訟を起こして以来、約13年振りに裁判所へ行くも空席だらけの候補者控室に愕然としたという。辞退率の高騰、出頭率の低下が可視化された光景だろう。そして、思念と逆行する現象は確かにわかる。残念なことに現実化してしまった。

 補充裁判員であることまで含めて見事に嫌な予感的中だった。小野さんの呆然とする様子が生々しい。かくして男女3人ずつ、補充裁判員も男女1人ずつの合議体が出来上がった。年齢も30代から70代までのサラリーマンや自営業といったバランス型だ。

 「恵まれていた」、そう言う小野さんは、知らず知らずのうちに周囲からの助けを得ることができる、いわゆる「持っている人」なのではないかと思う。

文化放送ラジオに生出演した小野麻由美さん(右)(2019年5月18日、文化放送「田村淳のNewsCLUB」提供)

補充裁判員の視点──初公判

 事件は、共犯者4人が起こした強盗傷人。主犯格が店長を務める宅配チェーン店に、実行犯たちが侵入し、何も知らない副店長を鉄パイプで殴り、倒れたところを足で踏みつけて、売上金約140万円を奪ったという事件である。小野さんたちが担当したのは、主犯格の友人とされる立場の被告人。被告人の後輩にあたる連絡係が、さらに知り合いである実行犯に指示して、犯行に及んだというとても複雑な事件だった。主犯格と実行犯の間につながりはなく、いわゆる闇バイトのはしりのような事件だったとも言える。

 犯行動機の稚拙さに呆れる小野さんだが、一方で、20代の犯行グループ4人を「くん付け」で呼んでいた。実は、事件は2つに分かれていて、被告人たちは同じチェーン店の別な店舗でも同様のことを行っていた。あらためて初公判から進めていこう。

 「事件からしてヤンチャな感じ」の被告人を想像していたそうだが、25歳の好青年がそこに座っていた。では、検察側、弁護側双方からの主張はどうだろう。冒頭陳述の様子をそれぞれの印象を含めて聴いてみたい。

 活舌の悪さは訓練で解決できる問題だろう。一方の、弁護人も見た目だけではなく中身も磨くべきか。登場人物が多く複雑な事件だ。どれだけ公判前整理手続で簡略化したとしても、メモが不要になるほどまでは及ばない。小野さんの動揺が見て取れる。せっかくなので裁判官の印象も聴いてみよう。

 法壇の向こう側、横に並ぶ裁判員からも傍聴席からも見ることができない景色。補充裁判員にだけ許された視界は、裁判長の思わぬ気の緩みをとらえたようだ。一方で、法廷や評議室での席替えは評価に値する。裁判員が得られる情報の公平性を考える上で、極めて有効な手段だと思う。ただし、補充裁判員も同列に扱うべきだ。

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(2025年06月13日公開)


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