裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第6回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第6回

やりたくない裁判員

小野麻由美さん

公判期日:20171023日~11月2日/東京地方裁判所
起訴罪名:強盗傷人ほか
インタビューアー:田口真義


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資料を見る小野麻由美さん(2025年2月1日、筆者撮影)

辛かった涙──公判

 法廷では、様々な証拠類と共犯者の3人だけでなく、被害者や被告人の母親など多数の証人が出てきた。

 ここまで聴いただけでもクラクラする。共犯ということは複数の意志で犯行に臨むということであり、各人の機微を読み取るのはこんなにも大変なものなのか……。気を取り直して、証人尋問のうち最も衝撃的だったという被告人の母親が出廷したときの様子を聴かせてもらう。

 母の涙は、女性裁判員だけでランチに出た際も話題になったらしく、「被告人よりお母さん。あの涙を見ちゃったら……こんな辛いことはない」と小野さんは振り返る。

 公判の最後には、検察官からの懲役12年という論告求刑と、弁護人からの執行猶予付判決を求める最終弁論があって結審した。

最後まで真剣に──評議~判決

 いよいよ評議だ。評議は丸2日間に判決公判日の午前中と直前まで設定されていた。

 補充で気楽だから議論の口火を切ったわけではない。言うべきことがあったから手を挙げただけだ。複雑な相関図と背景をもつ難しい評議に際して、裁判長もこの補充コンビに助けられたに違いない。

 活発な議論の結果、「ケガを負わせることまでは知っていた」とした上で主犯格と認定したそうだ。ここからは量刑判断となる。量刑検索システム(データベース)も活用しての第2ラウンドだ。

 評議のはしりだけでなくさわりに至るまで真摯な姿勢を見せる小野さんに感服だ。裁判所、裁判官からしたら感謝の限りだろう。ところが、裁判所はこんなに真剣な彼女に対して驚きの不義理を告げた。

 印象としての記憶なので、実際はもう少し丁寧に告げられたのだと思う。それでも、一般の社会人にとっては、数時間先の予定ですら重要になるわけなので、裁判所は常に先んじて案内すべきだろう。

裁判進行スケジュール表

 最後まで真剣に臨んだ補充裁判員のおかげで、合議体は懲役9年という結論を導き出し、判決公判に臨んだ。ところが、再び小野さんに思いもよらない言葉が掛けられる。

 繰り返すが、裁判所は何事も先んじて裁判員に案内すべきだ。そして、それまでのスーツ姿からジャージ姿に一変して、ふんぞり返って座る被告人から睨まれたのだから、小野さんの心境は察するに余り有る。判決言渡を終えると逃げるように評議室へ戻った。それに急ぐ理由が彼女たちにはあった。

 落ち着いて振り返れるように、アンケートは後日郵送という選択肢も設けることを裁判所には提案したい。いずれにしても、定時で裁判員を終えた小野さんたち女性裁判員は、彼女の行きつけのお店で食事をして解散した。

やってよかった?──裁判後

 やる前も今も、「基本はやりたくない」という小野さんに裁判員をやってみた率直な感想を聴いてみた。

LJCC交流会に初参加した小野麻由美さん(中央奥)(2018年3月24日、LJCC提供)

 自分が経験したことがなんだったのか、それを知るために、答えを求めて裁判所へ足を運んだ。私も同じことを考え、同じことをしていたので、言葉にできないが共感できる。では、裁判員を経験して犯罪や社会に対する見かたに変化が生じたのか、と問うてみたら意外な答えが返ってきた。

 事件の被害者になる可能性と同じ質量で加害者にもなり得る。裁判員を経験することが犯罪抑止に寄与するとしたら、それは裁判員制度の真価の一つなのだと考える。

 最後に、ブログで読んだ「やってよかった」の答えは見つかったのだろうか。

 やってよかったがやりたいとは思わない。でもきっと断れない。そして、背負い込む責任は小野さんが秘める人間力の一端だろう。裁判後、程なくして新しい派遣先へと通うことになり、今はLJCCメンバーとして緩やかに繋がっている。冒頭のリクエストコールは、ささやかだが裁判員経験へのご褒美だ。

(2025年2月1日インタビュー)


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第3回 許せない罪(西澤雅子さん)
第4回 私たちには優しい裁判長(吉中宏子さん)
第5回 背広にネクタイが定石(田中洋さん)

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(2025年06月13日公開)


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