リレー連載 冤罪・再審 全国縦断レポート<br>第6回

リレー連載 冤罪・再審 全国縦断レポート
第6回

飯塚事件(第2次再審請求)

高裁の棄却決定で、さらに審理を尽くすよう特別抗告

岩田 務 飯塚事件主任弁護人


1 はじめに

 飯塚事件の第2次再審請求審では、あとで詳しく述べるが、2026(令和8)年2月16日に福岡高裁が、福岡地裁の請求棄却決定に対する弁護団の即時抗告を棄却する判断を示した。弁護団は、最高裁に特別抗告を行い、現在係属している。本稿では、前回報告と重複している部分があるが、即時抗告審の進行協議から、特別抗告までを報告する。

 最初に、事件の経過に若干ふれて本論に入ることにする。

 1992(平成4)年2月20日、福岡県飯塚市で小学校1年生の女児2人が登校途中に行方不明となった。翌日、行方不明現場から約20キロ離れた国道322号八丁峠から、甘柿(現朝倉市)側に約5キロ入った国道の崖下で、ふたりの遺体が発見された。さらに翌々日、遺体発見現場から約3キロ八丁峠側に戻った国道沿いの崖下から、遺留品(ランドセルや着衣の一部)が発見された。事件発生後2年半経過した1994(平成6)年9月23日、警察は、科警研の足利事件と同じ手法のMCT118型によるDNA鑑定が一致したとして、女児らと同じ校区に住む久間三千年(くま・みちとし、当時54歳)さんを逮捕。久間さんは一貫して犯行を否認していたが、福岡地裁(裁判長/陶山博生 裁判官/重富朗・柴田寿宏。LEX/DB28055117)は1999年9月29日、DNA鑑定に加えて情況証拠を積み上げて死刑を言渡した。その後、2006(平成18)年10月8日、最高裁第二小法廷(裁判長/滝井繁男 裁判官/津野修・今井功・中川了滋・古田佑紀)において死刑が確定した。その2年後、足利事件で有罪の根拠とされたDNA鑑定に疑問が浮かび上がり、再鑑定が行われる目処がついて、数週間後の2008(平成20)年10月28日、久間さんの死刑が執行された(当時70歳)。死刑執行後、久間さんの遺族が再審請求を行っている事件である。

2 確定判決

 確定判決は、「被告人と犯人を結び付ける直接証拠はなく、個々の情況事実は単独では被告人を犯人とは断定できないが、7つの情況事実を総合評価すれば、合理的疑いを超えて、被告人を犯人とすることが出来る」としていた。

 それらの7つの情況事実のうち中心となったのは、①科警研のDNA型鑑定と、②事件当日の午前11時ころ、遺留品発見現場付近で怪しい車と人を目撃した、とするT供述であった。

3 第1次再審

 第1次再審では、上記の、MCT118型鑑定の証明力とT証言の信用性が争点となった。

(2026年06月11日公開)


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