
再審(裁判のやり直し)制度を見直す刑事訴訟法改正の政府案に、検察が開示した証拠の目的外使用を禁止する規定が入ったことに対し、再審で死刑判決が覆り無罪が確定した元プロボクサー袴田巖さん(90歳)の弁護団は5月27日、規定の削除を求める声明を発表した。無罪確定後に袴田さんは2件の国家賠償請求(国賠)訴訟を起こしているが、弁護団は目的外使用の禁止が法制化されると再審請求審で開示された証拠を国賠訴訟で利用できなくなることを特に危惧している。
禁止規定があれば袴田さんの無罪はなかったかもしれない
開会中の国会で審議されている政府案に盛り込まれた規定は、再審請求人と弁護人に対し、検察が開示した証拠を再審請求審・再審公判やその準備に使う以外の目的で他人に交付・提示したりインターネット上に公開したりすることを禁止し、違反した場合、1年以下の拘禁刑か50万円以下の罰金を科すとしている。導入する目的として、①通常審に同様の規定がすでに設けられており均衡を図る、②被害者ら事件関係者の名誉毀損やプライバシー侵害を防ぐ——などと説明されている。
袴田さんの国賠弁護団の声明はまず、「目的外使用が禁止されると、再審請求において、開示された証拠を使って支援者とともに活動することが困難になる」と指摘した。
袴田事件の再審請求審では、弁護団のメンバーと支援者が同じ証拠を見ながら議論を繰り返したことで主張・立証のアイデアが生まれ、再審開始決定を導いた新証拠が作られ、報道機関もそれを取り上げてきたと振り返り、そうした取組みが「無罪判決への一番の原動力だった」と分析した。もし目的外使用が禁止されていて、開示された証拠を支援者と共有できなかったとすれば「袴田さんの無罪はなかったかもしれない」と打ち明けた。
国は証拠を自由に利用でき「きわめて不公平」
声明は、さらに大きな問題点として「国賠訴訟を提起することが困難になる」ことを挙げた。袴田さんが無罪確定後に捜査機関と裁判所の違法行為を認定させるために起こした国賠訴訟で、弁護団は再審請求審で開示された証拠を使用しており、今後起こされる他の国賠訴訟に悪い影響が及ぶと実感しているからだ。
声明は、目的外使用が禁止されれば、再審請求人側は国賠訴訟の段階から参加しようとしている弁護士に提訴前に開示証拠を見せられないので、国賠訴訟を起こすべきか相談したり捜査機関のどの行為が違法かを検討したりしにくくなるとみて「著しく不当な制限」と非難した。
通常審ではすでに目的外使用の禁止規定があり、再審請求審への規定の創設によって「国賠訴訟では検察官から開示された証拠はすべて使うことが許されなくなる」と問題視した。一方で、被告となる国は検察が持っている証拠を自由に利用できるとして「きわめて不公平な規定」と指弾した。
そのうえで、禁止規定ができれば「国賠訴訟の提起を逡巡させ、あるいは大きな障碍を設けることになる」との受けとめを示し、報道関係者や一般市民には証拠が見えないため非公開の再審請求審がさらにブラックボックス化すると見立てている。
被害者らの名誉毀損やプライバシー侵害に対しては刑事罰や民事手続で対応できると主張。再審法制に禁止規定を設けるのではなく、むしろ通常審の禁止規定の削除こそを検討すべきだと結論づけた。
「検察が証拠をコントロールしようとしている」
袴田さんの国賠弁護団は、声明の発表に合わせて静岡市内で記者会見を開いた。
弁護団長の小川秀世弁護士は、禁止規定によって再審請求人の側は請求審で開示された証拠を国賠訴訟で使えなくなるのに、国は検察が持つ証拠を自由に利用できることを咎め、「検察官が捜査の結果である証拠を全部コントロールしようという意図が見え見えだ。おかしなことだと思う」と異議を唱えた。
小川氏はさらに「検察はその理由を『自分たちは組織で間違いはないからだ』と言う。検察が間違っていたから再審法を改正しようとしているのに、自分たちは絶対に間違えないことを前提に法案を作っている。検察官のための法改正のように思える」と検察批判のボルテージを上げた。
間光洋弁護士は袴田事件の経験を踏まえて、国賠訴訟のほかに懸念される冤罪再審事件への影響を説明した。①開示された証拠を支援者に見せて協力してもらう場合、「目的内」「目的外」の範囲がはっきりしないため萎縮効果を生み、支援の広がりも阻害しかねない、②再審請求審は非公開なので、取材記者に証拠を示せなくなれば報道を通じて国民が重要な証拠や審理の状況を知る機会が奪われる、③冤罪と確定した後の検証に開示証拠を使うことにも制限がかかる——と列挙し、「冤罪が公にされることなく、冤罪のまま消えていってしまうことが起こりかねない」と警鐘を鳴らした。
記者会見には袴田さんの姉・秀子さん(93歳)も同席。政府案に対し「すべからく緩いですね。私たちは良い証拠も悪い証拠も全部出してほしいと言っているが、出すのだか出さないのだか分からない。検察の抗告禁止も、法務省は何とか抜け道を作ろうとしている」と厳しい評価を明かし、国会の審議で内容が改められるよう「代議士さんには頑張っていただきたい」とエールを送った。
日弁連や新聞協会も禁止規定に反対を表明
証拠の目的外使用の禁止規定をめぐっては、日本弁護士連合会(日弁連)が「再審請求人や弁護人の活動を萎縮させるおそれがあり、冤罪被害者の救済を困難にさせる」として導入に反対し、5月8日にシンポジウムを開いた(シンポの様子は本サイトの記事をご参照ください)。
日本新聞協会も「取材・報道活動の実質的な制限につながりかねない。その結果として、再審請求審をさらに不透明にするとともに、国民が再審事件の問題点を知る機会が損なわれる」と捉え、「改めて反対する」との声明を5月27日に発表している。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年06月02日公開)