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第20回

「LINE」を用いた住民票請求サービスの適法性をめぐるストーリー

アイキャッチ

「不必要に面倒な行政手続きの問題を放置してはいけない」

取材・文/原口侑子(Yuko Haraguchi)

撮影/神宮巨樹(Ooki Jingu)

編集/杜多真衣(Mai Toda)


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 住民票や税証明書の申請、粗大ごみの収集。保育施設の予約や、パブリックコメントの提出……細かい手続きを必要とする行政サービスは多い。「住民票を取得するために半休を取って役所に行く」というようなことも、往々にしてある。

 この10年で例えばアフリカの国ルワンダでは裁判すらもオンラインで起こせるようになったが、日本はデジタル改革が叫ばれ始めたばかり。日本の行政手続きのオンライン申請の割合は未だ他国と比べて低いという。それがずっと不思議だった。

 「とにかく面倒な行政手続きをオンライン化できたら大変に意義があると、私はずっと思っていました」デジタル化の潮流が起こる以前から、エンジニアとして行政のオンライン化に取り組んできた、株式会社Bot Express代表取締役の中嶋一樹さんは話を始める。

 「ですから、国の側が自らオンライン化の選択肢を狭めるようなことは、国民の利便性を損ねるものに思えます」

Bot Expressのサービス

 これまでBot Expressは、「LINEを用いてオンラインで行政手続を行うサービス」を、60を超える自治体と組んで提供してきた。

 その中の一つが、2020年4月1日から東京都の渋谷区で開始された、「LINEを通じて住民票の写しを交付請求するサービス」。LINEのトーク画面上でChat Bot(AIによる自動会話)を使って住民票を請求し、支払い手続をすると自宅に住民票が郵送される、というものだ。

 奇しくも新型コロナウイルスの影響で自由な外出ができないご時世に、役所へもコンビニへも出かけずに家で住民票が取れるというサービスだ。

 しかしこのサービスが始まった直後、総務省から全国の自治体に対して「オンラインでの交付請求には電子署名が必要」とする通知が発出され、Bot Expressのサービス提供に事実上のストップがかかった。

 それに対してBot Expressは、総務省の出した通知は違法である(Bot Expressのサービスは適法に提供できる)ことの確認を求めて、2020年9月に総務省(国)を提訴した。

 なぜBot Expressは訴訟に至ったのか。

株式会社Bot Express代表取締役の中嶋一樹さん

電子署名以外の本人確認を排除すべきか

 「もし通知に従って、国の決める『電子署名』以外の方法を完全に排除すると、住民票の写しの交付請求をオンラインで行う方法が、事実上、マイナンバーに基づく方法に限定されてしまいます。これはほとんどの住民が今すぐ利用できる手段でしょうか。」中嶋さんはいう。

 今、住民票の写しの交付については、自治体の窓口、郵送、一部の郵便局での交付のほか、マイナンバーカードと暗証番号を持ってコンビニなどの店舗で行う「コンビニ交付サービス」を提供する自治体も出てきた。この際、マイナンバーカードに搭載された「電子証明書」という機能で本人確認を行う。

 法令上、オンライン申請に際しての手続として、1. 電子署名(と本人確認のための電子証明書)を用いる場合(4条2項本文)と、2.「行政機関等の指定する方法により当該申請等を行った者を確認するための措置を講ずる場合」(規則1)4条2項但書)の、2つの方法が想定されている。

 マイナンバーカードを使った「コンビニ交付サービス」は前者(4条2項本文)だ。Bot Expressは、「渋谷区が指定する本人確認手続き」を経た、後者(4条2項但書)のパターンにあたるとしてサービスの提供を始めた。渋谷区も同様の見解だ。

 「マイナンバーを使ってコンビニで取るという方法も、あってもいいと思います。でもこのご時世、家を一歩も出ずに住民票が届くという方法もあることには意味がある」

 「行政サービスを受ける手段の選択肢は、増えれば増えるほどいいと思う。そしてそのどれを使うかを決めるのは、本来ならば、ユーザーである国民の側であるべきです。それを国が、手段を限定するというやり方に出ている」

 マイナンバーカードの交付数は、2021年3月1日時点で3,344万3,334枚。総人口の約26%である。コンビニ交付サービスを採用している自治体の数は830。全国1,700余の自治体の半数を少し割る。

 一方、LINEのユーザー数は、日本の人口の7割弱にあたる8,400万人を数える。

利便性や技術の信頼性を考慮した判断なのか

 総務大臣は会見で、「電子署名がないとなりすましのリスクがある」ため、電子署名が必要だと説明した。

 セキュリティの強化のために、Bot Expressは顔認証のシステム(eKYC)を導入していた。LINEのトーク画面上で、写真付きの身分証明書の画像とリアルタイムで複数の方向から撮影した顔の画像を照合することによって、本人確認を行う仕組みだ。これによって、「なりすましのリスク」はほぼ回避できる。

 顔認証と比較して、電子署名は、家から行う場合には、ICカードリーダーとソフト(JRE)のセットアップが必要となるなど、利用のハードルが高い。

 「電子署名は、物理的にカードやチップが必要になり、それを端末に読み込ませないといけない。対応する機材が必要で、それらを適切にセットアップする知識も必要になります。」

 「結局、電子署名を必要だと固執する理由は、マイナンバーカードを使わないとNGにしたい国側の事情にすぎず、国の言う『なりすましの議論』は、技術を検討した結果ではないのではないか」

 判断の根拠が国民の利便性や技術の信頼性ではなく、政策的なもののみに左右されるとなると、「利用率の向上」という本来の目的から離れてしまう。

 「この訴訟提起後に始まった政府の『脱ハンコ』の方針と、「押印」を前提として正当性を展開している総務省の通知の整合性を、国が訴訟の中でどう主張するかにも注目しています」と、訴訟にあたってBot Expressの代理人を務める水野泰孝弁護士も付け加える。

国と自治体の関係を問う

 「このサービスは、渋谷区がきちんと内部で検討し適法であると判断して、自治体として取り組んだ案件。住民票に関する事務は「自治事務」であり、本来的に自治体が責任をもって取り組むものです。それに国が違法だからやめろと横やりを入れたという構図になっています」

 説明するのは、水野弁護士。

 「これは、国と自治体の関係を問う訴訟でもあります」

 憲法上、地方自治体は、住民の意思に基づいて国とは独立して運営を行うものとされている。『地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める』(憲法92条)

 「今回の通知は、地方自治法が定める『技術的助言』に位置付けられます。本来は「助言」に過ぎないのに、事実上国は「助言」の名のもとに自治体をコントロールしようとしている。それでいいのでしょうか」、水野弁護士は問いかける。

Bot Expressの代理人を務める水野泰孝弁護士

注/用語解説   [ + ]

(2022年04月15日) CALL4より転載

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