●裁判所にて
被疑者「(電話が鳴った)先生、お久しぶりです。前に、債務整理をお願いした者ですけど、おぼえていますか」
被疑者「あの、緊急なんで少しだけいいですか」
被疑者「いま、自宅に警察が来て、これからガラ(身柄)を持っていくと言われてます」
被疑者「わかりません、ちょっと自分も久しぶりでパニックなんで、どうしたらいいでしょう」
被疑者「ありがとうございます、待ってます!」
●警察署にて
被疑者「身に覚えのない窃盗事件なんですけど、どうすればいいですかね」
被疑者「今回、20年ぶりくらいに逮捕されたんで、あまり覚えていませんので、もう一度教えてください」(黙秘権の行使の方法は第1回に譲ることにします)
被疑者「ありがとうございます」
被疑者「仕事関係の同僚に、仕事の引継ぎと、妻に、電話してくれますか」
被疑者「いいえ、着替えは自分で持ってきたんですけど、明日、自宅にガサ(家宅捜索)するって刑事に言われています」
被疑者「わかりません、あした行くって言うので、何も隠すものなどないんですけど、いきなりだとビックリすると思うので」
被疑者「はい、だから刑事もガサの前には、妻に自宅にいるように連絡するとは言っていましたけど、あいつにとっては初めてのことなんで」
被疑者「え? そんなことできるんですか? できるならお願いします」
被疑者「立会料はあるんでしょうね。」
被疑者「相変わらず、しっかりしてるなあ。そういえば、債務整理もかなり強気にやってもらったもんな。頼りにしてますよ」
●翌日、被疑者の自宅にて
被疑者の妻「お世話になります、すみません、やっぱり一人だと不安なんで、よろしくお願いします」
(ピンポーン)
警察官「昨日連絡した警察です、奥さんですね、だんなさんの逮捕の件で、裁判所の捜索差押許可状が出ていますので、呈示します」
警察官「エッ! 弁護人がいるんですか? 立会いはできませんよ」
警察官「えー、私は初めてですけど。弁護人がガサに立ち会える根拠条文はあるんですか?」
警察官「うーん、仕方ないなあ。邪魔しないでくださいね」
警察官「たのんますよ」
●警察署にて
被疑者「ありがとうございます。妻はどうでしたか」
被疑者「何か、押収された物はありましたか」
被疑者「なにがわかりますか」
被疑者「じゃあ、私が潔白だということも携帯電話でわかるかもしれないですね」
被疑者「ガサは、自宅だけでしたか」
被疑者「えー、なにも関係ないのに」
被疑者「それはなんですか」
被疑者「何に使うんですか」
被疑者「へー、そうなんですね。よろしくお願いします。一回ガサがされたら、今後は自宅をガサされることはないですかね」
被疑者「早く帰りたいです。仕事が溜まっているんで」
注/用語解説
1. | ▲ | *被疑者ノート 日本弁護士連合会(日弁連)が作成した、身体拘束された被疑者が取調べの状況を記録するための書き込み式のノート。身体拘束から刑事手続の流れを説明するとともに、取調べに向けてのアドバイスなどが掲載されている。取調官、取調事項、取調べ方法、取調官の態度などを記入する欄があり、取調べ状況の記録として便利である。日本語版だけではなく、英語、韓国語、中国語(簡体字)、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語、ベトナム語、タイ語、タガログ語、モンゴル語、マレー語、インドネシア語各版がある。誰でも日弁連のホームページからダウンロードできる。 なお、「被疑者ノート」を被疑者にとってよりわかりやすくした改良型の「美和ノート」(季刊刑事弁護102号105頁参照)がある。現代人文社ウェッブサイト『刑事弁護ビギナーズver2.1』の書籍情報ページの下方のリンクからダウンロードできる。 |
2. | ▲ | *旧日本弁護士連合会報酬基準によれば、刑事事件については着手金と報酬しか基準がない。それは、弁護人としての活動に、ガサの立会いまでが予定されていなかったからかもしれない。この点で、ガサの立会いの日当を決めるのに、民事事件の「日当」規定が参考になる。民事の場合、事務所を離れて業務を行う場合には、半日(往復2時間を超えて4時間まで)で3万円以上5万円以下で、一日(往復4時間を超える場合)だと5万円以上10万円以下になる。刑事事件でも、これを参考にすることができる。 |
3. | ▲ | *法的な知識:被疑者段階(起訴前の段階)の捜索差押えについては、刑事訴訟法222条1項が刑事訴訟法113条を準用していないから、「弁護人」 としての固有の立会権はないと解されている。しかし自宅等の捜索差押えの立会いについて規定した刑事訴訟法114条2項は、 「前項の規定による場合を除いて、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内で差押状、記録命令付差押状又は捜索状の執行をするときは、住居主若しくは看守者又はこれらの者に代わるべき者をこれに立ち会わせなければならない。これらの者を立ち会わせることができないときは、隣人又は地方公共団体の職員を立ち会わせなければならない。」と規定している。弁護士は「これらの者に代わるべき者」として捜索差押えに立ち会うことができることになる。 |
(2020年07月03日公開)