「和歌山毒物カレー事件」のウェブサイト開設を/林眞須美氏の長男と映画監督がクラウドファンディング

小石勝朗 ライター


幼少期の長男と林眞須美氏(家族提供)

 和歌山毒物カレー事件(1998年)について多角的な情報提供の場をつくりたいと、死刑が確定したものの冤罪を訴えている林眞須美氏の長男らがウェブサイトの開設を計画し、資金を集めるためクラウドファンディングを実施している。事件発生時の偏向報道の影響もあり林氏の「悪人イメージ」はいまだに根強いが、死刑判決の証拠になった目撃証言やカレーに混入したヒ素の鑑定に対しては疑問も浮上している。「事実に基づいた情報」にアクセスし広く議論してもらうとともに、事件を検証するコンテンツの発信につなげるのが狙いだ。

「継続的に情報共有できる場をつくりたい」

 1998年7月、和歌山市園部地区の夏祭りで提供されたカレーを食べた住民ら67人が急性ヒ素中毒になり、うち4人が死亡した。カレーを調理していた鍋にヒ素を入れたとして林氏が殺人罪などに問われ、2009年に死刑判決が最高裁で確定した。林氏は無実を主張し再審(裁判のやり直し)を請求している。

 ウェブサイトの開設は、林氏の長男と、この事件をテーマにしたドキュメンタリー映画『マミー』を昨夏に公開した二村真弘監督が計画した(映画『マミー』については当サイトの拙稿をご参照ください)。

 林氏の長男は「大人になって事件について詳しく知る中で『冤罪の可能性』があると考えるようになった」と振り返る。

 事件発生当時、自分の証言が「家族をかばうための虚偽」だとして切り捨てられたことに触れたうえで「目撃証言や状況証拠などを積み重ねて勝手な(犯行の)ストーリーをつくりあげられている」と主張。これまでもそうした疑問を書籍やSNSなどで発信してきたが、「情報は単発的、一面的にならざるを得ず、事件の全体像を伝えることは難しい」と分析し、「継続的に情報共有できる場=ウェブサイトをつくりたい」と記している。

 二村監督は映画『マミー』で、死刑判決の根拠となった目撃証言が曖昧なことやヒ素の科学鑑定の信頼性が大きく揺らいでいることを取り上げた。「林氏が犯人だと思っていたが疑問を抱いている」「事実を明らかにしてほしい」との感想が多く寄せられたという。

 これまでに重ねた自身の取材で「再審開始によって検察が保有する未開示証拠を開示し、改めて事実の見極めをすべきだ」との結論に達したとしてうえで、「世論の後押し」を得るためにも事件について「継続的に考えてもらうための場」が必要だと指摘する。事件に関心を持った人に事実に基づいた情報にアクセスしてもらうととともに、事件を検証する独自コンテンツを制作・発信する場にしたいという。

CGを活用して目撃現場の再現も

 計画では、ウェブサイトには事件の概要や発生から再審請求に至る経過を掲載。1審から最高裁までの判決全文(匿名化)をアップしてポイントを解説するとともに、和歌山地裁で審理されている再審請求審の内容や進捗状況を詳しく紹介する。犯行動機、目撃証言、ヒ素鑑定など冤罪の可能性を示すテーマを分かりやすく掘り下げて説明するとともに、取材で新たに判明した事項を加えて検証する。一般の人が事件に関して抱く疑問にQ&A方式で答え、事件当時の和歌山県内でのヒ素の流通状況などについて情報提供も呼びかける。

 目を惹きそうなのは、新たに制作する独自コンテンツだ。「ガレージで調理中だったカレー鍋のふたを林氏が開けるのを見た」と証言した近隣住民の目撃現場をコンピューターグラフィック(CG)で再現することを想定。目撃者がいた向かいの家の2階からガレージがどう見えたかを、フォトグラメトリー(写真測量法)の技術に当時の図面や写真を組み合わせてシミュレーションし、証言の信用性を検証する。再審請求審の資料とすることも視野に入れているという。

 クラウドファンディングは8月18日まで。目標金額は350万円で、ウェブサイトの作成・運用、CGやコンテンツの制作に充てる。7月17日時点で300万円を超える支援が寄せられている。

 クラウドファンディングのサイト:https://readyfor.jp/projects/98retrial

「私は犯人ではない」と林氏

 クラウドファンディングのサイトには林氏もメッセージを寄せ、「私は、カレー事件には、全く関係なく、もう28年近くも収容され続けています。動機、計画性、指紋等も全くなく、未必の殺意だとして『死刑』 命とひきかえの刑とされています。私は、犯人ではなく、28年近くも国に収容『死刑』としてされ続けることも全くありません」と訴えている。

 二村監督は「クラウドファンディング開始直後から予想以上に大きな反響があり、これまで170人を超える方からご支援いただきました。また多くの方から『事実を知りたい』という声が寄せられ、事件に疑問を抱いている人の多さを実感しています。まずは、そうした思いに応えられるよう、正しい情報を共有できる場をつくりたいと考えています。この取り組みに賛同いただけるようでしたら、ぜひクラウドファンディングを通じてご支援いただけますと大変心強く思います」とコメントしている。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2025年07月18日公開)


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