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『オアシス・インタビュー』第8回 奥田恭正さんと弁護団 に聞く

【後編】DNA型データ等抹消請求訴訟 逮捕される前の状態にもどりたい

捜査等違法国賠訴訟・DNA型データ等抹消請求訴訟


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左から國田武二郎弁護士、奥田恭正さん、塚田聡子、佐橋祐策各弁護士(2022年3月30日、あすなろ法律事務所にて)

2 なぜ、抹消請求訴訟を起こしたか

—— それでは、本題の抹消請求訴訟に移りたいと思います。奥田さんは、無罪判決を得て、きっとほっとしたんだと思うんです。

 ところが、捜査や勾留請求、公訴提起の違法に対する国家賠償請求を愛知県と国に求めるとともに、捜査で警察が取得した顔写真、指掌紋、DNA型データ、および携帯電話のデータなどの抹消を求めて訴訟を起こした。なぜ求めたのでしょうか。

奥田 無罪で前科は付かないけど、前歴とか逮捕歴というのは残ってしまった。そんなのものもなくしてほしいと単純に思ったんです。自分はもう真っ白なんだから、逮捕される前に戻してくれ、ということです。自分の顔写真、指紋、DNA型の各データを警察が持っているのはおかしいのではないのか。そんなものが警察にあると、まだ何か見張られているような感じがすると、思いました。そいうことを國田先生にも言ったことをよく覚えています。無罪判決が出ても、警察は「その当時の捜査には問題なかった。判決に対しての意見は言わん」と繰り返すだけで、謝罪もないし非常に頭にきた。警察がもっている自分の顔写真などを何とかして取り戻して欲しいという思いで一杯になり、裁判を起こして本当の意味で無実になりたい、事件の前と同じ状態になりたいという思いで先生に裁判をお願いした。無謀な裁判だと思われたかもしれないですが、それが始まりです。

—— それは捜査等の違法を訴える国賠訴訟と同時に、抹消訴訟もやったということですか。

奥田 同時ですね。最初は業者に対する損害賠償と愛知県・国に対する国賠訴訟でしたが、「採られたデータも返してくれ」という形で、裁判としては一緒に全部始めました。

國田 完全に真っ白な人間になったんだから、真っ白にしてくれということです。

—— 逮捕前の状態にということですね。

國田 奥田さんは、警察が捜査データを持っている限りは、国家に監視されているような気持ちを持ったわけです。奥田さんの思いは「逮捕前の状態に戻してくれ」ということです。私たち弁護人は、無罪のことだけで、「良かったな」と思うんだけど、なるほどということで、目からうろこが落ちたようなところです。

—— 最近、DNA型データの抹消を求める訴訟がいくつかあったんですけど、最初、奥田さんからお願いされたときは、できるかなとか、どういうふうにやればいいのかということを考えましたか。

國田 嫌疑不十分とか不起訴処分になったときの抹消請求の判例が先例としてはあった。例えば川口創弁護士がやっていた裁判がありました。

—— そうですね。

國田 私たちの場合は、不起訴処分ではなくて完全無罪なんです。そこは条件的にちょっと違うということで、不起訴処分の場合では抹消請求を裁判所はなかなか容認しないが、完全無罪ではどうだろうか。このところでいけるかもしれないということで、思い切ってはじめました。

 判決がでる前では、裁判所がそこまで踏み切った判断をすることは難しいかなと正直、思っていました。国が持っているものを、「抹消しろ」と言うんだから。

塚田 慶応義塾大学法学部の小山剛先生に意見書を書いていただいたんですけど、小山先生も、「この事件は無罪と確定しているから、これで抹消が認められなかったら、ほかの事件も駄目だよね」とおっしゃっていました。不起訴の場合とはちょっと条件が違うのかなと思っていたんです。

—— 國田先生は勝訴の自信がありましたか?

國田 裁判では、小山先生という、プライバシー権に関しては日本でも第一人者の鑑定意見と、それからもう1人、北九州市立大学の水野陽一先生の二人の学者の意見を軸にして主張を展開しました。外国では、無罪判決であれば、ドイツとか、お隣の韓国や台湾でも、法律上、本人の顔写真などプライバシー情報を抹消しています。

 ところが、データの保管や抹消に関する法律は日本にはなく、国家公安委員会規則(指掌紋については指掌紋規則、DNA型記録の取扱いについてはDNA型取扱規則、被疑者写真については写真規則、以下「指掌紋規則等」と略す)で規定されているだけです。その指掌紋規則等では、抹消については「必要がなくなったとき」と規定しているだけで、必要がなくなったときとはどういう場合なのか、はっきり規定していません。死亡の場合は当然必要がなくなったわけでしょうが、死亡以外に必要がなくなったというと、無罪以外に考えられないのではないか。それでも抹消しなかったら、「必要がなくなったとき」という文言は、全く無意味な文言ということになります。しかし、それはおかしいのでないかと思ったんです。

 保管したものをみだりに利用されないというのは当然ですが、保管し続けることまで、プライバシー権の保護が及んでいるかどうか。要するに、国が適正な法的手続で取ったものを持っていることについてまで抹消を求めるのは、かなり厳しいかなとは思いつつも、しかし、無罪以外に必要がなくなったときは考えられないのではないかという思いがあった。

 裁判所も、「刑事裁判において犯罪の証明がなかったことが確定した場合にまで、なお(指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない保護法益の)制約を許容できるか慎重に検討すべきである」として、無罪になっても、なおかつ持っている理由がないのならば、必要がなくなった場合、と考えられるのでないかと判断した。私たちの主張が認められたということです。

塚田 あともう一つ、DNA型データを保管され続けたとしても、「本人にどんな具体的な不利益があるのか」という点も争点でした。国は、国家公安委員会規則(DNA型取扱規則)で、漏えいや不正利用がないよう縛りがきちっとかかっているので、不利益はないという主張をしています。そこは結構難しい論点かなと思います。

 判決では、そうではあっても、絶対漏れないとは限らないし、どういった利用のされ方をするか分からないという不安感があって、行動が萎縮してしまうとこともある、ということを具体的な不利益として認めています。

 例えば、犯罪被害者が捜査のために自分のDNA型データなどを提供したとしても、「では、その人たちは、ずっと保管され続けることを了承してますか」と言ったら、そんなことないですね。「やっぱり、それはみんな嫌じゃないか」、つまりそこには具体的な不利益があるのだ、ということを言ってくれています。

 ドイツなどの諸外国は、保管期間もちゃんと法律で決めています。判決はこの点も指摘したうえで、「自由主義を標榜するような国としては、それは不利益があるって見ているんだから、同じ自由主義を標榜する日本においても不利益があると見るべきでしょう」とも言ってくれています。

—— 不利益の点は、主観的な部分が大きいという感じもします。今までのプライバシー関係の判例でも、そういうところがあった。それを実際に体験した人は、嫌だっていうか、気持ち悪いとか、そういうのが分かるんだけど、そういう目にあっていない一般の人はその感覚がちょっと分からない。「捜査で必要だったらいいじゃないか」ということで許してしまう。

塚田 GPSだったら、ホテルに入ったことなどが分かるので、「それは嫌だし、心外でしょう」って分かりやすいんですが、ただ保管され続けていることが、どれぐらい不利益なのかは、イメージがなかなか湧かないようです。

—— その点は、奥田さんは、どんなふうに法廷で証言されているんですか。

奥田 「犯罪予備軍」扱いされている気がしますと、言いました。

塚田 ほかに真犯人が見つかって、その人が犯罪を犯してないことが確実に明らかになった場合は、運用上、抹消されているみたいなんです。そういうケースと比較して、自分は無罪なのに、結局、合理的な疑いを容れない程度に犯罪の証明がなされなかっただけで、ほんとは犯罪を犯しているのではないかという扱いをされているような気がする、その点もおっしゃってましたね。

國田 そういう感覚は持つと思いますよ。「完全無罪なら普通の状態に戻してくれ。逮捕する前に戻してくれ」っていうのは、「警察が保存しているいろいろなデータをもう全部なしにしてくれ」という素朴な感情というのは、人間誰でも持っています。

 みなさんだって、もし国家があなたのDNA型データや指紋とか持っているとしたら、決して気持ちがいいものではないわけです。「それは漏れないから、セキュリティーをちゃんとやっているから、乱用される恐れはない」と言ったって、それは国側の理屈であって、国が何に使うか分からないという不安はありますね。

—— その感覚が一番のポイントですね。裁判所の判断は弁護側の請求どおりということですか。

國田 1点だけ不満があります。顔写真、指掌紋とDNA型の各データに関しては抹消が認められたんですが、奥田さんの携帯電話に保存されていたメールなどデータの抹消請求を認めなかったことです。だから、控訴審では、これを何とか勝ち取りたいと思うのです。

 それと同時に、何といっても一審の勝訴した部分を控訴審で何とか維持したい。たとえ控訴審で勝ったとしても、国は最高裁まで上告すると思います。だから、どっちみち最高裁まで行かないと決着つかない裁判になるでしょう。

 おそらく、無罪になった裁判で、これから奥田さんのような抹消を求める裁判があちこちに起こる可能性があると、私は思います。その点、国としては、許せないのではないでしょうか。

—— ところで、データの抹消請求はどういう法律に根拠があるんですか。人格権に基づいて抹消請求できるという理解でいいのでしょうか。

塚田 判決は、人格権(憲法13条)として、データをみだりに取得されない利益のみならず、利用されない利益が保障されているとしています。その上で、人格権に基づいて抹消請求も認められるとしています。ただ、その前提として、DNA型取扱規則や指掌紋規則等に「保管する必要がなくなった」ときに抹消すると規定されているので、まずは、「保管する必要がなくなった」かどうかを検討することになります。そのうえで、「保管する必要がなくなった」ときに、こちらから抹消請求できなければ、国が抹消するのを待つしかなくて不当だから、人格権に基づく抹消請求を認めたということです。

(2022年11月11日公開) 

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