裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第7回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第7回

誕生日ばってん裁判員

末﨑賢二さん

公判期日:2011年6月13日~6月16日/徳島地方裁判所
起訴罪名:強制わいせつ致傷ほか
インタビューアー:田口真義


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裁判員記念バッジを手に取る末﨑賢二さん(2025年3月17日、筆者撮影)

たまたま、たまたま──公判

 公判2日目。証人などは一切なく、証拠調べや被害者からの書面による意見陳述、被告人質問が中心となった。

 被害者特定事項の保護は、2015年に法改正され、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」に明記された。被害者に配慮した裁判の進行を末﨑さんも評価する。続いて被告人質問では、率直な疑問をぶつけた。

 もはや苦肉の策とも言える弁護人の主張だ。他方で、怖い大男というイメージは先入観だったと気づかされた。公判2日目は、検察官の求刑8年という論告求刑と、弁護人からは4~5年が相当という求刑意見が出て結審した。同種性犯罪の前科(懲役6年)から仮出所後、半年余りでの今回犯行だったからか、執行猶予の話はなかった。

初の求刑超え──評議~判決

 ここからは評議となる。量刑判断のみの議論だが、予想以上に紛糾した。

 末﨑さんの中の正義に火がついた。彼だけでなく、裁判員たちからの怒号のような詰問が裁判長を責める。それでも、渋々納得した裁判員たちに、量刑検索システム(データベース)が示されて2回目の量刑意見集約が行われた。

 前科の取扱い。過去の判例が示す量刑傾向。どちらも末﨑さんにとっては衝撃そのものだった。それでも、結論は導き出され、懲役9年という評決に至った。これは、徳島地裁の裁判員裁判で初の求刑を上回る判決、いわゆる「求刑超え」となる判決だった。

 裁判員裁判の歴史において、全国初の求刑超えは2010年5月のさいたま地裁で性犯罪(強制わいせつ致傷)だった。実は、この判決より少し前、2010年2月に徳島地裁で開かれたやはり性犯罪(強姦致傷など)の裁判員裁判において、裁判長が判決言渡時に「性犯罪に対する今までの量刑は軽すぎる。量刑分布を見直す必要がある」という異例の発言をしていた。それから1年余りの時を経て、その時の裁判員たちの思いを末﨑さんたちは具現化したことになる。

 ちなみに、「強制わいせつ罪」や「強姦罪」という罪名も、2017年と2023年の2度にわたる法改正を経て、今ではそれぞれ「不同意わいせつ罪」、「不同意性交等罪」となり、性差にとらわれず適用の範囲や罪状の解釈が広がった。今回の被告人の犯行は、現在では「不同意性交等致傷罪(改正刑法第181条2項)」に該当し、より重い量刑で処罰される。翌日、徳島地裁で初、全国で5例目となる求刑超え判決が被告人に言い渡された。

 末﨑さんの痛切な願いが込められた判決。現在では、すでに出所したであろう元被告人に届いていることを祈らずにはいられない。1人だけで出席した記者会見では、やはり「求刑超え」に関する質問ばかりが飛んだ。そして、満足はしていないけれど、納得はした4日間の裁判員経験を胸に裁判所をあとにした。

命のやりとりこそ──裁判後

 当初、普段の仕事と違う刺激が「面白そう」と思って臨んだ裁判員。制度や司法の世界は末﨑さんにどんな感想や気づきを与えたのだろう。

 やはり、従前の性犯罪に対する量刑の甘さが一番気になったようだ。同じ徳島地裁で指摘された「量刑分布」だが、裁判員制度施行以来、性犯罪事案においては、明らかに重罰化傾向にあるとされている。これこそが、末﨑さんの言う市民感覚の現れなのだろう。

 多くの裁判員経験者が気にかける被告人のその後。前科の取扱いと同じように難しい問題だが、市民感覚の一つであることは間違いない。

 末﨑さんとは、徳島の報道記者を介して交流が始まった。2013年にはLJCCの活動で徳島刑務所を見学し、最近では徳島交流会の中心的存在だ。

LJCC徳島交流会に参加する末﨑さん(右端)(2023年9月10日、LJCC提供)
徳島刑務所見学に参加する末﨑さん(右端)(2013年11月5日、LJCC提供)

 評議室では、常にチョコレートが置いてあったという末﨑さんたちと違い、私のときは何もなかった……。そんな話を共有するだけでもLJCCの存在意義はあると考えている。最後に、裁判員は家族や周囲の人に勧められるのかを聴いてみた。

 やった人にしかわからない世界。だからこそ経験者の声に耳を傾けてもらい、その一端でも摑み取ってもらえれば本懐だ。末﨑さんは、今春1人の新社会人を世に送り出した。その門出のお手伝いができたことを光栄に思う。裁判員という共通の経験とLJCCという緩やかなつながりがなければなかった世界だ。

(2025年3月17日インタビュー)


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第4回 私たちには優しい裁判長(吉中宏子さん)
第5回 背広にネクタイが定石(田中洋さん)
第6回 やりたくない裁判員(小野麻由美さん)

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(2025年07月14日公開)


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