
生徒の調査書の成績を改ざんするよう教員に指示し、その謝礼に生徒の祖父の元市長から現金を受け取ったとして加重収賄罪などで有罪判決が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(78歳)の第2次再審請求審で、静岡地裁浜松支部は7月8日、裁判所と弁護団、検察による4回目の三者協議を開いた。
検察は、裁判所が再捜査を求めていた銀行の防犯カメラ映像などについて「残っていない」として提出しなかった。來司(くるじ)直美裁判長は証拠開示の命令や勧告はせず、再審を開始するかどうか「これまでの証拠関係を踏まえて決定へ向けて手続きを進める」と表明。弁護団と検察の双方に主張・反論書面の提出を求めたうえで、次回・三者協議を12月17日に設定し、そこで審理を終結する意向を示したという。決定は今年度中に出る可能性が高い、と弁護団はみている。
「再審開始に王手をかけた」と弁護団長
「裁判所は、証拠開示の命令や勧告を出せば検察の対応に時間がかかり、今の裁判体で決定を出すことが難しくなると考えたのではないか。検察から新たな証拠が出てこなかったことについてどういう理解をするのか、(弁護団と検察の)双方から意見を述べさせることにしたのだろう。裁判所が、検察のやり方には疑問点が多いと捉えていることは言葉の端々から受け取れた」
弁護団長の海渡雄一弁護士は三者協議終了後に開いた記者会見で、裁判所の対応を前向きに受けとめ、「再審開始に王手をかけた瞬間を迎えている。取りこぼしは許されず責任は重大だ」と力を込めた。他の弁護士からも「良い流れ」との感触が明かされた。來司裁判長は来年4月で在任3年になり、異動する可能性がある。
弁護団のこれまでの主張に対し、検察は8月17日までに反論の書面を提出することが前回の三者協議で決まっている。裁判所は今回、弁護団に9月末までにそれへの反論を含めた最終的な主張書面を出すよう指示。北川さんに対しても「言いたいことがあれば書面で出してください」と促したという。
北川さんは会見で「有罪とする証拠はないが、無罪となる証拠はある。だから検察は証拠を開示できないのだと感じた。ここまで長い闘いで、命を削る思いで来た。これまで(有罪判決と再審請求棄却決定で)6回、裁判所にはひどい目に遭っているが、今回は良い結果になると信じている」と語った。
2回目の贈収賄をめぐり検察に再捜査を要請
北川さんは校長だった2006年に、2人の生徒を推薦入試に合格させるため教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元静岡県天竜市長、中谷良作さん=贈賄罪で罰金70万円が確定、昨年11月に死去=から2006年と2007年の2回、謝礼としてそれぞれ現金10万円を受け取ったとして加重収賄罪に問われた。2010年に最高裁で懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定したが、捜査段階から一貫して犯行を否認している。
第2次再審請求審では、2007年12月10日とされた2回目の贈収賄が可能だったかどうかが最大の焦点になった。確定判決では中谷さんが午前11時ごろに高校を訪ねて北川さんに現金を渡したとされたが、弁護団は12時26分の印字がある銀行の伝票などをもとに「その時間帯に中谷さんは銀行で年金保険の契約手続きをしていた」と主張。一方、検察は中谷さんが手続きの途中で銀行を退店したとの新たな筋書きを持ち出して反論している。
裁判所はこれまでの三者協議で検察に対し、①当日の銀行の防犯カメラ映像を捜査機関が証拠として保管していないか精査し、ないなら銀行に残っていないか確認する、②中谷さんが手続きの途中で退店したとすれば通帳を預けたことになるので、担当した銀行員の2007年12月の「預り通帳記入帳」が残っていないか銀行に照会し、残っていれば記録を取り寄せる——の2点に、いずれも捜査の一環として取り組むよう要請していた(前回の三者協議の詳しい内容については当サイトの記事をご参照ください)。
別の日の防犯カメラの画像は残存
弁護団によると、検察は5月29日に裁判所の要請事項に答える文書を提出した。2007年12月10日の防犯カメラの映像は銀行に残っておらず、そもそも捜査機関が同日の映像の存否を銀行に照会した記録もないと回答。「預り通帳記入帳」は銀行の保管期限が約2年間で、通帳を預かった当日に返却する場合に記入するかどうかの運用についての資料も「見当たらない」とした。
三者協議で検察は「裁判所に指示されたものは以上です」と説明。來司裁判長は「分かったので、けっこうです」と返し、証拠開示の命令・勧告は出さずに「これまでの証拠関係を踏まえて決定へ向けて手続きを進める」と述べて、今後のスケジュールを設定したという。
これとは別に、今回提出された証拠により、警察が2007年12月10日とは別の日時を13件特定して防犯カメラ画像の有無を銀行に照会し、2枚の画像を取得していたことが分かった。2枚は中谷さんが写った2006年11月と12月のATMの画像で、出入金をしたかどうかの確認のために求めたとみられる。
映像の照会すらしないのは「不自然・不合理」
弁護団は「当時の捜査では、中谷さんが北川さんにいつ現金を渡したかが焦点になっていた。『犯行日』とされた12月10日とは関係のない日の画像の存否を照会していながら、当日の映像の照会すらしていないというのは、あまりに不自然・不合理だ」と検察の回答内容を疑問視している。
また、警察が13件の画像を照会した2008年10月8日は北川さんが加重収賄容疑で再逮捕された2週間後に当たる。その時点で2007年12月より1年前の画像が銀行に残っていたことになり、「12月10日の映像や画像も保存されていた可能性が高い」と見立てた。
海渡氏は「12月10日の映像が証拠として残っていないのであれば(中谷さんが銀行の手続きの途中で退店したとの)検察の主張を裏づける結果になっていない。むしろ、有利な映像がないから証拠化していないことになる。通帳記入帳も1行分だけが証拠に添付されていたが、(その前提として)1ページの写しを取っていたはずで、ないのはおかしい」と批判した。
「北川さんは無罪」と改めて主張
弁護団はこうした点を申立補充書にまとめ、7月1日に裁判所へ提出した。
この補充書には、2006年12月の1回目の贈収賄と2件の調査書改ざんについての弁護団の主張も盛り込み、いずれでも「北川さんは無罪」と改めて結論づけている。
海渡氏は「審理の展開を予測していたので、これまでの主テーマになっていた2007年の贈収賄だけでなく他のテーマの主張もまとめた。それらの論点についても検察が反論するように、また、成績改ざんを含めて裁判所の決定が出るようにと考えて準備をした」と説明した。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【天竜林業高校事件の動き】は以下を参照(編集部)
・〈天竜林業高校事件〉「次回に証拠開示勧告をするか判断」と裁判長が明言/第2次再審請求審で三者協議
・〈天竜林業高校事件〉裁判所が検察に異例の再捜査を依頼、贈収賄の可否が焦点に/第2次再審請求審で三者協議
・〈天竜林業高校事件〉元校長の贈収賄めぐり検察が新たな筋書き、裁判所は証拠開示の検討を促す/第2次再審請求審で初の三者協議
(2026年07月13日公開)