1 はじめに
刑事訴訟の理念は、適法手続によって実体的真実を発見することである。しかし、刑事訴追機関による実体解明活動が個人の利益や他の公益と衝突し、その他の利益が優先する一定の場合、国家機関は実体の解明を譲歩せざるを得ない。韓国刑事訴訟法110条と111条(以下、単に条文番号のみを挙げる場合は、韓国刑事訴訟法の条文を意味する)は、実体的真実発見と国家の秘密保護との間の葛藤を調整するための代表的な規定である。公務上の秘密に対する証言拒絶権を認めている147条も、同様の趣旨の規定である。
第110条(軍事上秘密と押収)①軍事上秘密を要する場所は、その責任者の承諾がなければ、押収又は捜索をすることはできない。
②前項の責任者は、国家の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒否することができない。
第111条(公務上秘密と押収)①公務員又は公務員であった者が所持又は保管する物に関しては、本人又はその当該公務所が職務上の秘密に関するものであることを申告したときは、その所属公務所又は当該監督官公署の承諾がなければ、押収をすることはできない。
②所属公務所又は当該監督官公署は、国家の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒否することができない。
韓国刑事訴訟法110条と111条の淵源はドイツ刑事訴訟法にあり、日本の刑事訴訟法を介して継受したものと理解されている。関連するドイツ刑事訴訟法の規定は、19世紀ドイツの立憲君主国時代に作られたものである。当時、ドイツ人は、国家と社会は厳格に区別され、たとえ国家機関の内部で葛藤が生じたとしても、国家の指導者がその葛藤を解決することができると考えた。19世紀ヴィルヘルム皇帝時代の「国家権力の単一性」概念によれば、国家機関である捜査機関は、他の国家機関である行政機関を捜索・押収することができない。捜査機関が他の国家機関に対して強制力を行使するならば、国家機関の関係に序列を認めることになり、権力分立の原則に反し、国家の名誉を侵害するためである。
このようなドイツ式の思考方法と異なり、アメリカの場合、捜査機関の軍事施設に対する捜索・押収を原則的に禁止する法令やガイドラインは見当たらない。ただし、国家機密の保護は、アメリカの判例によって「国家秘密特権(State Secrets Privilege)」として認められている。1950年代、空軍機事故で死亡した民間技術者の遺族たちが、政府に事故調査報告書を要求したことがあった。これに対して、政府は、安全保障を理由に報告書の提出を拒否した。アメリカ合衆国最高裁判所は、軍事機密保護のために、政府は当該資料を公開しなくてもよいと判断した(United States v. Reynolds, 345 U.S. 1 (1953))。
2 実体的真実発見と公務上秘密の関係
民主主義が発展して多元化された今日の社会において、公務員の犯罪が問題となる場合、捜査機関が国家機関を対象として捜索・押収することは、決して珍しいことではない。
ドイツでも、国家機関に対する捜索・押収の問題が本格的に関心事となったのは、第二次世界大戦以後のことである。このような現象が生じる社会学的背景は、多元的民主主義の強化に伴う国家と社会の二元論の崩壊に求められることもある。特に、韓国では、前職大統領の不正や権力濫用に対する捜査過程で、大統領の執務室である青瓦台(大統領府)が捜索・押収の対象となることがあった。しかし、110条と111条によって、青瓦台を対象とした捜索・押収を断念せざるを得ない場合が度々見られた。それに伴い、これらの規定に対する制限的な解釈や立法論的な改善が根強く提案されてきた。
近時も、前大統領である尹錫悦(以下、「尹錫悦」という)に対する逮捕令状と捜索令状を発付したソウル西部地方法院の判事が、「同捜索令状は、刑事訴訟法110条と111条の適用を受けない」旨を記載して令状を発付したことを契機として、110条と111条が対物捜索に限って適用されるのか、それとも逮捕・勾留のための対人捜索にも適用されるのかが問題となり、実務・学界で議論を呼んでいる。
⑴ 110条および111条による承諾拒否の主要事例
1)2012年11月12日、「李明博政府の内谷洞私邸敷地買収疑惑事件の真相究明のための特別検察官の任命等に関する法律[1]」に基づく特別検察官チームが、警護処責任者に対する捜査のために青瓦台(大統領府)に対する捜索・押収をしようとして、その承諾を求めた。しかし、この要求は、110条を根拠に拒否された。
2)2013年4月30日、第18代大統領選挙と関連する国家情報院(以下、「国情院」という)コメント疑惑事件について[2]、検察特別捜査チームが、国情院職員に対する捜査のために国情院メインサーバーに対する捜索・押収をしようとして、その承諾を求めた。しかし、この要求は、111条を根拠に拒否された。
3)2017年2月3日、「朴槿恵政府の崔順実等民間人による国政介入疑惑事件究明のための特別検察官の任命等に関する法律[3]」に基づく特別検察官チームが、青瓦台(大統領府)大統領秘書室長および警護室長の執務室に対する捜索・押収をしようとして、その承諾を求めた。しかし、この要求は、110条および111条を根拠に拒否された(大統領秘書室長によって、これらの規定に基づく不承認事由書が特別検察官チームに提出された)。
4)2024年12月11日および12月17日、いわゆる「12・3」不法非常戒厳を捜査している警察庁国家捜査本部特別捜査団が、大統領室および大統領室内警護処サーバーに対する捜索・押収をしようとして、その承諾を求めた[4]。しかし、この要求は、110条および111条を根拠に拒否された。
5)2024年12月31日、ソウル西部地方法院の判事が発付した尹錫悦に対する捜索令状には、「刑事訴訟法110条と111条の適用を受けない」旨が記載されていた。しかし、大統領室警護処は、尹錫悦の逮捕および捜索令状の執行を妨害した。
注/用語解説 [ + ]
(2026年08月21日公開)
