3 鑑定不正の改革
鑑定不正は個人の問題だけでなく、警察組織の在り方にかかわる問題といえる。次に鑑定不正の防止策を考える。
① 鑑定職員採用制度の改革
公務員は一般に地方自治体の公務員採用試験で選考され採用される。都道府県公安委員会の管理下である警察もその自治体の職員であって、科捜研職員は地方自治体が実施する公務員試験(上級)で選考し任用する必要がある。
ところが、技術系の公務員試験区分は一般に、土木、電気・電子、機械、建築、化学、農業、薬学などであって、これに該当する科捜研の科は化学科と物理科のみで、他の科に適当な試験区分がない。優秀な人材を確保するためには、地方自治体の公務員試験(上級)枠に生物学や心理学などの採用枠を設け、公平な採用試験を実施する必要がある。
② 責任体制の改革
「機関鑑定」という個人責任体制を全面的に撤廃し、組織連帯責任体制を確立する必要がある。
鑑定職員は鑑定や証人出廷だけでなく鑑定収受業務を担い多忙を極めており、上司の科長や調査官も自ら鑑定に追われながら部下職員の鑑定書のチェック(決裁)を行っている。将来的には、科捜研に鑑定収受・発送業務を担う庶務係を設け、上司の調査官は決裁や現場との調整・連絡、および証人出廷に責任を持つことで、鑑定職員が鑑定実務に専念できるようにする必要がある。
③ 共助体制の確立
捜査本部事件では鑑定資料が急増し、科捜研の処理能力を上回る事態が生じる。特に予算・人員が少ない小規模科捜研では深刻である。このような事態に緊急に対処するには、一定の地域内で予算・人員の共助ができるシステムが有効と考えられる。
たとえば、広域捜査において捜査上の共助体制が府県の管轄を越えて実施されるように、隣県の科捜研からの人的・金銭的支援が有効と考えられる。このような共助体制は鑑定ミスやバックログ、鑑定不正の防止に役立つであろう。
④ 組織体制の改革
警察捜査の目的(犯人検挙)と科学鑑定の目的(真実究明・科学的誠実性・中立性)を考えたとき、そもそも両者が同じ組織に存在することは妥当か、という議論に行き当たる。この問題は「警察文化と科学文化の相反」として、海外でも次のような議論がある。
・法科学鑑定官の客観的で公平な信条は、彼らを雇用する組織(警察)が醸成する文化・規範としばしば相容れない[1]。
・法執行機関と連携した科学では、科学的実践に必要な独立性と公平性を達成できないため、法執行機関による監視や統制から法科学の実践を完全に分離することを提唱する[2]。
・全米科学アカデミー(NAS)報告書は「法科学検査の科学的根拠を向上させ、法執行機関からの独立性または自律性を最大限に高めるため(中略)、すべての公立法科学研究所および施設を法執行機関または検察庁の行政管理から外す」ことを推奨する[3]。
また法科学研究所の分離は、必ずしも法科学の民営化を意味するものではなく「既存のすべての政府法科学研究所システムを法執行機関の予算・監督・指揮系統から分離する法律を制定するだけで十分[4]」という議論もある。
いずれにしても科捜研を警察組織から分離することは、警察機関の手足(道具)としての立場から解放されることで、不要な要求を排除し科学鑑定に専念できる環境を提供するものと期待される。
しかし、法科学研究所の分離・独立には懸念もある。イギリスのFSS(Forensic Science Service)が政府所有企業となって独立した後、警察は内部に法科学研究所を設置して鑑定嘱託するようになり、そのためFSSは財政難により閉鎖された事例[5]がある。
【付記】
本稿は、イノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)のニュースレター64号(2026年8月23日配信)に掲載した記事(「佐賀県科捜研の鑑定不正を考える」)に加筆修正し作成した。
注/用語解説 [ + ]
(2026年10月16日公開)
