2 鑑定不正の要因
佐賀県議会は第三者による調査を求める決議を可決した[1]が、現在のところ実現していない[2]。藤田氏は、監察報告を受け佐賀県弁護士会に意見書を提出し「捜査への影響、再鑑定不可能、DNA型不検出、警察庁も含めた組織的責任に対して十分な検証が実施されたとはいえず、さらに第三者による調査・検証が不可欠」[3]と指摘している。
⑴ 特別監察の要因と防止策
今回の鑑定不正事案に対し、特別監察はその要因と防止策を次のように述べている[4]。
① 対象職員の倫理観の欠如と不十分なサポート体制
② 幹部による不十分な業務管理
③ 不適切な鑑定業務を防止するための対策の不足
特別監察は、①と②の要因に対する再発防止策として「組織マネジメントと職員サポートの強化」を指導し、③に対しては「DNA型鑑定作業の厳格化・標準化」「電子データや鑑定資機材の管理の徹底[5]」「DNA型鑑定の適正な運用の徹底」「DNA型鑑定業務の合理化・効率化」を指示する。
しかし、これらの防止策は原則の提唱のみで、具体性・実効性に欠けるように思われる。たとえば「組織マネジメントの強化」とは、どのような管理をどのように強化するのか。「DNA型鑑定業務の合理化・効率化」とは、地方科捜研の少ない人員・予算の中でどのように合理化するのかイメージできない。
結局、原因は対象職員と佐賀県警科捜研の問題であり「DNA型鑑定の運用に関する指針(警察庁通達)を徹底しておれば起こらなかった」と主張しているように思われる。
⑵ 海外における鑑定不正の原因と対策の考え方
このような鑑定不正は日本だけの問題ではなく、海外では法科学が生みだす不正が研究対象となっている。特にDNA型鑑定の出現とともに鑑定詐欺(forensic fraud)と不正行為(misconduct)が、誤った有罪判決の大きな要因として認識されるようになった[6]。
鑑定不正が発覚した場合、警察機関は一般的に「その不正行為を行った個人を特定し、再訓練させるか処罰、または解雇する」ことで解決する。これは「腐ったリンゴ論(Rotten Apple Theory)[7]」と呼ばれる。つまり、問題職員の行為を腐敗行為として切り離し、他のすべての行為は不問とすることで、組織が非難される可能性を抑える方法である[8]。
しかしこの方法では、またどこかの果樹園でリンゴが腐り、再発を絶つことができず、根本的な解決法でないことは明らかである。
実質的な解明には、不正行為が発生する機序、すなわちどのような原因でどんな場合になぜ起こるかを解明しなければならない。そこで考案されたのが「クレッシーの不正行為の三角形(Cressey’s Fraud Triangle)[9]」である。
鑑定不正は発端となる「動機」、これを実行する「機会」、そして不正を許す「正当化」が同時に生じたときに発生するという(表4、図2)。

さらに、不正行為の三角形の3要素(内的資源・外的資源・組織環境)という3つの要因に言い換えることができる(表5、図3)。

不正行為はほとんどの場合、孤立した歪んだ個人のみによるとは本質的に考えにくく[10]、上記の三つの要因が絡んでいるとする。このアプローチは広く支持を得ており、不正防止の原因解明に役立てられている。次に不正行為の三つの要因について考察する。
① 内的資源
[能力]
ⅰ 専門領域
DNA型鑑定をする職員は、その専門に精通していなければならない。そのため大学卒業程度の能力が必要であるが、学歴詐称があれば資格の改ざんにあたる。
日本でDNA型鑑定を実施するには、科学警察研究所(科警研)が実施する課程を修了し、さらにブラインドテストに合格しDNA型鑑定免許を取得しなければならない。無資格で鑑定を実施することも資格詐称にあたる[11]。
ⅱ 採用試験
採用時の試験が地方自治体の公務員試験上級(大学卒)か、警察独自の試験か、あるいは縁故採用か、は鑑定職員の能力格差に影を落とす。
[性向]
ⅰ 科学倫理
鑑定職員の科学倫理は重要であるが、科警研の法科学研修所における教育概要が公開されず不明である。
ⅱ 昇進願望
昇進願望は悪いことではないが、科捜研は他府県に異動できず年功序列社会であることが、心理的な重圧と葛藤の原因になりうる。
ⅲ 嗜癖
酒・ギャンブル・携帯(SNS)等への過度の依存は、鑑定業務への集中力や冷静な判断に影響する。
② 外的資源
ⅰ 人員
科捜研職員の人員不足は特にDNA型鑑定分野で顕在化しているが、増員要求はなかなか実現しない現状がある。現在、佐賀県警科捜研の職員は17名、その内、法医科職員は6名で、九州地域では最小規模の科捜研である。
ⅱ 予算
都道府県の科捜研予算も都道府県の人口規模に比例し、2013年頃の佐賀県の国費消耗品額は約5,000万円と推定され[12]、当時の全国科捜研の平均より少ない。
このような状況で重要事件が発生すれば、捜査本部から大量の鑑定が嘱託され、DNA関連消耗品が不足し予算が枯渇する。警察庁に補正予算申請してもすぐには配分されず、現場からの鑑定結果の催促が重なり業務を圧迫する。
③ 組織環境
Judson (2004)[13]は、鑑定不正の要因として研究所の階層構造や組織環境をあげる。
ⅰ 研究所の階層構造
日本の科捜研の特徴として「機関鑑定」というシステムがある。これは「科捜研の組織として所長の権限で鑑定嘱託を受理するが、鑑定結果の責任は担当した鑑定職員が負う」というものである。
このシステムは、鑑定は個人責任であり組織としては連帯責任ではないことを意味する。この制度のため決裁は形式的なものになりやすい。
ⅱ 捜査からのバイアス
科捜研は、各種の捜査情報が流入する環境にある。鑑定職員は捜査現場から種々のバイアスに曝されるだけでなく、捜査側からあからさまな依頼や指示が舞い込む。次に掲げたものは実際に筆者が経験したものである。
・鑑定書のこの一文を削除してほしい(鑑定結果の意味合いの修正)
・解剖医の所見に合わせてほしい(鑑定結果の改ざん)
・陰性結果を疑陽性に修正してほしい(鑑定結果の改ざん)
・この資料は捜査本部が犯人と考えている者の資料だ(無関係文脈情報)
・PCRの回数を増やして検査してほしい(標準法の改変)
このような要求をしてくる捜査員は「これは本部長指示」とか「検察官指揮」などと付け加える。このような理不尽な要求を、どれだけの科捜研職員がキッパリと拒否できるだろうか。鑑定不正の責任は鑑定職員だけの問題ではなく、不正を要求する司法警察職員にもある。
ⅲ 組織内教育の問題——失敗を許さない文化
人間は誰しも失敗することは避けられないが、警察組織では幹部が「失敗は絶対にするな」と教育する。そのため失敗した場合は、これは失敗ではなく「無視できる範囲」と正当化したり、事実や鑑定資料を隠蔽したりする温床となる。
注/用語解説 [ + ]
(2026年10月16日公開)
