
どうせ選ばれない——呼出状
2014年初夏、鹿児島地裁で補充裁判員を経験したという方から、LJCC(Lay Judge Community Club)事務局宛てにメールが入った。お名前も性別もわからないその方とやりとりを重ね、初秋の頃になってようやく送られてきたエントリーシートには、「あの時の判断は正しかったのかと、モヤモヤした気持ちが残っています」と直筆の手紙が添えられていた。送り主は、鹿児島県に住む竹山由季乃(たけやま・ゆきの)さんだ。
九州三大河川の一つである川内川が流れる北薩地域で生まれ育った竹山さんは、大学生活を除いて、ほぼ地元で過ごしてきた。これまで和洋菓子店など様々なアルバイト経験を重ね、現在ではリラクゼーションサロンを開業している。地域で人気のセラピストである一方、一児の母でもある彼女は、忙しくも充実した毎日を送っている。インタビュー当日も、お子さんがお昼寝をしているそばでお話を聴かせていただいた。
人を裁ける立場ではないし、裁判員はやりたくなかった。本来なら関わるような人間ではなかったのに……人を裁くのが怖かった。でも、関わってしまった以上は「責任」がある。本当にあの結果でよかったのか考え続けることが責任の取り方で、それが「償い」なのかもしれません。
普段の穏やかな表情や口調からは想像もつかないストイックな言葉の数々だ。その真意を探るべく、お子さんのお昼寝を邪魔しないように、静かに耳を傾けたい。
それまで、司法や裁判の世界は「自分には一切関係ないと思っていた」と言う竹山さんは、候補者登録通知を受け取った時も無頓着だった。
最初は、親が郵便受けから取ってきて、「なんか裁判所から来てたよ」って。「私、なんかしたかな?」(笑)。その名簿に載ったということがどういうことなのか、いまいちピンときていないというか、はっきりわかってなくて……たぶん、必要があったらまた通知が来るだろうと思って放っておきました(笑)。
制度施行時のニュースも見ていたそうだが、「市民に務まるのかな?」と懐疑的だったそうだ。「人を裁けるほどの人間じゃない」と繰り返す竹山さんに、2回目の通知が届いたのは翌年の夏、暑い盛りの頃だった。
大きな封筒で呼出状が来て、「えっ!? 行かなきゃいけないの?」ってなりました。当時は、スーパーでレジ打ちのアルバイトをしていて、いつもシフトを組んでいる主任に、「こういうのが来たので選ばれたらこの期間出れません。でも、選ばれなかったら仕事出れます」って伝えて。とりあえず、人数には入れずに社員さんでシフトの穴を埋めて、選ばれなかったらそこに(私が)入るみたいな対応をしてもらいました。
職場の柔軟な対応が素晴らしい。竹山さんは、「どうせ抽選で選ばれないだろう」と気軽に考えながら、指定の期日に裁判所へと向かった。

下手をした!?——選任手続~初公判
北薩地域でも鉄道のないエリアに住んでいて、当時はまだ運転免許も持っていなかった竹山さんにとって、裁判所のある鹿児島市内へはバスが唯一の移動手段だった。
普段から市内へは買い物や遊びで行ってました。(裁判所まで)バスで2時間弱くらいなので、せっかく市内まで出るんだから、買い物して帰ろうって(笑)。
裁判所の中に入ると係の人に誘導されて受付まで。候補者控室はそんなに広くなかったです。席もそんなに多くなくって……満席かちょっと空きがあって、30人いかないくらいの感じでした。もうちょっと来てるのかと。思ったより少なくて下手したら当たるかもと(笑)。
竹山さんの予感通り、「下手をして」しまうのだが、その選定を前後して興味深い話を聴かせていただいた。
事件概要を聞かされた後、辞退したい人は個別面接があって、7人くらいの人が手を挙げてました。でも、面接受けたのに選ばれちゃった人が2人もいて、そのうちの1人が、「仕事を理由に断りたかったけど、裁判官、検察官、弁護士に囲まれて、すごく言いづらかった」って言っていました。
係の人が出てきて、(受付時の)番号を口頭で読み上げながら、ホワイトボードに書いていったんです。自分の番号が飛ばされたんで、選ばれなかった? よかったってホッとしていたら、「次に補充裁判員です」って言われて、「えっ!?」と思ったら呼ばれていて。信じられないというか……。
気持ちの浮き沈みを整える間もなく、宣誓手続を経て評議室へと通された。選ばれた裁判員は、20代から60代までの男性1名、女性5名の正裁判員に、男女1名ずつの補充裁判員で計8名。補充の1番が竹山さんだ。
選ばれずに、市内で買い物して帰るつもりでしたので(笑)、その日は青系のワンピースだったんですけど、その後はベージュだったり黒っぽいのや白い服で行きました。
皆さん、薩摩半島(鹿児島湾西岸)の方で大隅半島(鹿児島湾東岸)の方はいなかった気がします。ほとんどの方が車で通ってました。でも、「やっぱり考え事をして(運転するのが)怖いから、バスに変えたい」と言う方もいました。
桜島を抱く鹿児島湾を中心に東西に半島、そして多くの離島からなる鹿児島県。なんと奄美群島から市内のホテル宿泊で参加された裁判員もいたそうだ。
午後からの初公判に備え、各自で昼食を済ませて再び集合という中で、竹山さんは実家と職場に連絡をした。
親には、とりあえず選ばれたから帰るの遅くなるって。「あぁ、わかった」って感じでした(笑)。仕事先にも、伝えていた期間休ませてくださいって。「わかりました。じゃあ、ちょっと調整します」って感じでした。
入廷リハーサルなどはなく、バタバタと法廷へ向かう。「法廷は、ドラマやニュースで見覚えがある」と言う竹山さんは、男性裁判官3名を含む合議体の一員として入廷した。
法廷は意外と狭くて、けっこう見下ろす形なんだなって。(傍聴人は)半分くらいだったかな? ガラガラではなかったです。(後列の)補充裁判員の席は、一番前(の正裁判員)よりかは緊張しないですし、けっこう冷静に見えていました。なんか弁護士さん寝てるっぽく見えるな、とか(笑)。
被告人は、すごいオドオドしてる感じでした。背中を丸めているというか、本当に縮こまっているというか。62歳だったけど70代に見えて。なんか弱々しいというか、緊張していたのかな……。
判決文によると、雨が降る事件当日の夜22時過ぎ、2人いる弟のうちの1人と口論になった被告人は、家出をしようと敷地内に駐車されていた軽自動車に乗り込み、車を発進させようとした。そこへ、被告人の行動を制止しようと家から母親が出てきたのだが、敷地内から市道へ出るその通路上で、被告人が乗る車が母親と衝突し、下大静脈損傷、左右肋骨多数骨折等の傷害を負わせた。その結果、外傷性ショックで死亡させてしまったという傷害致死事件となっている。
当初、捜査機関は殺人事件として被告人を逮捕勾留していたが、処分保留で釈放後、任意聴取を重ねて傷害の故意を認める調書を取り、傷害致死として起訴したという経緯があった。また被告人には、飲酒運転で検挙された過去があり、事件当日も飲酒していた。
検察官は、はっきりものを言って圧倒する喋り方をしていました。争点とかが書いてある資料もあったと思います。弁護人は、そんなに声を張り上げてっていう感じではなく、柔らかく淡々とお話をされる方でした。
一番の争点が「故意かどうか」ということでしたので、検察官と弁護人で「こうだったから故意だ」、「こうだったから故意ではない」というのを、(事件当時の)立ち位置だったり、被告人の発言だったりとか、お母さん(被害者)との関係(動機)で証明していくということでした。
現場の見取り図や供述調書、映像(写真)で当日お母さんが着ていた服や傷の拡大写真みたいなものもありました。タイヤで轢かれた部分の傷がどの方向についているのかっていう。車体底面についた血痕の写真なんかも。事前に注意がありましたし、気分が悪くなった方はいなかったです。
写真に矢印が書かれていて、傷の向きがこっちだからとか、(解剖医の証人から)説明がありました。キューピー人形と車の模型で、「こう轢かれて、身体がこうなって、車が乗り上げて」みたいな感じでした。
モノクロでもイラストでもない生々しい証拠写真に対して、「義務感というよりは、ちゃんと見て全部知って判断したい」と言う竹山さんの真摯な姿勢が窺える。
さらに、実際の車両に直接乗車して、事件現場の状況を取り調べることも行われた。つまり、「現場検証」である。裁判員裁判で現場検証というのは珍しい。

百聞は一見に如かず——現場検証
初公判後の評議室で、翌日の予定として(現場検証のことを)知らされました。そのことが珍しいことだとわからなかったので、「あっ、実際に行って見るんだ」って感じでしたね。
現場を見ることができるのは、いいなとは思いましたけど、すごく遠かった……。片道2時間かかるから、途中で休憩挟んで。10時に裁判所へ行って、戻ってきたのは17時ギリギリでした。行きは一般道でしたけど、帰りは休憩もなしで、高速(有料道路)を使って急いでました(笑)。
事件現場は、裁判所がある鹿児島市内から南へ約60キロメートル。薩摩半島のほぼ南端に位置していた。用意されたマイクロバスには、緊急事態に備えて看護師も同乗し、竹山さんたち裁判員と裁判官が乗り込んだ。
10時30分頃に出発して、1時間くらいしたら物産館みたいなところでトイレ休憩。そこに野菜の直売所があって、「冬瓜」がすごい安かったんですよね。それを左陪席がじっと見ていて、「すごく大きくて安い! どうやって食べるんですか?」って。「いいな……でも、今買ってもな」って諦めてました(笑)。不思議でしたね。なんか普通というか、スーツを着た人が冬瓜の前で「うーん」て(笑)。
当地が初任地という左陪席からしたら、地物の野菜は珍しかったのだろう。竹山さんたち一行は休憩後も約1時間バスに揺られ、現場近くの公民館で昼食をとり、午後になってようやく被告人と被害者宅の敷地へと入った。
現場近くには規制線が張られていました。でも、被告人の家族はそのまま住まわれているみたいで、この時はまだお父さんはご存命で、この事件をきっかけに体調を崩されたというのを覚えています。ただでさえ田舎の事件で大騒ぎだったのに、なんかまた蒸し返しているみたいで……。
最初の準備でけっこう時間かかってました。AとかBとかの目印(鑑識用標識)を置いたり、実際の車やダミーの人形(被害者)を用意したり、高さなのか長さなのか、何かを測ったりしながらいろいろしてて。
日常の風景に、黄色と黒の規制線が入り込むだけで、周囲には緊張が走る。約2時間の現場検証が始まる。
被告人が、「車はここで、母親がここで」って位置関係を示して、私たちが実際に乗車して、周囲の見え方とかを確認する感じで。車庫に入ってた状態と、被害者を確認した地点と2回くらい乗った記憶があります。でも、運転席のシートは被告人が乗っていた時の位置でしたので、体格によって見え方や死角の範囲も違うと感じました。
図面で見るよりも敷地がすごい狭かったです。(実況見分調書には)「家庭菜園」があるってなってたから、広い敷地なのだと。実際の家庭菜園は大きめの花壇みたいなサイズで。他の皆さん(裁判員)も、「思っていたより狭い」って。皆さん、道路の外灯や家の外部照明などが当時どうだったのか、と質問してました。
事件当日は、雨も降っていたから視界も違うだろうし、本当は夜(事件発生時刻頃)に現場検証できればと思いましたが、現実は難しいでしょうし……。
極めて真剣に、実直に現場検証に臨む裁判員たちの姿が目に浮かぶ。被告人との体格差も、事件当時の状況を再現したいというのも、合理的で鋭い。何より、「百聞は一見に如かず」を体感することが貴重なことだろう。
帰りのバスでは、ほとんどの人が疲れて眠っていたそうだ。竹山さんは、自宅から裁判所までと、裁判所から事件現場までの往復で約8時間をバスで移動したことになる。裁判員2日目にして疲労はピークを迎えそうだ。さらにこの日は金曜日、彼女は週末の土日にアルバイト出勤していた。
平日は休ませてもらっているので、土日は働かないとって……きつかったですね。ミスとかは大丈夫でしたけど、ボーッとはしていました。でも、何かしているほうが気が紛れましたね。気晴らしじゃないけど、そこで現実というか日常に戻れたというか。ただ、「昨日の出来事は、本当に現実だったんだろうか?」っていう感覚で。いま仕事をしている状況とのギャップがありすぎて……。
裁判員中に、いつも通り仕事をすることの違和感は、「第10回 同じ裁判、別な視点」(2025年10月15日公開)など、様々な経験者が語ってくれている
(2026年01月15日公開)
