〈飯塚事件〉死刑執行後の再審を福岡高裁も認めず、新たな証言の信用性を否定/第2次請求審で即時抗告を棄却

小石勝朗 ライター


再審開始が認められず「不当決定」の垂れ幕を掲げる支援者=2026年2月16日、福岡高裁前、撮影/小石勝朗

 1992年に福岡県で女児2人が殺害された「飯塚事件」をめぐり、死刑を執行された久間三千年(くま・みちとし)さん(執行時70歳)の妻が申し立てた第2次再審(裁判のやり直し)請求に対し、福岡高裁(溝國禎久裁判長)は2月16日、再審開始を認めない決定をした。請求を棄却した福岡地裁決定を支持し、久間さん側の弁護団の即時抗告を退けた。

 弁護団は2人の新たな証言を再審開始の要件である「新規・明白な証拠」と主張したが、高裁も地裁決定と同様に新証言の信用性をいずれも否定し、死刑執行後の再審を受け入れなかった。弁護団は2月24日、決定を不服として最高裁に特別抗告した。

女児の目撃は「別の日だった」と証言を翻す

 1992年2月20日、福岡県飯塚市の小学校へ登校中だった1年生の女子児童2人(ともに当時7歳)が行方不明になり、翌日正午ごろ、約30km離れた山中を走る国道沿いの崖下で遺体となって見つかった。久間さんは2年7カ月後に逮捕され、殺人と略取誘拐、死体遺棄の罪で起訴されたが、捜査段階から一貫して犯行を否認。直接的な物証や自白がない中で、状況証拠を積み重ねて導かれた死刑判決が2006年に最高裁で確定し、約2年後に刑を執行された。

 第2次再審請求審では、弁護団が新証拠として提出した2人の証言の信用性が争点になった。

 女性Pさんは事件発生直後、「女児が行方不明になった日の午前8時半ごろ、車で通勤途中に通学路の三叉路で女児2人を目撃した」と証言し、女児が連れ去られた時間と場所の根拠になったが、今回「女児を見たのは別の日だった」と翻し、「当時の調書は記憶と異なる内容で、警察官に押し切られて署名してしまった」と説明した。もう1人の男性Kさんは「女児が行方不明になって間もない時間に近くのバイパスを車で走行中、2人とみられる小学生を乗せた軽自動車と遭遇し久間さんではない男が運転していた」と証言した。

 連れ去り現場とされた三叉路付近では、同じ頃に久間さんの車と同じ「紺色のワゴン車」を見たとの別の人の証言がある。Pさんの目撃が別の日だったとなれば連れ去りの時間や場所は特定できなくなり、久間さんの車とも結び付かなくなる。Kさんの証言も、久間さんが犯人でないことの支えになる。

 福岡地裁は2人の証人尋問をしたが、2024年6月に証言の信用性を認めず再審請求を棄却する決定をしたため、弁護団が福岡高裁に即時抗告していた(地裁決定の内容については、本サイト掲載の記事をご参照ください)。

「弁護人の見解に無意識のうちに迎合」と独自の分析

 福岡高裁は決定で、Pさんが警察官に供述を誘導されたと語ったことに対し、「不正確な供述調書を作成することは、被害者の正確な足取りを速やかに把握し犯行の時間や場所を特定するという当時の捜査目的との関係では、有害というほかない」と地裁決定と同様の前提に立った。そのうえで、警察官が後に糾弾されたり捜査に混乱をきたしたりする「リスクを冒してまで供述記載を創作した可能性は乏しい」との見方を示した。

 Pさんの新証言の内容をめぐっても、2018年の段階で弁護人に「目撃したのが(事件の)当日だったのか、その数日前だったのか、全く自信がなかった」「女児を(車で)追い越したのは三叉路」と話していたのが、2023年の地裁の証人尋問では「当日ではない」「三叉路よりもずっと手前」と答えたことを、やはり地裁決定と同様に核心部分の「変遷」と評価し、「記憶の正確性に疑念を抱かざるを得ない」と否定的に捉えた。

 そして「新供述の不自然性、他の証拠との齟齬、変遷の内容やその程度に照らすと、見聞きした報道や弁護人の見解に無意識のうちに迎合し、あるいは思い込みによって、記憶自体が変容してしまっている可能性は否定できない」との論理を展開した。

 その原因として「自分だけが三叉路付近で女児を目撃した旨を供述している現実を抱えきれなくなり精神的に不安定な状態」から脱して自らの心身を守るために、「目撃した状況は事件と無関係で、当時の供述は自身がしたものではないことにしたいという心理が働き、それが言動に影響してしまうことは十分に考えられる」と独自の分析を披瀝。Pさんの新たな証言には「その疑いが濃厚」と断じ、「信用するのは極めて困難」と結論づけた。

 弁護団は三叉路付近で再現実験を実施し「女児が誰からも見えない場所にいたのは約20秒間で、連れ去りは不可能」と主張していたが、高裁は「実験は事件当時の状況を正確に再現できているとは言い難い」として採用しなかった。

「思い込みが記憶を歪めている可能性」に言及

 高裁はKさんの目撃証言についても、地裁の判断を支持し信用性を認めなかった。

 決定は、Kさんの証言は服装や顔貌といった「目撃した女児2人が被害者だと同定する具体的根拠に乏しい」と指摘。加えて、車内にいた2人が小学1年生だと特定した理由が薄弱だったり、1人のランドセルの色の記憶が実物とは違っていたりもするとして「知覚・記憶の正確性に疑問を抱かせ、思い込みに基づいて供述している可能性を示す」と判定した。

 また、軽自動車を目撃した時刻が変遷していることや、車が遺体の遺棄現場と反対の方向に向かっていたことなども勘案すると「Kさんが目撃した状況は事件とは関連がないと推認するのが合理的」と言い切った。

 そのうえで決定は、Kさんがこれまでに確定判決にまつわるさまざまな情報に接したため「女児2人を目撃しているという思い込みや、犯人は久間さんではないという先入観に基づいて供述していると疑わせる点もみられる」と独自に考察。目撃状況を明らかにしなければという責任感が「事件の真相を知っているという思い込みを生み、それが記憶や供述を歪めている可能性もうかがわれる」との見解まで記した。

インカメラ審理で証拠リストの開示を認めず

 高裁の審理では証拠開示が大きなテーマになった。弁護団が強く開示を求めたのは、事件発生直後のPさんとKさんの「初期供述」に関連する証拠だ。地裁決定が2人の証言の変遷を挙げて「一貫した記憶に基づいているとは考えられない」と言明したため、初期供述を確認することが必要不可欠だと訴えた。

 高裁で最初に請求審を担当した松田俊哉裁判長は、2024年10月の第1回三者協議で検察に対し、証拠リスト(書類目録)の開示を勧告するとともに、2人の初期供述に関する証拠がないか調査するよう要請した。しかし、検察が証拠リストの開示を「必要性がない」と拒否し、初期供述の捜査資料は「存在しない」と回答すると、代わった溝國裁判長は証拠リストを裁判官だけに提示する「インカメラ審理」を打診。検察は応じたものの、高裁は「2人の初期供述に該当する証拠は見当たらなかった」と認定し、弁護団にはリストを開示せず、そのまま結審していた。

 高裁は決定で、事件発生直後の2人の「事情聴取の結果が捜査書類の形で確実に存在しているはずとは言えない」と釈明した。検察が証拠リストの開示を拒んだことから弁護団が「未開示の証拠の存在が推認される」と見立てたのに対し、「初期供述に関する証拠を意図的に隠蔽しているとみるのは合理的な根拠のない憶測」と切り捨てた。

高裁の決定後、記者会見に臨む弁護団の岩田務弁護士(右)と徳田靖之弁護士=2026年2月16日、福岡市中央区の福岡県弁護士会館、撮影/小石勝朗

弁護団「死刑が執行されたハードルは高い」

 「日本の裁判所の事実解明能力はこれほどないのか」「何が本当のことか真摯に明らかにする姿勢があるのか」

 高裁の決定後、弁護団が隣の福岡県弁護士会館で開いた記者会見で共同代表の徳田靖之弁護士は怒りを露わにし、「高裁はあらゆる理屈で新証拠を排斥し、真実を明らかにすることを回避した。再審開始を認めるわけにはいかないという価値判断が先行しており、死刑が執行されたハードルは高い」と語気を強めた。

 さらに「(Pさん、Kさんの)2人は何の利害関係もないにもかかわらず人間としての良心に基づいて声を上げたのに、まるで顧みようとしていない。裁判官の人間性が疑われる」と批判のトーンを上げた。

 主任弁護人の岩田務弁護士は「高裁は2人の初期供述が不存在だとする検察官の理不尽な弁明を受け入れ、再度の証拠開示勧告や開示命令を出すことを拒否し、審理を尽くすことなく再審請求を棄却しており、裁判所の使命に反する。真実の究明に背を向けた抗告審の姿勢とそれに基づく審理・決定に、到底承服できない」とする声明を読み上げた。

証拠開示への対応を「審理不尽」と非難し特別抗告

 弁護団は2月24日に最高裁へ出した特別抗告申立書で、高裁の姿勢を「許し難い審理不尽」と非難し、憲法32条(裁判を受ける権利)に違反すると立論した。

 特に問題視しているのは、高裁が「PさんとKさんの初期供述の存否について具体的な判断を示さず、その結果として検察官に対して、より強い(証拠開示)勧告をするなり開示命令を発するといった対応をしなかった点」だ。

 Pさんをめぐっては事件発生当日に消防団員の前で女児の目撃について話したことが捜査の端緒になっており「その内容を警察が把握した経過に関する報告書等が必ず存在する」、Kさんも目撃翌日に警察に通報し数日後に警察官の事情聴取を受けているので「少なくとも警察署に対する電話での通報内容に関する記録が絶対に作成されている」と力説。高裁の対応は「真実解明を放棄するに等しい」と反発した。

 Pさんの記憶に変遷がないことを裏づけるため、弁護団が計7回・約10時間半にわたり事情を聴いた際の録音テープ(反訳書も提出)の検証とPさんの尋問を請求したのに高裁が受け入れなかったことに対しても、「弁護人が求めた中心的な立証の途を封じるもの」と異を唱えた。

 そのうえで、袴田事件や福井中学生殺人事件など再審が実現した事件を引き合いに、検察や警察が保管している証拠の中に「再審を開始すべきかどうかを判断する際の決め手になるような証拠が埋もれていたり、場合によっては意図的に隠匿されていたりする事例もある」と強調した。こうした事件の大半では「裁判所の職権による証拠開示の勧告や命令、あるいはそれらの可能性を示唆」といった対応が採られたことに触れ、高裁が今回「何らの対応もしないということは憲法31条(適正手続の保障)の趣旨に照らして許されない」と言い立てた。

 高裁が決定で、Pさんが「弁護人の見解に迎合した可能性」に言及したことには「証拠に基づかない推論を事実とするものにほかならず、およそ裁判における事実認定とは異質のものというほかはない」と糾弾した。Kさんについて「思い込みが記憶や供述を歪めている可能性」を説いたことにも「証拠に基づかない裁判所の全くの推測に過ぎない」と咎めている。

 ◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2026年03月02日公開)


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