
故意かどうか——公判〜評議
ほとんど眠れない週末を過ごした竹山さんは、週明けの朝、始発のバスで裁判所へと向かった。約2時間の道中も、目が冴えて一睡もしなかった。そして法廷では、証人尋問や被告人質問が展開していった。
現場の見取り図を見ながら、轢いた時のお母さんの立ち位置を被告人に確認するんですけど、検察官が確認した時と弁護人が確認した時でズレるんですよね。それが、本人も混乱している感じがして。同じ質問に検察官と弁護人で逆の回答をしたりして一定していない。私にはわざとじゃなくて、素でそうなっているように映ったんですけど、噓をついているって捉える人(裁判員)もいました。
どちらかというと、「弁護人と被告人の意思疎通はとれているんだろうか?」っていう印象でした。弁護人の質問に、よくわからないまま返事をしているような……。パニックというか緊張から、あまり話を理解できていない状態に見えましたね。
裁判員5日目の午前中、検察官は懲役6年の論告求刑を行い、一方の弁護人は執行猶予付判決を求めて結審した。両者のポイントはやはり、「故意かどうか」だった。
お母さんと衝突する前に、被告人は「どけー!」と言っているんですよ。それは見えてたから言ったわけだから、わかってて故意に轢いたというのが検察官の主張で、救護しなかったことも重くみるべきだと。車から降りて確認してるんですね。「轢き逃げ」という表現はしてなかったです。
弁護人は、轢いたのは事実なので無罪ではない。でも、被告人は「どけ」と言えばどくと思ってた。本当にそのまま立ち続けるとは思っていなかったって。だから、故意ではないと。(車から降りて)倒れている状態を確認した時も、怖くなって逃げたと。お母さんとは、家庭菜園も一緒にやっていたし、病院の付き添いにも行っていたという話もあって、母親を轢く動機はないと。
弟さん(被告人の口論相手)の陳述書が法廷で読み上げられて、「故意に轢いたんだとしたら、ちゃんと罰してほしい。故意じゃないとしたら、やっぱり家族というのもあるし……」といった部分があって、弟さんも故意かどうかわかってなかったんだと思います。お母さんに対しての思いや、自分を責めるような気持ちもあったかもしれない。喧嘩の原因はわからないです。被告人も飲んでましたし。
各々の立場からの真っ当な主張。2日後の判決公判に向けて、午後から評議が始まる。
比較的、皆さん和やかでした。裁判長から話が振られて、順番ではなく、自由に言ってみてくださいという感じでしたね。評議の最初と事実認定の際に、「疑わしきは被告人の利益に」って説明されました。
あとは、紙(付箋紙)に書いてというのもありました。「こういうところがあるから故意だと思う」とか、「故意じゃないと思う」みたいに書いて、それをホワイトボードに貼り出して整理して。そんな激しい(意見の相違)というのはなかったですね。最終的には、裁判長がまとめていきましたね。
議論の末に、被告人には故意があったという事実認定がなされ、その日は17時頃に解散した。翌日は一日かけて量刑判断となる。しかし、裁判所の庁舎を出ようとしたところで竹山さんの足は止まった。
それでいいのか?——量定
「このまま帰っていいのかな? 本当にそれでいいのかな?」と思ったんですよね。何か見落としていることがあるんだったら、今じゃないとって。最終バスが18時30分だったから、あと1時間くらいは考えられると。でも、(評議室に)戻ったところで入れてもらえるかな、というのもありました。
職員さんに、「まだ考えたいので、残っていいですか?」って聞いたら、左陪席が同席してくれて、裁判長も「隣の裁判官室に居ますから」って言ってくれて。
ホワイトボードを見ながら、本当に「故意」でいいのか? どの資料を見ても、お母さんを認識していたというのがわかるから、やっぱり見えてはいたのだろうって。やはり故意ということになるのかなって。
その行動力には率直に驚いた。「それでいいのか?」と思っても、具体的に行動できる胆力は中々持てない。この時、答えは変わらなくても、「できるだけのことをした」と納得したそうだ。
今、冷静になって思うと、「故意かどうか」って、「わかってて(わざと)轢いたかどうか」ということだと思うんですよ。それが、「お母さんを認識していたら故意」、「認識してなかったら故意じゃない」っていうふうに論点がズレていたなって。見えていて、認識していて当たったとしても、それが「=故意」ではないですよね。お母さんを認識していたけども、だからといってわざと当たったではないなって。そこが、「居たのをわかってて(認識して)轢いた=故意」っていうふうな流れになってましたね。
降車して母親を確認していることも、「最初から轢く気だったら、確認もしなかったんじゃないかな」と鋭い考察を加える。被告人は、事件後すぐに現場近くの海岸で自殺をしようとしていたところを逮捕されている。
この日、最終便のバスに滑り込んだ竹山さんが帰宅したのは20時過ぎ。そして、翌日も始発バスに乗った。
裁判長から、「(量刑検索システムに)影響されたくない人は、見なくていいです。一般的には、というのが知りたい人は見てください」って。皆が見ている前で、左陪席が「傷害致死、家族間、親」と入力したら、ダーって出てきて。「車」も入れたかな?
各自、付箋紙に(量刑意見を)書いて、集めてホワイトボードに貼って。「故意」というのと「逃げた」というのを重く考えている方は長かったですね。「執行猶予をどうしましょうか?」という話にもなりました。「被害者に落ち度はない」というのと、やっぱり「逃げた」ことへの悪質性。「親なのに逃げた。なぜ救護しなかった?」、「自分だったら絶対に助ける」というので、執行猶予はつけないということに。
厳しい意見かもしれないが、竹山さんは「そう思うのも普通だから」と理解した。一方で、彼女独自の視点で、執行猶予に対する思いを吐露してくれた。評議室では口にしなかった言葉だ。
執行猶予が付いて、この地(自宅)に帰すのは逆に良くないと。保釈されたときに、「馬小屋」に住まわされていたって話があって。ちゃんとした環境で暮らせる場所に帰すんだとしたら、執行猶予もアリだなって思いましたけど。小さな町だと、帰ってきたことがすぐに広まっちゃうし、時間が経っても忘れてもらえない。好奇の目にさらされるくらいなら、ほとぼりが冷めるまで刑務所にいたほうがまだマシかもって。
轢いて逃げたことに対しても、悪質だとは思わなかったんです。たぶん、人間怖かったり、追い込まれたりしたら逃げることもあるだろうし、自分だったとしても、「逃げない」とは言い切れなくて……。
評議2日目の夕方、懲役3年という傷害致死の法定刑のうち最下限の量刑で評決した。

二度としたくない——判決~裁判後
最終日の判決公判、補充裁判員の竹山さんは、法壇ではなく傍聴席になる旨を前日に聞かされていた。
傍聴席側からの景色も見てみたかったので、それはそれでいいかなって(笑)。やっぱり一段高いだけでも、上から見下ろされている感じだなって。威圧感ありましたね。
午前中に、判決文の読み合わせをした時に、「ん!?」ていう部分があって。「死んでもかまわないと決意した」とかそんな感じの表現が強すぎるって、皆で言って訂正してもらいました。被告人は、疲れているのか、諦めているのか、あまり気力を感じなかったです。弁護人も検察官も特に表情は変わらず淡々としてました。
判決文でも強調されていた最下限の法定刑は、そのまま確定した。この日、日本列島を直撃した台風17号が先島諸島を暴風域に包み込んだ。奄美群島から参加していた裁判員の方は帰れなくなり、追加の宿泊代が出るのかどうか裁判所に確認していたそうだ。一方、裁判員経験者となった竹山さんは最終バスより遥かに早い便で無事に帰宅した。
家では、触れちゃいけない空気があって(笑)。翌日からは普通に仕事でした。職場でも、やっぱり聞いちゃいけないっていう雰囲気だったと思います。ありがたかったですね。やっぱどこまで話していいかわかんないし、面白がってする話でもないから。
なんと稀有なことに竹山さんの約半年後に、職場の店長さんが裁判員を経験していた。
私が仕事をしている時にコソッと、「オレも選ばれた」って。何か聞いておきたいとかそういうのではなく、ものすごく負担の大きな裁判だったから共感してほしかったのだと思います。お母さんが小さな子どもを殺して、自分は死にきれなくて、という無理心中で……。気になって1回だけ傍聴に行きました。
もしも、呼出状の段階で告白されていたら、「ぜひやってきてくださいとは言えない」と竹山さんは言う。ではあらためて、「人を裁けるほどの人間じゃない」と冒頭で述懐したその胸中に迫る。
自分が出来た人間ではないし、やっぱり噓をついたりとか、自分の都合で相手に悪い事をしたりとかってあるわけで、じゃあそういう自分と罪を犯した人が違うかと言ったら、本当に紙一重というか……。
確かに悪意をもって誰かを殺そうとかはないけど、この事件みたいに、「故意」じゃなくて間違ってぶつかってしまったというのは、たぶん誰にでも起こり得るんだろうなって。そういう時に、裁く側と裁かれる側、そんなに大差ないはずなのに自分はこっち側(裁く側)に居ていいんだろうかって。
まったくもって同感だ、という一言でまとめたいくらい真理を突く言葉だ。こんなことを竹山さんに聴くのは無粋だが、もう一度、裁判員の機会が巡ってきたらどうだろう?
やらなければよかったとは思わないけど、「もう一度やりたいか?」と言われたら、もう二度としたくない。人にも強くは言えないけど、できればやらないほうがいいねとは思います。やっぱり大変さがわかるから、同じ思いをさせたくない。眠れないとか、精神的に辛いとか、とにかく心身ともにきつかったです。

「もう二度と」という言葉に力が入る。当初、LJCCに寄せてくださった「モヤモヤした気持ち」は、少しは晴れたのだろうか。鹿児島での交流会はまだ2回しか開催できていない。竹山さんが背負ってしまった「責任」と「償い」に寄り添い続けるのがLJCCの役目だろう。インタビュー中盤頃には、お昼寝から目覚めたお子さんが盛大にオモチャを拡げて賑やかな環境だった。はしゃぐお子さんを見つめる彼女の瞳に曇りはない。
(2025年10月8日インタビュー)
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・第10回 同じ裁判、別な視点(山下美紀さん)
・第11回 縁あって裁判員(小野利さん)
・第12回 言い切れない、割り切れない(宇杉公一さん)
(2026年01月15日公開)
