裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第10回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第10回

同じ裁判、別な視点

山下美紀さん

公判期日:2017年10月23日~11月2日/東京地方裁判所
起訴罪名:強盗傷人ほか
インタビューアー:田口真義


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山下美紀(やました・みき)さん(2025年5月29日、筆者撮影)

飛行機に乗って就職面接

 2010年10月、東京国際空港(羽田空港)では、4本目の『D滑走路』が完成したことで国際線が就航するようになり、24時間使用可能な国際線ターミナル(現第3ターミナル)も同時開設された。それに合わせて、実家のある香川県から東京へと転居してきたのが、山下美紀(やました・みき)さんだ。彼女が就職したのは、羽田空港第3ターミナル内にある売店だった。

 天真爛漫というより、破天荒に近いのかもしれない。採用面接のために飛行機で高松空港から羽田空港に飛ぶとは、よほど思い入れのある業界なのだろうか。

 少しでも飛行機の近くにということか、今は空港の敷地を歩き回る仕事をしている。

 飛行機が離発着する滑走路は、熱波も寒気も容赦なく跳ね返すアスファルトであり、過酷そのものだ。それでも山下さんは、羽田空港での仕事を気に入っている。

 そして、今回のインタビューで特筆すべき点は、山下さんが担当した裁判は、「第6回 やりたくない裁判員」(2025年6月13日公開)で登場した小野麻由美さんと同じ事件ということである。つまり、2人は同窓裁判員ということだ。彼女たちそれぞれの視点で捉えた裁判員経験を比較しながら読むと面白いはずだ。

 あらためて、裁判員制度施行時はまだ故郷の香川県で生活していたという山下さん。そもそも司法や法律との接点はあったのだろうか。

 「財田川事件」は言わずと知れた四大冤罪事件の一つであり、無罪判決まで約30年。一方の、「豊島の公害調停」も事の発端から、最終合意まで25年もの歳月がかかっている。息の長い関心が必要だと思う。

 なるほど。「家族みんな教育者」という家庭の日常は、常に時事問題と向き合っていたようだ。地元の出来事であればなおさらだ。それにしても、「豊島の公害調停」の弁護団長が、裁判員制度の制度設計に携わった人物として知られる故・中坊公平弁護士(2013年5月3日没)とは奇遇なものだ。

 「司法制度改革審議会」が設置された1999年より10年後、制度施行のニュースは目にしていたが、「自分には関係ない」と捉えていた山下さんの裁判員物語を聴いていこう。

いきなり最高裁!?——候補者登録通知~呼出状

 2016年秋、今は貨物ターミナルでの勤務だが、当時は空港内の売店に勤務していたという山下さんに、候補者登録通知が届く。

 確かに、いきなり最高裁からの通知は誰でも驚くものだ。そして、職場の店長さんにとって身近なものだったことも驚きだ。やがて、小野さんと同じ2017年8月下旬に、山下さんにも呼出状が届いてしまった。

選任手続期日のお知らせ(右は小野さんに届いた同一書面)

 理解ある職場のおかげで、生まれて初めて霞ケ関駅へ向かうことになった山下さん。内心ではこんなことを考えていた。

 変わった着想で気分を高揚させたものの、やはり緊張のせいか「夢見心地の選任手続だった」そうだ。候補者控室の様子や事件概要は、小野さんの回を参照していただきたい。

これは現実だわ——選任手続

 強盗致傷と強盗傷人は、どちらも刑法240条を根拠にする犯罪であり、強盗の結果、被害者にケガを負わせたのが強盗致傷で、強盗のために被害者にケガを負わせるのが強盗傷人ということだ。

 くじ運の悪さから、「当たるかも」という発想すらないと言う山下さんだが、この時ばかりは違った。

 選任手続の記憶が曖昧な山下さんと宣誓手続の記憶が曖昧な小野さん、2人の物語はお互いを補完するようにできている。選ばれた裁判員たちは、法廷の下見と評議室での自己紹介を経て解散した。初公判までの4日間、彼女の優先事項は仕事の手配だった。

裁判進行スケジュール表

 パートの山下さんに対しても、有償での特別休暇を適用するあたり、一般企業にも裁判員制度への理解がジワリと広がっていることが窺える。他方で、休廷日の勤務は心身ともにキツイと思うがどうなのだろうか。

 「自分の職場じゃない」、この感覚は裁判後にも尾を引くことになる。

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(2025年10月15日公開)


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