call4 stories

第25回

「教育公務員の兼業のあり方を問う訴訟」をめぐるストーリー

ひとりの自由な人間として、理由のない兼業却下に声をあげる


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見えない基準

 不動産賃貸業や投資、著作物の発行、マスコミ出演、家業の手伝いなど、公務員で兼業を行っている人たちは今も多く存在する。弁護団は現在、証拠集めのリサーチを行っている。

 任命権者の裁量が非常に大きい、と竹内弁護士はこれまでに聞いた話を分析する。書籍出版については、兼業申請が認められる人がいる一方で、秘密で行っている人もいるようだ。

 「正式にダメと言われると本当にできなくなるからこっそりやるか、諦める人も多いのかもしれません」

 「これは伝聞なので真偽はわかりませんが、コミックマーケットで同人誌を売って100万円ほど利益が出て、どうやら処分された事例があるらしいとも聞きました」

 「ほかにもたとえば、ある慈善活動をされている公務員の方は、公にはしていないそうです。職場の方に、“そういうそぶりを見せられちゃうと禁止しないといけなくなるから”というようなことを過去に言われたことがあるからと話されていました」

 基準の見えない制限によって縛られ、人生の可能性を失ったり、本来なら無用のはずの後ろめたさやリスクを抱えて苦しんでいる人が、パパ頭さんの向こうに大勢いるのだ。

 「パパ頭さんの生徒だってもう高校生なわけじゃないですか。しっかり自分たちの頭で考えられる年齢です。どうして先生の兼業を認めなかったのかを、もしきちんと彼らに説明できないのだとするとやっぱりおかしいですよね」

 竹内弁護士の言葉に、向き合う私は大きくうなずいた。

パパ頭さんのリュックには、家族のキャラクターのキーホルダーが揺れる

長年の夢だった

 仕事に育児に多忙な日々でも4年間、やめずに少しずつ漫画を描きつづけてきたパパ頭さん。執筆の動機を、ゆくゆく育児に葛藤するであろう未来の自分に対して、何かあたたかい気持ちになれるものを残しておきたい気持ちが強かったと語る。

 育休は、長男誕生時に約1カ月。次男のときは3カ月ほど取得した。当時の様子を訊くと、「本当にあっという間でしたね」と、勢いよく言葉が返ってきた。

 「もう、朝から晩までどっちかが起きてますから。長男がお昼寝しているときが唯一の立て直しタイミングだったんですけど、第二子が誕生してそれもなくなったので、ひたすらに消耗戦で……」

 育児はエネルギーを使う。余裕がなくなって周囲に、あるいはパートナーや子どもにイラッとしてしまいそうになることもあるという。

 「子供って絶対的にかわいい存在。でも精神的な余裕がないと、そのかわいさが受け取れなくなるんですよね。なので、育児で苦しくなっちゃったときに、気持ちが柔らかくなるというか、ネガティブなものを吸収してくれるスポンジみたいな作品が皆さんにも届けられていたらいいなと思っています」

 編集者から単行本化の声が掛かったときは、どんな気持ちだったのだろう。私が訊くと、それまで少し緊張した様子で真剣にインタビューに答えてくれていたパパ頭さんは、顔をほころばせた。

 「単純に、驚きと喜びがありました。子どもの頃からずっと漫画を描いてきて、学生時代は出版社に持ち込んだこともあったので、出版なんていうのはもう夢のまた夢、みたいな感じで」

たたかう人の背負うもの

 しかし、その喜びは一転する。

 「最初にこの弁護士事務所の扉をたたいたときは、本当に孤独感が大きかったです」

 「各所に要件を問い合わせても良い対応は得られず、お世話になっている校長や周囲にも迷惑をかけているのかもしれない。普通はしないことをやっている迷惑な人間になっているのかもしれない、という不安が深まっていきました」

 暗黙の了解のように誰もが触れずにきた箱をなんとか開けようとするパパ頭さん。本人ははっきりとは言わないが、たとえ自由な校風だったとしても、学校という組織の中で冷たい言葉や視線を浴びた数は決して少なくないのではないか。

Twitterで書籍化の話が流れたことを一度だけつぶやいたとき、上の立場の人から消すよう助言を受け、悩んで消したこともあったという

 「自分がしていることが声をあげるに値する行為なのか、確かめようにも一人でできることには限界を感じていました」

 そう当時を振り返る。しかし今は弁護団と 250人を超えるサポーターが彼の味方だ。

 「クラウドファンディングを行ってから、実際に目に見える数字となって、あるいは言葉となって、支援してくださる方がいることにすごく励まされました。

 地に足がついたような気持ちになれて、声をあげてよかったと思えました。本当に感謝の念は尽きないです」

CALL4上の支援メッセージ。読者や卒業生、同じ公務員の方などから熱い応援の声が集まる

 「正直、公共訴訟に勝つためのハードルは非常に高いですし、自分の漫画出版に関して言えば、すでに時間がかなり経っている時点で難しくなってきているんだろうとは思うんです」

 「ただ、せっかくこれだけの方に応援していただいているので、最悪は自分が難しくても、あとに続く方にとって得るものがある結論には何が何でも持っていきたい」

 迷いを払拭(ふっしょく)するかのように、パパ頭さんは言葉を力強く発した。

豊かな未来をつなぐ

 インタビューを終え、お辞儀して立ち去るパパ頭さん。その姿を私は頭の下がる思いで見送った。

 長年続く不文律にひとり声をあげることは困難だ。あげた声はときに反発を受け、今回の兼業申請のようにうやむやにされ、最初からなかったもののように集団の中にかき消されさえしてしまう。そんな社会では、個人は息苦しさを覚えながらルールの下で生きていくしかない。

 けれど私たちが暮らしたいのは、次の世代に受け継いでいきたいのはきっと、一人ひとりが好きなものを自由に表現したり、やりたいことに挑戦できたり、人生を豊かに過ごせる社会だ。ルールはより良いものに自分たちの手で変えていける。

 パパ頭さんは後者を信じて、手札を切った。勝負のゆくえはこれからだ。今回の裁判で良い結果が得られれば、それは一つの判例となり、新たな道筋となる。彼の漫画が単行本化されて全国の書店に並び、多くの読者の心に自由の種がまかれ、やがて芽吹いていく——そんな未来を見たい。

(2022年07月08日) CALL4より転載

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