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第12回贄田健二郎弁護士に聞く

科学的証拠の資料やデータは残し、開示し、透明化すべきである


1 控訴審の魅力

芝崎 贄田先生は、上訴審での逆転無罪を多く獲得されています。上訴審って、なかなか事実取調べされずに全部却下されて、次回、判決といったイメージがありますが、上訴審での弁護のポイントはありますか。

贄田 上訴審は控訴趣意書、上告趣意書で9割方決まるわけです。いかにいい書面を書けるかというところが弁護人の腕が問われる部分と思います。いかに説得力ある書面を書くか、というところに力を注ぎます。私は、口頭より書面を書く方が性に合っている気がしていて、上訴審はわりと好きです。

 実は、件数の比較だけでいうと、一審より控訴審のほうが無罪率が高いんです。一審で諦めずに控訴しようという事件がくるわけなのである種当然かもしれませんが、より本気で争う事件が多いというのは控訴審の魅力ですね。あとは、控訴審の場合、何となく攻めに回れる感じがしています。一審判決をどう叩くかという話なので、一審判決を批判する側に回れるじゃないですか。

芝崎 原審の判断の問題点を見つけるに際して、判決の読み方にコツはありますか。

贄田 まず判決を何度も読むということが大事です。無罪になった事件の原判決は、やっぱり無理して有罪の判決を書いている。というか、無理しないと有罪が書けないんですよ。どこか論理的におかしい部分があるから、読んでいて違和感を覚えるわけです。その違和感を見つけるということが大事だと思いますね。

加地 判決を何度も読んで、矛盾点を見つけて、記録と照らして成り立つかを検討した上で、文章化してくところで意識されていることはありますか。

贄田 争う事件は突っ込み所がたくさんある事件が多いので、いろいろ言いたくなってしまいます。すると、どうしても長くなるし、冗長になってしまいます。ポイントを端的に突く趣意書がベストだと思います。言えることをいろいろ言っている書面より、問題点を絞って書いた方が、裁判所はきっちり見てくれると思います。だから、「ここがおかしい」という点に絞って書いた趣意書は、とてもいい趣意書だなと思っています。その意味では、控訴審判決のような趣意書を書けるといいのかもしれませんが、そこまで思い切った書面はなかなか書けないですね。また、ポイントに下線を引いてみたり、あえて四角で囲んでみたり、強調しています。読みやすさがありますし、目に入ってくるように意識して書面化していますね。

2 徹底的に争うために

芝崎 情状を争う事件よりも否認事件の方が好きでいらっしゃいますか。

贄田 私は、どちらかというと、情状を争うよりも否認事件の方が好きです。情状弁護ってバラエティーに富んでいて、何でもできる反面、方針が絞りにくいという面もあります。他方で、否認事件は、事件の構図がわかりやすく、一直線に進めるためやりやすいと思っています。

芝崎 その構図が見えたとして、その構図を裁判所へ理解させて、無罪の結論まで勝ち取るのは、とても高いハードルがあると思います。そのハードルを超えるためにどういったことを大切にされていますか。

贄田 証拠構造を把握することはまず必要ですね。刑事裁判は、検察官が立証しきれなければ無罪になるわけですから、検察官がどのような事実を立証しようとしているのか、それを裏付ける証拠は何なのか、証明予定事実や請求証拠を見ながら考えます。そして、証拠構造のどこに弱点があるかを考えます。その弱点に力点を置いた主張立証を考えます。また、弁護側でもきちんと証拠を調べるということが大事なのではないでしょうか。検察から証拠をどれだけ引っ張ってこられるかというのは大前提ですが、捜査機関が集める証拠は捜査機関の視点で集められた有罪の方向に傾いている証拠でしかないので、漏れている証拠は必ずあると思います。そういう漏れている証拠を見つけ出せるかどうかということもポイントではないでしょうか。

加地 捜査機関の手持ち以外の証拠を見つけ出す工夫として何をされていますか。

贄田 まずは、本人の話をよく聞くことです。本人には本人なりのストーリーがあります。いろいろと話を聞く中で、捜査機関の証拠にはない本人しか知らない事情が見つかることがあります。現場を見に行くことも大事ですよね。最高裁で無罪を獲得した強姦事件(最高裁平成23年7月25日判決)も、現場に何度も足を運びました。実際に現場に行ってみると、イメージとは全然違っていました。路上で急に声を掛けられて、「ついてこないと殺すぞ」って言われて、「頭が真っ白になってついていくしかなかった」という話なのですが、現地は駅前で人通りもとても多く、交番もあります。いくら夜とはいえ、そんな所で「殺すぞ」なんて言うかなという疑問が湧いてきました。それから、本人に証拠を直接見てもらうことも大切ですね(贄田健二郎ほか「最高裁で逆転無罪!」LIBRA Vol.11 No.11 〔2011年〕、前田裕司「【刑事弁護レポート】強姦事件/被害者供述の信用性判断に関する考察」季刊刑事弁護69号〔2012年〕146頁以下参照)。

芝崎 本人に証拠を直接見てもらうことが奏効したことはありますか。

贄田 担当した覚醒剤の事件(東京地裁立川支部平成29年10月31日判決)で、こんな経験があります。任意採尿時の採尿容器の写真をみると、容器内の液体が10㎖弱あったのに、鑑定書には、鑑定の対象物は約5㎖の液体であると書かれていて、この分量の差が無罪の決め手になった事件がありました。恥ずかしながら、この分量の差に最初に気づいたのは被告人本人なんです。記録を差し入れて、接見に行ったら「先生見てくださいよ。こっちだと10ぐらいあるのに、鑑定書は5って書いてあるじゃないですか」と言われました。私は気づいていませんでした。本人が気づいてくれたおかげで無罪になったようなもので、スルーしていたらそのまま有罪になっていたと思います(詳しくは、贄田健二郎「無罪事例報告(覚せい剤自己使用事件)」参照)。

芝崎 開示を受けた証拠はコピーをして、必要なマスキングを施したうえ、差し入れて検討してもらうと思いますが、証拠の量が多い場合もですか。

贄田 LINEのやり取りの履歴や携帯に保存されている写真はその量が多くなりますよね。正直、我々としてはあの量を精査するのは大変ですよね。ただ、本人は自分の携帯だからどんな写真があるかということがわかるんですよ。経験した例でいうと、カップル同士の交際関係のもつれで事件になったのですが、事件があったとされる日の後でもカップルとして仲むつまじいことがうかがえる写真はないかという視点で本人に見てもらいました。本人だからよくわかっているわけです。「この料理は同棲中にお互いに作った料理」といったエピソードが加わると、仲のいいカップルだったという事実が浮かび上がってきます(詳しくは、贄田健二郎ほか「強要未遂、強制わいせつ被告事件/わいせつ行為の強制性を否定し控訴審で逆転無罪となった事例」季刊刑事弁護83号〔2015年〕70頁以下参照)。

加地 本人に証拠を差し入れて読んでいただく前提として、弁護人としても記録を見ていかなければならなくなり、そこもまた量との戦いという側面が出てくると思います。贄田先生は、どれくらいの時間をかけて記録を読みますか。

贄田 事件によりますよね。認めで間違いないといった事件であってもしっかり読みますが、本気で争おうというときは、何度も穴が空くほどに読みますよね。時系列表を作りながら客観的に争えない事実をまず頭に入れて、争えそうな部分を徹底的に考えながら読み込みます。

3 科学的証拠に透明性を

芝崎 先生は、『刑事弁護人のための科学的証拠入門』(現代人文社、2018年)の編集チームに入るなど、科学的鑑定について関心をお持ちであるとうかがっていますが、興味を持ち始めたきっかけはなんでしょう。

贄田 富山の氷見事件がひとつのきっかけでした。2002(平成14)年に強姦と強姦未遂で捕まって、自白して、有罪になって刑務所行ったんですけど、出所後に真犯人が現れました。検察官が再審請求して無罪になった稀有な事件です。私は、この事件の国賠訴訟の弁護団に入ったのですが、もともとDNA型鑑定に興味があったということもあって、科学証拠の担当になりました。事件当時もDNA型鑑定はあったのですけど、やってないんですよね。被害者の膣内容物の写真を見ると、精子が写っているんですね。精子があるんだからDNA型鑑定やっていれば、彼じゃないことがわかったはずなのです。それで、DNA型鑑定について詳しく調べてみたことが、大きなきっかけとなりました。

加地 DNA型鑑定を争うのはハードルが高いイメージなのですが、何か意識されていることはありますか。

贄田 何をやっているのかイメージが湧かないというのが、ハードルが高いように感じる一つの要因になっているんじゃないかと思います。実際に体験してみることをおすすめします。DNA型鑑定を体験できる施設もあるので、自分でやってみると、たとえばDNAの抽出って何をするのかとか、PCR増幅ってどんなことしているのかとか、ある程度イメージが湧くと思います。

芝崎 贄田先生は科学的鑑定の研究会をされていると聞いています。

贄田 日弁連法務研究財団に申請をして、科学鑑定に関する刑事手続の研究をやっています。透明化がテーマのひとつです。今、日本の警察でやっている鑑定は外から見えません。最終的に鑑定書だけ出てくるまでの間に何をしているのか全然わからない。資料も基本的には出さない。科学って再現可能性があって初めて科学なわけじゃないですか。だから、後から検証できるに足るぐらいの資料やデータは、あってしかるべきだと思います。そうじゃないと、この結果が正しいか否か検証できません。きちんと資料やデータを残し、開示し、透明化するべきだと思うんです。

芝崎 研究は具体的にはどのように進められていますか。

贄田 鑑定が問題になった事件の弁護人に話を聞いたり、行政文書開示の請求をしたりしています。証拠品の管理とか移動の経過は、証拠品の保管簿や出納簿といった簿冊に残っています。そういった簿冊があるということ自体が一般に知られていません。知られていないことも問題ですし、何があるかをどうやって調べればいいかよくわからないのも問題です。そこで、関係する通達や内規の類いについて、行政文書開示請求をして、それをまとめた報告書を出そうと思っています。通達類は東京だとホームページで見られるものもありますが、見られないものもある。地方だとそもそもホームページで公開してない所もあります。そういうものは行政文書開示請求などで取ってくるしかありません。

 テキサスに視察にも行きました。警察の証拠品の保管庫を見せてもらいました。向こうはオープンなんですね。日本では絶対ありえないじゃないですか。本当に文化の違いを見せつけられましたよね。アメリカは基本的にはバーコード管理で、証拠の動きもデータとして管理しています。日本もそうすれば無駄な争いがなくなるのに、と思いますね。

芝崎 鑑定を争うとき、証拠開示で意識することはありますか。

贄田 鑑定を争うときには、元データをどれだけ引っ張れるかが大事だと思います。たとえば、先ほど言った覚醒剤の無罪事件であれば、ガスクロマトグラフィなどのチャートも出すように当然請求しましたし、鑑定人がメモを取っているはずだからメモも出してくれと請求しました。その鑑定人は市販のリングノートでメモを作っていて、横に線を引いて1件ごとに書いていくスタイルでした。液体の分量の差が問題になったと言いましたが、この鑑定メモに「こぼれている」と書いてあったんです。検察はこれを根拠に、科捜研に持ち込まれたとき尿がこぼれていたんだと主張しました。でも、怪しいじゃないですか。原本を確認したいと言って出してもらったら、メモは鉛筆で書かれていました。よく見ると消して書き直した跡もありました。コピーのときはわからなかった。原本を見るのは大事ですね。

芝崎 原本はどうやって証拠化したのでしょうか。

贄田 裁判官にも「ぜひ原本を見てほしい」って言って、どうやって証拠化しましょうという話になって、じゃあ写真撮って出してくださいってなったって感じですね。もちろん尋問のときに原本を提示しました。ついコピーで済ませちゃいたいところなんですけど、特にああいう手書きのものは、原本を見ておいて本当によかったなと思いましたよ。結局、鑑定メモに基づく鑑定人の証言の信用性は否定されました。

芝崎 先ほど保管庫の話が出ましたが、保管庫なんて検察修習のときに、検察庁の地下のやつをちょっと見せてもらったぐらいですね。今はいろいろな商品の在庫がQRコードで管理されている時代なのに、捜査機関だけ手書きのメモというわけにいかないですよね。

贄田 「わからない」というのが一番、もどかしいところなのですよね。先ほどの覚醒剤の事件でも結局、証拠の保管については警察の証言で立証するのです。警部が出てきて、「採尿容器は後ろの冷蔵庫に入れていました」「鍵はここに置いていました」と言うのだけれど、弾劾しようがないじゃないですか。証言しかなくて、客観的な裏付けは全くないんですよね。写真も撮ってない。分量の差があったんで、ある意味、保管過程が不透明だったから勝てたっていう事件でしたね。検察が保管過程を立証しきれなかったから。

 この事件はいい教訓になりましたよね。いろいろ学びました。さっきの、証拠を本人に見てもらうのも大事だっていうのと、証拠原本を見るって大事だなっていうこと。この事件は、証拠の保管過程や鑑定の不透明さが浮き彫りになった事件でした。本来、証拠の保管や鑑定が適正に行われているか検証できなければ、正しい事実認定はできません。科学的鑑定の透明化は必須の要請だと思います。

*贄田健二郎「証拠の同一性立証の現状と課題──証拠の保管過程を中心に」後藤昭編集代表『裁判員時代の刑事証拠法』(日本評論社、2021年)123〜138頁参照。

(「この弁護士に聞く第40回」『季刊刑事弁護』110号〔2022年〕を転載)

(2022年10月28日公開) 


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