KEIBENの泉タイトル画像

第14回菅野亮弁護士に聞く

サボらずに学び続けたい


1 楽しく学びながら、一つひとつ積み上げていく

虫本 菅野先生は、法医学や司法精神医学など専門的な知識が要求される事件を多く担当されていますが、そういった事件を担当するために普段から、心掛けていることはありますか。

菅野 自分が専門的な知識をある程度は理解していないと、専門家とコミュニケーションも取れません。それに、自分がわからないことを裁判官や裁判員に説明できませんよね。法廷で自信を持って説明したり、尋問するためには当たり前のことですが専門領域を勉強するということが必要です。普段から専門分野の文献を読んだり、研究会や学会に参加して楽しく勉強しています。

虫本 現在、菅野先生は、各分野の専門家や学者とのつながりを多く持っていますが。最初はどうやって知り合うのですか。いきなり、飛び込んでお願いするものですか。

菅野 飛び込んでいく場合もあります。担当した事件と関係しそうな著名な学者の論文を見つけたものの、その先生とまったく面識がなくて、まずは、「相談に乗ってもらえませんか」といったお手紙を出して会いにいったこともありました。あとは一期一会の出会いを大切にして、人の輪を広げていくことが大事だと思っています。相談にのってもらった事件では、顛末の報告やお礼をしたり、礼儀をもって行いたいですね。

虫本 学会や研究会に参加されて知り合いが増えると、面識のある専門家が検察側証人として法廷に来るということもあると思いますが、そういう場合はどんなふうに接していますか。

菅野 普通に話をしています。できる限り証人とコミュニケーションを取って、その人の考えていることやキャラクターを把握しておかないと、尋問はうまくいかないと思っています。敵性証人であったとしても、特に専門家証人については敬意と礼儀を持って接していくということが大事だと思っています。

虫本 なるほど。ちなみに、今、インタビューしている事務所のテーブルの上に頭蓋骨の模型がありますけど、なんでこんな物が置いてあるんですか。

菅野 頭蓋骨骨折という事件があれば、こういった模型があったほうがいいですね。どこが骨折したとか、脊髄のどこが損傷したといったことは専門家ではないのでイメージできません。これも法医学医のところに持って行って、骨折線を鉛筆で書いてもらったものです。わかるためにはいろいろ工夫が必要です。また、法廷にこういった模型を持っていって、自分が専門的知識を理解したプロセスをうまく法廷でも伝えることができるように努めています。

虫本 そういう工夫をしてきたという長年の積み重ねがあり、今に至るという感じですね。

菅野 そうですね。楽しく勉強をしながら、一つひとつ積み上げていくということが大事だと思っています。その差が5年、10年、15年とやっていると出てくると思います。

虫本 個別の事件の準備ということを離れて普段からやっていることが、結果的に刑事弁護のスキルにつながっているということはありますか。

菅野 遊ぶことも仕事も全力ということを常に心がけています。

虫本 遊びや趣味が刑事弁護につながっているのですか。

菅野 私は登山が好きなのですが、簡単に登れる山よりも、ハードな岩稜帯や厳冬期の山のような難易度の高い山を登るほうが好きですね。技術がなければ登れませんし、苦しくても一歩一歩積み上げていったらいつか頂上につきます。もちろん死ぬかもしれないし、実際に吹雪で撤退ということもあります。このあたりの感覚は、反対尋問も同じですよね、多分。なので、刑事弁護と登山はつながりがあるんじゃないかなと勝手に思って楽しんでいます。

虫本 なるほど。ちなみに、刑事事件以外の仕事で刑事弁護につながっていることはありますか。

菅野 専門領域のスキルを持った職人たちの技術や考えを、民事事件・倒産事件等でも丁寧に勉強するという意識を持っています。たとえば、民事事件等で金融機関の職員の方とお話をすることも多いですが、刑事事件で金融機関の人を尋問する事件の場合、「融資のときはこういう書類を見ますよね」「債権管理の段階ではこういう手続を取りますよね」といったことを知っていると、証人とうまくコミュニケーションが取れます。いまは、IT化も進みスコアリングシステムなので、融資の実情も違うんでしょうが、かつて、ある金融機関の職員が、「融資のノウハウは秘伝のスープだ」とおっしゃっていました。そうした各専門領域の秘伝のスープをたくさん飲んでみたいですね。どんな事件でもどこでつながりがあるかわからないから一つひとつ掘り下げて勉強し、知識としてストックしていければいいないと思っています。

2 事件に全力で向き合う

虫本 これまで担当された中で最も印象に残っている事件はどのようなものでしょうか。

菅野 1つあげるとすれば、さいたま地裁で3カ月間の公判審理が行われた裁判員裁判(さいたま地判平24年4月13日判例秘書L06750221、LEX/DB25481416)です。浦和にウイークリーマンションを借りて相弁護人だった坂根真也先生と2人で住み、毎日尋問、毎日弁護団会議、そして帰宅しても坂根先生と議論を続けるという生活を3カ月すごしました。60人ぐらいの証人に反対尋問をするわけです。そのために、準備して、尋問して、会議して、反省してという毎日を繰り返していました。この事件で岡慎一先生や神山啓史先生から直接ご指導を受け、刑事事件の経験値を少し上げることができたように思います。

虫本 「100人組手」をやって技を極める武術家みたいな話ですね。

菅野 普段は他の仕事があったり家庭があったりするわけで、その事件だけにすべて費やす瞬間って、なかなか経験できないじゃないですか。朝から晩までその事件にだけ没頭できたのは、とても苦しい3カ月間ではありましたけど、幸せな時間でした。

虫本 一昨年、保険金殺人の事件(千葉地判令2年12月16日判例秘書L07551134)を菅野先生と共同で担当しました。実行犯である共犯者に対する菅野先生の反対尋問を見ていて、技術の先にある法廷の雰囲気づくりや証人とのコミュニケーションの難しさ、絶妙な尋問の狙いがうまく「はまった」ときの効果を感じました。あのときの尋問では、どういうことを狙っていましたか。

菅野 あの事案の一番重要な検察側証人は実行犯でした。だから、検察官は「実行犯は我々の依頼者と一緒にやった」「依頼者に励まされた」という共同正犯ストーリーで主尋問は攻めてくるはずです。弁護人とすれば、逆に、実行犯が自分で張り切ってやった、依頼者はイヤイヤながら手伝っていたのだという幇助ストーリーにいかにはめるかということを意識していました。こちらの幇助ストーリーにはめるためには、実行犯が最低限認めてくれるコアな事実がある。また、否定されるにしても、本人はイエスと言わないことを質問し事実認定者に実行犯の証言の不自然さを感じてもらったり、後で客観証拠と矛盾する証言を得るためのトラップを仕掛けたりするわけです。聞き終わった事実認定者が「張り切って実行犯が自分でやっちゃったのね」と感じる物語を仕上げる戦略で臨んだ反対尋問でした。大切なことは、すべての証拠関係を検討して尋問時に何が見せられるか、後で事実認定者が記憶に残りやすい証言は何かといったことを常に考えながら尋問をして矛盾を突く、あるいはあえて矛盾を突かない、この選択はとても難しい、デリケートでギリギリの選択ということです。ギリギリ、12枚歯アイゼンの前爪がひっかかるのか、雪庇を踏み抜き滑落するか、反対尋問はとても危険なパートです。

虫本 菅野先生の専門家証人に対する尋問を聞いていると、自分がその分野の正しい専門知識を持っているということをあえて口に出すことで、「この人は話が通じる人なんだ」と証人に印象づけているのかなと感じることがあります。そういった証人との駆け引きとか関係性みたいなことは意識されていますか。

菅野 専門家なら尋問している人が門外漢だといくらでも誤魔化しができます。他方で、もし自分と同じ専門家の場合、適当な説明はできないですよね。事前に証人に当たるときにも、「この弁護士はよく勉強してきているな」「ちゃんとした知識もあるんだな」というところをきちんと見せることによって、法廷が、誤魔化しの利かない真剣勝負になるという感じはしています。

 また、先述した事案のように共犯者も、「あいつどこまで知っているんだろう」と値踏みしながらこっちを見ているわけですから、「ここまでちゃんとわかっているよ」というところが伝わったほうが、相手は誤魔化せないですよね。逆に、何にも知らないふりをして喋らせて、客観的証拠と矛盾を生じさせる。証人のタイプにもよりますが、一つひとつ真剣勝負の場に、どういう演出をしていくかということは常に熟考しています。

虫本 私は、菅野先生の公判前整理の立ち振る舞いも、とても参考にさせてもらっています。いかに公判前の中で弁護人が主導権を握るかということかもしれませんが、審理計画の立て方や、誰を証人として呼ぶべきかといったことについて、公判前の段階で裁判官を巻き込んで弁護人の問題意識を植え付けておくという戦略的な意図もあるのでしょうか。

菅野 公判前の段階からゴールを見据えたうえで、やりたいことや必要とされる時間を必要に応じて伝えていく。当事者主義である以上、最後の裁判も自分たちでコントロールしたいわけです。公判前でも検察官と弁護人が考えていることを、うまく裁判官が納得して我々が提案した枠組みでやってもらえるようにできたらいいなと思っています。

虫本 菅野先生は、公判前で攻め時だと判断したらご自身の問題意識を、割と踏み込んで発言して、大きな流れをつくろうとされている印象を受けます。

菅野 そうですね。弁護人が必要だと考える審理の枠組みを考えて、必要な情報だと思ったら裁判所、検察官にもそれを伝えていく。以前、責任能力事案で、裁判官も専門家の対質をやったことがないという事情がありました。その際に、「こういう順番でこういう項目で、ここまでは聞いていいけど、ここまでは聞くべきでないと思いますけどどうですか」というようにプランニングを提案してそのとおりに実施されたことがありました。ただ、弁護人として、どこにメリットがあるかということは一番考えなければならなくて、このケースでは対質という枠組みを用いたことが依頼者のメリットとなったと今も思っています。

3 教える立場になって

虫本 菅野先生は、2013年に司法研修所の刑事弁護教官になられていますが、どういった修習生に対して何を伝えたいと心がけていたのでしょうか。

菅野 当時は刑事弁護教官の中には裁判員裁判の経験がなかったり、刑事事件の経験自体がないという人もいて、司法研修所で教えていることが理想とされる刑事弁護と大きく乖離していました。ですから、私が実務で経験したことを普通に話せばいいという意識で、実際の事件をどういうふうに刑事弁護人が考えるのか、私の話を聞いて一緒に考えてもらい、そのエッセンスを学んでくれればいいという授業をしてきたつもりです。授業だけでなく、接見につれて行ったり、自分の担当する裁判員裁判の法廷を見に来てもらったりしていたんですが、修習生には、刑事弁護人も捨てたもんじゃないだろう、というのを見てほしかったんですね。

 私自身は、刑事弁護をやっている修習先の先生方を見て「刑事弁護人っていいな」と思えたので、刑事弁護教官である私を見て刑事弁護をやってみようと興味を持ってもらえたらいいなというとことが希望でした。教官がひとつのロールモデルになって、刑事弁護を面白いと感じてもらえるきっかけになってほしいなと思っています。

虫本 研修所の教官以外にも、弁護士向けの研修講師も非常に多く担当されていますが、自分より若い世代の弁護士達に伝えたいと考えていることは何でしょうか。

菅野 まずは、依頼者を全力で弁護する情熱とそのための技術を磨いてほしいです。自分も駆け出しで右も左もわからないときに、刑事弁護に熱心に取り組む先生方、高野隆先生や後藤貞人先生たちと一緒に研修に参加させてもらい、指導を受けたことは大変勉強になりました。

 研修をする前に私自身が改めて勉強し直すのですが、教えるためには自分が正確に理解していなければならないし、理解した内容を言語化し汎用的な知識として整理できることが必要になります。それをやることによって自分がもう一度自分の刑事弁護スキルを確認するいい機会になっています。なので、そういう意味では自分もいい機会をもらっているかなと思っています。ただ、私自身、大分ポンコツなので、そろそろ、虫本さんとか若手にまかせて、引退でもいいかと思いますけどね。

虫本 菅野先生の代わりは利きませんので、当分引退は諦めてください。菅野先生がキャリアを重ねてきた中で、裁判員裁判のスタートを始め刑事弁護業界も大きく変わってきたと思います。これから先の刑事弁護はどのようになっていくとお考えですか。

菅野 刑事弁護は、どんどん専門的な領域になりつつあると感じています。従来の知識だけでは対応できない、ある程度きちんと研修を受けて研鑽を積んでいかないと火傷してしまいます。ただその中で、法廷の活動が好きな人がいてもいいし、更生支援に特化して判決後にもいろいろな関わりを持ちたいという人もいていいと思います。だから専門化して勉強するだけじゃなくて、まずは自分が何をやりたいのかなということを見失わないようにする必要があるのじゃないかと思います。自分が目指すべきものは何かということは漠然としていてイメージができないかもしれませんが、サボらずこつこつ一件一件に向き合うことで漠然としたイメージがクリアになっていくし、やりたいことのために技術も追求することになります。

虫本 最後に、菅野先生が目指す理想の刑事弁護士人像をお聞かせください。

菅野 私が札幌で修習を受けていたときに見た姿で本当に今も覚えているのは、修習先の笹森学先生が「取調べは辛いだろう」「世間話をしに行くんだよ」と言って黙秘をしている被疑者に雪の中、毎日会いに行くんだよね。技術だけじゃない優しい弁護人はかっこいいなと当時思いました。笹森先生だけでなく、直接ご指導を受けた長野順一先生や川上有先生も、ものすごい依頼者に優しい。修習先の事務所で問題をおこして追い出されたり、修習中たくさん問題を起こしていたろくでもない修習生だった私に、とても優しくしてくれました。そういった優しくて理想的な先輩たちの姿に一歩でも近づきたいと思っています。

 ただ、技術がなければ依頼者を助けることはできません。目指すべき先輩たちは、日々技術を高めて素晴らしい活動をされています。そういう素晴らしい先輩たちの背中を必死に追い掛けていきたいですね。

(「この弁護士に聞く第41回」『季刊刑事弁護』111号〔2022年〕を転載)

(2023年02月20日公開) 


こちらの記事もおすすめ