刑事弁護の情報と知が集まるポータルサイト

漫画家・浅見理都が刑事弁護人に聞くザイヤのオオカミ

第4回 髙橋宗吾弁護士に聞く(2)

先輩から受け継ぎ、若手が変えていく刑事弁護

地域や世代の差を無くし、いろいろな人を巻き込む


12

妻が刺されて死んだら、その加害者を弁護しますか?

 最初から、刑事弁護をすることについての悩みはなかったんですか。

 インターンは楽しかったですけど、厳しい判決の場面も見ていましたし、簡単な仕事でないことはわかっていました。だから、仕事を始めるにあたって、どこかで何らかの悩みにぶつかるだろうとは思っていました。

 ただ、最初から見ていた弁護士たちがそういう悩みを表に出すタイプではなかったので、あまり不安感を持たずにこの世界に入ってきたほうだとは思います。

 実際に自分で事件を担当するようになって、依頼者と話していく中でも、まったくその人の話が理解できない、自分とは別の世界の人だと思うような依頼者はこれまでまったくと言っていいほどいません。

 どんな事件で接する依頼者にも、それなりの理由や言い分があると思えるので、幸い、そこに対しては悩みがありません。

 そういう依頼者に頼られているのに、結果がなかなか出せないということへの悩みは深いですが……。

 こんなことを話すと、家族からは「サイコパス的なところがある」なんて言われたりもしています。

 サイコパスと言われるんですか。

 冗談半分ですが、妻から言われることがたまにあります。

 それはどういったところで?

 妻からは「私が仮に刺されて死んだら、その人の弁護をするか、しないか」みたいなことを聞かれて……。

 究極の問いですね。

 「確かに。それは、そこに立ってみないとどうしようもなくわからないけれど、コンフリクトを考えなくてよくて、国選で回ってきたらやるかもね」みたいなことを言ったら、どん引きされました。

 あとは、「自分が誰かに刺されたけど死んでいない」みたいなときに、ある程度事件の真相を自分はわかっている。その上で、それがどういうふうに証拠・裁判に表れてくるのか。変な話だけど、そういうことを妄想したりもします。

 ご自身が被害者という立場で。

 そのときに限っては、自分が真実を知っているわけです。自分が弁護人として参加するかは別として、真実と刑事裁判の結果がどのように変わってくるのかはかなり興味のあるところです。

 刺されているのに?

 そういうことを考えることもある、というだけです。「変だな」と思われるかもしれないですね。

 実際にやろうと思ったらできることなんですか。

 自分が被害者だったら、さすがに明確なコンフリクトだからできないのではないでしょうか。

 そうですよね。何か、報復感情みたいなものがあると。

 先ほどの奥さんの質問では、奥さんの立場からすると「それは無理だ」というのがベストな答えだったかもしれないです。

 それは、そうだと思います。深く反省しています。

 漫画家からしたら喜ぶ答えなんですけれども。

1件いい結果が出ると、つらかったことも忘れられる

 刑事弁護をやっていて、何かつまずいたことはありませんか。

 つまずいたというわけではありませんが、弁護士になるときに勝手に思い描いていたような成果はなかなか出ない世界だとは感じています。

 インターンに行ったときから、日本でも有数の弁護士たちがやっていることを近くで見られる立場にあったし、刑事弁護に興味を持って学生の頃からいろいろと勉強していたから、「自分もこの人たちと同じようにバリバリ結果を出せるんじゃないか」みたいな気持ちが、弁護士になりたてのときはありました。

 だけど、実際に自分で事件をやっていくようになって、「これは自分の事件だ!」という感覚で勇んでいろいろ勉強したことをやってみます。ですが、ことごとく裁判官から跳ね返されることがありました。今もですが、そう簡単に結果が出る世界ではありません。

 無罪をどんどん取れるとはさすがに思っていませんでしたが、やるだけのことをやったら、身体拘束からの解放はスムーズにできるはずだとか、保釈の面接でも話せばわかってもらえるだろうとか思っていた。でも、これがどうしても通らない。そもそも議論をしてもらえない。これは、しばらく事件をやった頃になって、結構きつかったです。

 身体拘束をされたままの依頼者がどんどん増えていくので、接見でも毎日あちこち行く必要が出てきます。体もきつくなるし、刑事弁護は厳しい仕事だと1年目の終わりぐらいには思ってました。

 取り合ってもらうことすらままならないのは、辛そうですが慣れはありますか。

 一個一個の仕事のスピードが速くなってくるので、体の負担は減っていきますが、心の負担は溜まっていくような気がします。

 ただ刑事弁護のいいところは、1件いい結果が出ると、今までが全部チャラになるぐらい、ストレートな成果を得やすい仕事だということです。だから続けていけるんだと思います。ほとんど依存症患者みたいですね。1回パッと解消すると、つらかったことを忘れて、結局またずっとやっているみたいなところはあります。

 これはきついだろうと思っていた保釈請求について、意外と裁判官が熱心に話を聞いてくれて、いろいろ議論しながら資料を集めた結果、保釈が出たとかでもいいです。

 あるいは、相場的に執行猶予はきついかなと思っていたのが、いろいろ工夫して情状立証をした結果、執行猶予になるというのでもいいです。どちらも、依頼者にとってはとても大きなことだし、自分でもとてもほっとする場面です。

 無罪という成果に限らず、何か成果が出るとストレートに依頼者と安堵感を共有できる仕事なので、そこは刑事事件のいいところだと思っています。

 成果が出た時の達成感はすごそうです。

模索する自分のスタイル

 これまでに、刑事弁護を辞めようと思ったことは、1回もないんですか。

 「辞めようかな」まではないですが、私の中では大きな悩みというか挫折はありました。私がずっと見ていた弁護士たち——高野先生や趙さんも含めてですが、刑事事件ほぼ一つで身を立てているような職人肌の人たちが多くいます。私が弁護士になるときには、自分もそういう職人的な仕事のできる弁護士になりたいと憧れていた部分がありました。

 ただ、実際に弁護士としていろいろなことを経験してくると、自分の特性は職人的に仕事をしていくことではないかもしれないということに気づき、勝手に絶望するみたいなことはありました。

 それは憧れていた弁護士像と、自分のタイプがちょっと違うなみたいな。

 別にどっちがいい・悪いの話ではないですけど、自分がなりたかったのは刑事弁護100点の弁護士だったのかもしれないです。

 でも、実際にはいろいろな人を繋いでビジネスを創っていくとか、これまでの大手企業志向から脱却して新しい働き方を模索し、奮闘している同世代のフリーランスの人たちを支援するという仕事も楽しいです。自分でもそういう人との広いかかわりの中で仕事をしていくのも性に合っているなということに気づきました。

 職人的な刑事弁護士として成果をあげ続けている先輩や仲間たちを見ながら、「今後、僕はどうしたらいいんだろう」みたいな悩みを持っていました。

 そうなんですか。

 ただ単に憧れに届かなかっただけかもしれないけれど、「この依頼者を趙さんが弁護していたら無罪だったかも」みたいなことを思って、落ち込むことはありました。いろいろなことをやっているけど、結果が出せず中途半端だなと思っていた時期がありました。

 具体的に僕の悩みを深めていたのは、1個上の赤木竜太郎という弁護士です。刑事事件に対して、すごく真摯で、トガった活動をしています。縁あって、ほぼ同期のように仲よくしてもらっていて、いろいろな活動も一緒にやっています。彼みたいに振り切った活動をしている同世代の弁護士は、やはり尊敬します。

 はたから見ていると、刑事弁護人それぞれの強みみたいなものをみなさん自覚していて、その上で自分のスタイルを持っている先生が多いのかと思っていたんですけど……。

 今になって思えば、そうかもしれません。今では、割り切って、自分なりの刑事弁護を模索していきたいとも思っています。この世界にはすごく優れた先輩がたくさんいて、さまざまなお手本があります。それを見ながら、自分がどういう刑事弁護士として活動していくのが依頼者にとってベストなのか、考えていきたいと思います。

(2021年08月30日公開) 

12
インタビュイープロフィール
髙橋宗吾

(たかはし・そうご)


1989年、埼玉県生まれ。早稲田リーガルコモンズ法律事務所京都オフィス代表。K-Ben Next Gen運営メンバー。日弁連刑事弁護センター事務局次長。京都弁護士会刑事委員会委員。共著書として、『量刑弁護アドバンス』(現代人文社、2019年)など。刑事事件の他、中小企業の顧問業務・寺院法務・エンタメ法務にも取り組む。

インタビュアープロフィール
浅見理都

(あさみ・りと)


漫画家。1990年、埼玉県生まれ。『第三日曜日』で第33回MANGA OPEN東村アキコ賞を受賞。『イチケイのカラス』は自身初の連載(モーニングで連載、2018年24号〜2019年14号)。


こちらの記事もおすすめ