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村木厚子氏(元厚生労働事務次官)

『オアシスインタビュー』第1回

【前編】罪を犯した人と私たちはどのように共生できるのか

自分の体験から考えたこと

インタビュアー:菅原直美(弁護士) 2018年8月9日 現代人文社会議室


——警察や検察推薦の委員から反対論が出るのは予想できますが、具体的にはどんな反対意見がありましたか。 

村木 警察が一番強く反対していました。検察はもう郵政不正事件のなかで起こったフロッピー証拠改ざん事件もあったので、ギブアップしていた感じがしました。

反対の理由は、取調べの録音・録画をしたら、きちんとした取調べができなくなる、治安維持に支障が出るという一点張りでした。真犯人を捕まえていないで治安維持というのはおかしい、治安維持のために少々に冤罪は我慢せよというのかと、こちらも反論しました。 

——何か不思議な感じがします。自分たちが適正に取調べをやっているなら、録音・録画してもらっても構わないよって言うのかなと思うんですけど。 

村木 特に警察推薦委員から言われたことは、例えば、警察官だって、のらりくらりやる相手に声を荒げることもあるし、机ぐらいたたくことはある、そんなこともできなくなるとか、あるいは自分の心情や自分のプライベートなことも吐露して、被疑者を一所懸命説得することもあるが、そんなこともできなくなると。

何よりも被疑者が録音・録画されていることでしゃべらなくなることがある。特に、暴力団関係の場合、そうなるということで延々と反論していました。そこで、暴力団関係の人をどうするかとか、幾つかルールを入れながらやったんですが、結局、裁判員裁判の対象事件と検察の独自捜査事件への導入に止まりました。私は、全ての事件で全ての取調べを録音・録画してほしかった。逮捕後の取調べが録音・録画されるようになるとすれば、被疑者となる前とか、あるいは勾留される前の任意の取調べこそが非常に危ないので、全部をと言い続けたんですけど、そこもすごくハードルが高くて、対象は逮捕後の取調べからとなり、だいぶ対象範囲が狭くなりました。 

——取調べの録音・録画の対象事件が絞られてしまいましたが、制度ができたことは大きな一歩ですよね。 

村木 審議会の後半はそこがバトルだったんです。ほかの委員から、裁判も裁判員対象事件とそうではないものとでダブルスタンダードになりかかって心配だと聞いていたので、裁判員裁判以外のものも対象に入れたいなということ発言したのです。

それに一部の学者や実務家からは、「しょせんあんたたち素人でしょ」という雰囲気が相当あったんです。

これは審議会のルールを知っていてよかったなと思うんですけど、1人の意見だと無視される、あるいは1つの分野の代表者だけが言うと無視されるということがあるので、できるだけたくさんの人に同じ意見でも発言をしてもらい、最後は、事務局や座長が困るのは分かっていたのですが、5人の連名で2つ意見書(「新時代の刑事司法制度特別部会 取りまとめに向けての意見」平成26年3月7日http://www.yuki-enishi.com/media_shougai/enzai-03.pdf、「新時代の刑事司法制度特別部会 取りまとめに向けての再意見」平成26年6月12http://www.moj.go.jp/content/000124186.pdfを出しました。少数意見を無視されない雰囲気をいかにつくるかに努力しました。

 ——それはお役所主催の会議の裏方を知っている村木さんならではですね。

村木 それが功を奏したかどうか分かりませんが、いろんなことを証拠に残しておくことが大切ですね。今回、取調べ可視化については不十分な法律でしたが、一つの成果としては、何年かたって、その施行状況を見てまた見直しますよという規定を入れてもらえたことです。そのことによって、あのときはこんな議論でした、なぜ見直し規定が入ったのかと振り返ることができます。そこにわれわれが意見書を出したことの意義があります。それによって、意見書への回答をもらえるとか、審議会の最終報告書にこれを書き込むようお願いするとして、少しでも証拠が残るようにする。だから、1回きりではなくて、みんなでこの法律改正をちゃんと見守って、育てるみたいなことの足掛かりになるようなものを、ちょっとでも残そうということでやったんです。

取調べの録音・録画の施行は来年の6月実施と聞いていますが、今後は多くの国民に新しい法律の施行を見守ってもらう必要があるので、そのためには情報の開示がきちんとなされないといけないんです。一挙に全事件の録音・録画ができなかったからしょうがないですが、宿題を残して終わったというのが、この審議会ですね。 

無罪獲得の意味

——今まで刑事裁判の経験を中心に伺いましたが、最後に、村木さんにとって刑事裁判で無罪を取られたことは、どのような意味があったのでしょうか。 

村木 それに答えるのはすごく難しいことです。無罪判決は普通の生活、自分の元の日常へ戻るパスポートだったわけです。ただ、正直に言うと、自分が裁判をこれから受けるときには、裁判官も神様ではない、正しい結論が出るかどうかは分からないという気持ちがありました。でも、自分だけは少なくとも真実を知っているわけです。真実があって、そこへたまたま裁判官が正しい判断をする、あるいは間違った判断をするということが乗っかってくるんで、裁判官の判断に自分の人生の全てを託すことはしてはいけないと、ずっと裁判を受けている間思っていました。

 ——なるほど。裁判官の判断で、例えば有罪だったら自分の人生が終わりだってならないように、事前に心構えをされていたということですか。

村木 それは相当意識していましたね。ただ、結局普通の社会へ戻るパスポートは無罪判決しかなかった。しかし、多くの人が仮に無罪を取れても、普通の社会に戻れなくなっているケースがたくさんありますね。会社を辞めさせられたとか。報道されてそこにいずらくなって引っ越しするとか。PCりすまし事件の大学生も、大学を退学してその大学には復学しなかったと聞きました。だから、無罪判決は、私にとってはほんとうに元の生活、職場にも戻れる、普通の暮らしに戻れる、ものすごく大事なパスポートだったんです。結構ラッキーだったってことですね。

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