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人質司法は弁護活動を妨害する

亀石 人質司法の弊害として、弁護活動にすごく支障があります。その話について聞かせていただけないでしょうか。

中村 大阪拘置所の接見室は劣悪な環境です。二畳ぐらいしかないような場所で、弁護人も3人入ったらいっぱいで、記録も全部持って入れません。

 本件は経済犯罪ですから、供述調書をはじめ、証拠物は大量にあるわけで全部を持ち込めません。アクリル板がありますから、山岸さんと証拠を共有しながら「これはどうですか」「あれはどうですか」という会議もできません。

 これだけ大きな事件なので、弁護人は10人ぐらいいるわけで、弁護人みんなと証拠を一緒に見ながら、「ああだ、こうだ」と打合せをしなければいけないんですけど、それは不可能でした。

 私は無実だと思っていましたけど、このままでは無実を明らかにするための活動もできない状況でした。だから、保釈でどうしても出てもらわないと困るということを痛感しました。

裁判官が思う保釈とは

亀石 西先生にお聞きしたいんですけど、裁判官が保釈を許可して、カルロス・ゴーンさんみたいに逃げられたとなったら、それは裁判官として「×」が付きますか。

西 今までした裁判で、出世や給料で不利になることはありません。給料は、ある程度のところまではみんな一律で登っていくので、それで不利益になることはありません。

 例えば、私が普通に保釈したときに逃げられたとしても、「あの人が逃げました」みたいな通知はありません。逃げたかどうかもわからないまま、保釈実務をずっとやっています。そういう萎縮されるような情報は入ってきません。

 本当は逃げた人や罪証隠滅した人が悪いんですけど、裁判官としては逃げられたときに、「自分にも責任がある」と思ってしまうと思います。

 弁護人は「保釈してくれ」とは言うけれど、「実際に逃げてしまったときに、あなたたちはどこまで責任を持てるんですか」と警察、検察は責めるでしょう。また、逃げてしまったり、罪証隠滅されたときに、クリーン(適正)な証拠で裁判ができなくなってしまうため、裁判官としては、事件をつぶしてしまうという感覚があります。裁判をやる責任は裁判官しか取れないという責任感はあると思います。

 ただ、私が弁護士になって思ったのは、保釈をしない場合にも、人質司法でクリーンな証拠関係からどんどん離れていってしまうことです。身体拘束が適法であったとしても、 拘束される側からすれば、虚偽の自白をしても出られればいいとか、警察官の証拠にできる限り同意すれば出してもらえるとか、どうしたら釈放してくれるんだろうという発想になります。

 もし本当にクリーンな証拠関係で裁判をしたいのであれば、早期に釈放しないといけないと思います。身体拘束解放を認めないという判断は、公平、公正な裁判から離れていくことになるのではないかと思っています。

亀石 保釈の判断を裁判官が変えていかないと、なかなか変わらないですね。

西 だから、逃亡とか罪証隠滅が起きたらどうしようではなく、発想を転換して、身体拘束を続けていたら虚偽自白になってしまうのではないか。そちら側に目を向けて、保釈をきちんと運用しないといけないと思っています。

繰り返される、でっち上げの冤罪事件

亀石 秋田先生はこの裁判が始まってから、素晴らしい尋問で無罪を勝ち取り、すごく貢献されたのですが、最後に秋田先生にお聞きします。

 以前、村木事件(障碍者郵便制度悪用事件)がありましたが、これは大阪地検特捜部がでっち上げた冤罪事件で、このときの反省が全く活かされていません。今回も「でっち上げの冤罪事件」と言ってもいいと思いますが、何でこういうことが繰り返されるのか。どうしたら止められるのかをお聞きしたいんですけど、いかがでしょうか。

秋田 今、村木事件の話がありましたが、村木事件の後に検察はいろいろと検察官の心がまえを定めた「検察の理念」(2011年)を作りました。

 その理念には、「2 基本的人権を尊重し、刑事手続の適正を確保するとともに、刑事手続における裁判官及び弁護人の担う役割を十分理解しつつ、自らの職責を果たす」、「4 被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的にその評価を行う」、 「5 取調べにおいては、供述の任意性の確保その他必要な配慮をして、真実の供述が得られるよう努める」など、まっとうなことが列挙されているんです。

 山岸さんの部下のKさんに対して、ひどい取り調べをしたのは田渕大輔検事です。田渕検事は、取り調べの最中に「俺たちは金もうけをやっているんじゃないんだ。命懸けているんだ」みたいなことを言いながら、「検察の理念はこうだ」と理念を読み上げています。よくもそのようなことができたと思います。「検察の理念」を正しく理解していれば、そのようなことができるはずがありません。本当に魂が全く入っていない理念を検察庁は作ってしまったことがよくわかります。

 田渕検事は、Kさんに対して、強く机を叩く、大声で怒鳴り続けるという違法な取調べをしました。そのことが、付審判請求に対する大阪地裁の決定で認定されています。

 これは、前述の「検察の理念」に反しています。村木事件を受けて、検察の上層部は一応反省したようなポーズを示したけれども、それが組織全体に徹底していないんです。

 先ほど可視化について、「あんなものをやっても無駄だ」と山岸さんに言われてしまいましたが、私は取調べ可視化の問題に20年以上かかわっており、そこは若干だけ修正をお願いできればと思います。やっぱり可視化があったからこそ、山岸さんが無罪に影響したことは間違いないので、不十分ではあっても可視化は役に立ったと思っています。

 取調べを変えるためにどうするか。要するに、一人ひとりの検事に期待するのは、無理です。可視化が実現しても、まだ田渕検事みたいなことをやってしまう現実があります。では、どうするかというと、残念ながら、制度で変えるしかありません。

 どうやって制度を変えるのか。もう何回も出ていますが、弁護人の立会いです。取調べ室に、捜査機関とは別の人を入れるしかないんです。彼らの密室、つまり彼らの部屋にしてしまったら、可視化されていても、彼らは好き勝手にやってしまうということが、この事件で明らかになったわけです。これから弁護人の立会いをどうやって実現していくかを、人質司法の是正とセットで考えていくべきだろうと思っています。

亀石 弁護人が立会うことに対して、当然、検事は抵抗しますよね。抵抗する理由はどこにあるのでしょうか。

秋田 彼らはよく「真相解明だ」とか言っていますけれど、彼らにとっての真相は彼らの見立てだけで、それに合わせる供述を取りたいという発想が常にあります。中村さんや郷原(信郎)さんみたいな検事もいるかもしれませんが、凝り固まった検事はやっぱりいて、自分の見立てに合わせようとする検事の発想を変えようとしても、残念ながら変わりません。

 そのような見立てにあった供述採取をやるためには「密室が必要だ」という思いが非常に強いので、自分たちの聖域の中で取調べをしなければならないという発想になるんだと思います。

 しかし、制度が変われば、それは変わっていくはずです。例えば、証拠開示についてですが、もともと制度はありませんでした。ですが、裁判員裁判を導入するために証拠開示の新たな制度ができ、弁護人がきちんと請求すれば証拠開示がすすむなど大きく変わっていきました。また、可視化によって取調べの検証ができるようになるなど、変わっている部分も非常にありますので、やはり制度を変えていくことが重要だと思います。

亀石 いままで、山岸さんには取調べの実際をお話しいただきました。検察は、長期間の身体拘束を利用して、被疑者の黙秘権を妨害して検察の思いどおりのストーリーを認めさせている実態、つまり「人質司法」がよく理解できたと思います。また、山岸さんの弁護にあたった弁護士さんから、弁護活動の苦労をお話しいただきました。

 「人質司法」は、被疑者に対する著しい人権侵害という側面だけでなく、弁護人の弁護する権利も妨害している側面があります。検察は、被疑者を長期に拘束しようといろいろな手を使ってきますが、長期勾留を認めているのは裁判官です。この点も忘れてはいけないところです。

 こうした刑事裁判の実態を「ひとごと」だと思わないで、是非、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)とイノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)の共同キャンペーン「ひとごとじゃないよ!人質司法」に参加していただければありがたいです。本日は、ありがとうございました。


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(2023年12月28日公開)


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