1 公表が前倒しになった最高検報告書
前回の連載で、2024年12月20日、法務省が再審制度について、来春にも法制審議会(法制審)に諮問し、見直しを検討する方針を固めたと報じられたことについて言及しました。そのわずか6日後の同年12月26日、最高検察庁は、いわゆる袴田事件の経緯についての検証結果をまとめ、「検証結果報告書(「清水市会社重役宅一家4名殺害の強盗殺人・放火事件」について)」(以下、単に「報告書」といいます)を公表しました[1]。
当初、最高検は袴田さんの事件の検証を「2025年の3月までに」行うと伝えられていました。なぜ、3カ月も前倒しして、判決確定からわずか2カ月余りのこの時期に、検証結果を公表したのでしょうか。
まずは、報告書がどのようなものだったか、見ていきましょう。
2 報告書の概要
⑴ 報告書の構成と検証項目
報告書は冒頭の「第1 はじめに」で、今回の検証を行った理由について、「袴田氏が逮捕されてから再審無罪が確定するまで約58年もの年月が経過しており、その間、再審請求審における司法判断が区々(まちまち)になったことなどによって、袴田氏は、相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれることとなった。刑事司法の一翼を担う検察として、このように袴田氏が相当な長期間にわたり、法的地位が不安定な状況となってしまったことを真摯に受け止め、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことや本件の捜査公判上の問題点を検証し、さらに、今後、再審請求及び再審公判に係る事件(以下、これらを併せて「再審事件」という。)に検察が対応するに当たって講ずべき方策について検討を行った」と述べています。
報告書の大項目は
第1 はじめに
第2 事案の概要
第3 捜査・公判の概況
第4 再審請求審及び再審公判の概況
第5 再審請求審以降の手続の長期化に関する問題点
第6 捜査・公判等について
第7 まとめ(問題点を踏まえた対応策)
第8 おわりに
となっており、「第2」から「第4」までは事件の概要と、確定審および再審請求の経緯の振り返りで17頁が費やされています。いわゆる「検証」がされている部分は「第5」と「第6」で、その結果を踏まえた検察内部の改善策が「第7」に展開される、という構成です。
⑵ 検証項目に対する結論
今回の検証の視点は大きく分けて2つあり、一つは再審請求手続が長期化した要因(報告書「第5」)、もう一つは捜査公判等の問題点(報告書「第6」)でした。
報告書では長期化の原因として検討すべき要因として、①打合せの頻度、各種書面の提出時期、②実験・鑑定、③証拠開示、④検察官抗告、⑤再審公判における有罪立証の5点を挙げましたが、②④⑤についての検察官の対応には問題はなかったと結論づけました。
これに対し、①に関しては、第1次請求審(静岡地裁)では申立てから8年1カ月が経過した時点でも、裁判所主催の打合せ期日が3回しか開かれなったことを指摘し、裁判所が積極的に審理を促進する方策が十分でなかったことが長期化を招いた、としています。また、③に関し、第1次請求審において弁護団が5回にわたる証拠開示命令の申立てを行ったのに対し、検察官が証拠を開示しなかったことについて、現在の視点から見れば消極的な対応であるが、当時の情況の下では検察官の対応に問題があったとは認められない、と結論づけました。その理由として「静岡地裁が職権発動をせず、命令も勧告も行わなかったこと」「弁護人が求めた証拠開示命令の中には、関連する新証拠を提出しないまま行っているものや、どのような新証拠を前提として証拠開示命令の申立てを行っているのかが判然としないものが含まれていた」など、裁判所や請求人・弁護人側に問題があったかのような指摘がされています。
一方、第2次請求審で、検察官が開示できる証拠は任意に開示する方針を示して以降の対応は概ね問題がなかったとしました。もっとも、検察官が「存在しない」と回答していた5点の衣類のネガフィルムや、袴田さんの取調べ録音テープが後に発見されたことについては、「捜査資料や証拠の保管・把握が不十分であった」と認めました。
次に、捜査・公判に関する問題点ついては、警察官の取調べが「深夜・長時間にわたって取調べを行い、写真を示して謝罪を求め、あるいは勾留の長期化をほのめかして自白を迫るなどし、また、取調室内で排尿させるなど袴田氏の自白が任意性を欠くと評価されるものであった」とした上で、検察官において警察の取調べの影響を遮断する措置が十分ではなかったと認めました。また、検察官の取調べも、「袴田さんを犯人であると決めつけたかのような発言をしながら自白を求めるなど、供述に真摯に耳を傾けたものとはいえなかった」と自己批判しています。
その他、報告書は捜査の問題点として、写真撮影による証拠の保全などの初動捜査が不十分だったことが、その後の審理の長期化を招いたことを認め、さらに公判では、検察官の証拠提出が不十分であったことにより、確定控訴審において5点の衣類のうちのズボンのサイズを「B体4号」と誤認させてしまい、再審請求審の審理にも混乱を招いたと指摘しました。
⑶ 問題点を踏まえた対策
報告書は、これらの検証結果を踏まえ、①再審事件の審理の迅速・適正な進行への検察官の適切な寄与、②証拠開示への統一的な方針に基づく適切な対応、③捜査資料や証拠の保管・管理の一層の適正確保、④再審開始決定に対する抗告についての十分かつ慎重な検討を推進するとし、そのために再審事件を担当する検察官を支援する組織の強化、再審に関する知識の共有と研修等を通じた情報共有、警察との認識共有による捜査資料や証拠の保管・管理の一層の適正確保といった対応策を講じるとしています。
そして報告書は、次のような記述で結ばれています。
「本検証において検討したとおり、本件が確定するまでに長期間を要した原因には、再審事件の審理の進行、証拠の開示、取調べを含む捜査活動や公判活動等をめぐる様々なものがあった。検察としては、本検証において明らかになったこれらの問題点等を踏まえ、これを教訓に、捜査当初からの適正かつ徹底した捜査及び公判審理の充実に努めるとともに、再審事件に臨むに当たっては、確定判決の重みを十分に尊重しつつも、裁判所の審理が迅速かつ適切に行われるよう、真摯に対応していく所存である」。
3 「検証」と呼ぶに値しない報告書
しかし、この最高検の報告書は、その方法、検証対象の設定、そして検証内容や結論のすべてにわたり、およそ「検証」の名に値しないものといわざるを得ません。
次回では、この点について詳細に解説していきます。
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注/用語解説 [ + ]
(2025年01月27日公開)