裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第10回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第10回

同じ裁判、別な視点

山下美紀さん

公判期日:2017年10月23日~11月2日/東京地方裁判所
起訴罪名:強盗傷人ほか
インタビューアー:田口真義


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山下美紀さん(2025年5月29日、筆者撮影)

本当にいいの?——公判

 初公判の日の朝、山下さんはやはり「丸の内のOLさん」気分で裁判所へ向かった。

 小野さんの記憶にはなかった初日の台風。それよりも、冷やした肝が今度は据わる様子に驚いた。「緊張よりも好奇心が勝っていた」と言うが、初公判でそこまで冷静に法廷を見渡せる度胸は立派なものだ。中国籍の被告人の印象はどうだろう。

 人間性はさておき、知能の高い青年だったようだ。検察官、弁護人、それぞれの冒頭陳述を聴かせてもらう。

 やはり、ここは小野さんと同様の感想みたいだ。証拠も含めて公判全体への理解度はどうだっただろうか。

 同じ法廷での出来事だが、山下さんと小野さんでは少しずつ捉え方が違う。しかし、証人のうち印象深かった存在としては、やはり被告人の母親を挙げた。そして、被告人によるある発言にも驚いたそうだ。

 ここでも彼女たちの感性に相違が現れる。だが、それこそが裁判員裁判だと確信をもって言える。公判は検察官による懲役12年という論告求刑と、弁護人による執行猶予を求める求刑意見をもって結審した。

日比谷公園でリセット——評議

 ここからは評議だが、やはり小野さんとは別な視点からの様子が浮かび上がってくる。

 話しやすい雰囲気の合議体と裁判長を中心にした議論は、被告人を主犯格と認定し、起訴罪名通り強盗傷人を適用することになった。続く量刑判断において、山下さんから量刑検索システムの運用に注文がついた。

 とても重要な指摘に頷いた。量刑検索システムの運用に際して、丁寧な説明はもちろん視覚的にも見やすくすることが肝要だろう。懲役9年という結論だが、そこへの道のりの険しさが「本当に決まってよかった」という山下さんの言葉に表れている。他方で、評議室の外での話が面白かった。帰宅時と休憩時間の話だ。

 「ビジネス街の緑のオアシス」と表される日比谷公園が非日常から日常への転換点になっていたというのは興味深い。行きは霞ケ関駅だが、帰りは裁判所から徒歩圏内の駅を使って様々なルートで帰宅していたそうだ。もう一つ、小野さんの発言から気になったのが「席替え」だ。

評議室見取図(左)と裁判員従事証明書(右)

 なるほど。法廷での席替えは裁判長の計らいではなく、裁判員の意見から転じたことだった。いずれにしても山下さんたち合議体は、被告人に懲役9年という判決を言い渡すために判決公判に臨む。

日常が非日常——判決~裁判後

 「主文」、テレビや映画で見聞きしていても、実際の法廷で直に聞くと重みが違う。他方、補充裁判員が一緒に法壇に座れなかったことについて、山下さんはこんな捉え方を聴かせてくれた。

 小野さんの感想と比べると面白い。記者会見を経て、女性裁判員たちで食事にも行き、無事に裁判員を務め終えた山下さんだが、職場をはじめ日常生活で不思議な現象に見舞われた。

 脳だけが疲れる感覚と日常生活への違和感。これらはかなりの確率で裁判員経験者に共通する現象だ。今は、すっかり日常生活を取り戻している山下さんの考え方は、裁判員経験を通じてどのように変化しただろうか。

LJCC東京交流会に参加した山下美紀さんと小野麻由美さん(右から3人目と2人目)(2019年8月25日、LJCC提供)

 当たるはずがないと思っていたクジが当たってしまったことで、多角的な視点を得たと言う山下さん。最後に、ご実家のお話を聴かせてもらいたい。

 「お前は、いつも決めた後に言う!」と、呆れられていたお父様にはもう報告できない。それでも、裁判員経験から得られたものを胸に、山下さんは今日も羽田空港へ向かう。得られたものの最たる存在として、同じ非日常の時間を過ごした小野さんを挙げる。

(2025年5月29日インタビュー)


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第7回 誕生日ばってん裁判員(末﨑賢二さん)
第8回 それはそれ、これはこれ(濱清次さん)
第9回 コロンボの思考(大木春男さん)

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(2025年10月15日公開)


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