リレー連載 冤罪・再審 全国縦断レポート<br>第4回

リレー連載 冤罪・再審 全国縦断レポート
第4回

袴田事件

「検事総長談話・静岡県警の検証・最高検察庁の検証」を検証する

笹森 学 弁護士


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3 静岡県警察本部と最高検の検証結果

 静岡県県警本部が「再審無罪判決を踏まえた事実確認の結果について」と題し(別紙を含め11頁)、最高検が「検証結果報告書(「清水市会社重役宅一家4名殺害の強盗殺人・放火事件」について)」と題し(資料を含め102頁)、2024年12月26日、示し合わせたように検証結果を発表した。

⑴ 証拠のねつ造についての検証

 世間の注目の的は、「証拠のねつ造」について、双方どのように検証し総括したかという点であった。

 県警本部の報告書は「ねつ造を行ったことを窺わせる具体的な事実や証言を得ることはできなかったが、一方で、そのようなねつ造が行われなかったことを明らかにする具体的な事実や証言を得ることもできなかった」とし、不明とした(もっとも、このような両論併記は、最高検と比較すればまだ良心的とも言える)。

 他方、最高検の報告書は、無罪判決で証拠のねつ造と指摘された点について現実にはあり得ないとして「検証しない」としたが、折々で無罪判決を論難している。このような姿勢は不誠実極まりなく社会的に見ても相当性に欠くと思われる。

⑵ 検証すべき本質とは

 県警本部が検証すべきは、当時の捜査本部が作成し1968年2月15日に発行された「清水市横砂会社重役宅一家4名殺害の強盗殺人、放火事件捜査記録」も踏まえた捜査過程の全面的な検証だった。最高検が検証すべきはその「捜査記録」を追認した当時の検察官の判断であったはずである。

 なぜなら、「捜査記録」は「本件は被告人の自供を得なければ真相把握が困難な事件であった」と総括していたからである。

 これは「(証拠排除した後の)他の証拠で認められる本件の事実関係には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない、あるいは少なくとも説明が極めて困難である事実関係が含まれているとはいえず、被告人が本件犯行の犯人とは認められない」とした再審無罪判決と同旨である。

 ところが、両者がこれらを踏まえて検証した形跡は窺われない。すなわち県警本部の報告書には「当時の事件記録等に記載されている警察の捜査活動の内容を再確認した」とあるが、「捜査記録」を含めていたかは明らかではない。最高検のものは「捜査記録」のタイトルとほぼ同じであるものの、基本は再審請求審での検察官の対応に限定している。

 これでは検証したとは全く言えない。

 特に検察庁は、起訴前捜査については取調べの在り方に関して若干の反省を述べるものの、検察官の捜査全般や確定審での訴訟行為等については全く検討しなかった。しかも捜査・起訴・公判を担当した吉村英三元検事の事情聴取すらしていない。無罪判決は、確定審での検察官の訴訟行為等を詳細に分析して「証拠ねつ造」への加担を認定しているから、反発するのであれば同じアプローチで検証し、反論があるならすべきであった。

 しかし最高検は、検証対象を再審請求審の検察官の対応に限定、しかもそのほとんどに問題はなかったとした。

 そもそも起訴が妥当だったのか(取調べ録画制度がある現在の実務では巖さんの自白は採取できなかったはずで、自白を除く当時の証拠関係で巖さんの起訴に踏み切る検察官がいるとは思えず、本来は処分保留で釈放されたと思われる)、確定審における検察官の訴訟行為等が相当だったのか(無罪方向の重要な証拠が多く隠蔽されていた)、問題は山積していたが、結局それらを不問に付した。

 これでは検証に値しない。

 しかも再審請求審についても、警察・弁護人・裁判所への責任転嫁ばかりで、今後の誤判防止の糧となるような検証内容ではなかった。

 無罪判決が捜査機関の「ねつ造」を認定したのは、法医学者ら5名の詳細な尋問を経て、あくまで立証責任の観点から、検察官が「1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残る」ことを証明できなかったと判断したからである。すなわち『訴訟的真実』として「ねつ造」を認定したのである。最高検はまずこの点を正しく自覚すべきだった。しかも無罪判決は公判の経緯を仔細に分析して「捜査機関が5点の衣類のねつ造に及ぶことが現実的に想定し得る状況であった」とも認定した。

 これに対し、検事総長談話も検証報告書も、条件反射のように捜査機関の「ねつ造」を否定するのは『実体的真実』の観点からあり得ないと反発している訳で、最初からスタートラインを間違えている。すなわち、検察としては「訴訟的真実としてのねつ造」の認定を真摯に受け止めたうえで、何が立証上の失敗であったのかを検証すべきだった。

 検察庁が、子どもじみた感情論を前提として検証すべき点を検証しない組織である限り、今後の適正な捜査や起訴権限の適正な運用、再審制度の改正について、残念ながら何も期待できないであろう。

4 検証結果の具体的な検討

⑴ 静岡県警察本部の報告書

 検証の目的を静岡地裁の再審無罪判決で「捜査に対して非常に厳しい指摘がなされた」ため「今後一層の適正捜査の推進に資する教訓を得るために実施した」とし、当時の捜査員や事件関係者らから聴取し事件記録の確認をしたという。しかし、聴取をした捜査員がいずれも5点の衣類や共布の捜査に従事していなかったことから新たな証言は得られず、「ねつ造」は不明とした。

 県警が事件直後に味噌工場を捜索した際、会社側から「商品としての価値はなくなる」と頼まれたためタンク内を詳しく調べなかったとされる点について「結果として捜査が不十分であったと言わざるを得ない」とし、これが再審請求審の長期化やねつ造を認定される要因の1つになったと捉え「改めて初動捜査の重要性を認識させる教訓とすべきである」とした。

 しかし、この分析は5点の衣類を「発見し損ねた」とするもので「後日投入された」とした無罪判決の認定を無視しており、検証の本質を誤っている。

 取調べについては、無罪判決の認定を確認し「不適正であったと言わざるを得ない」とし、弁護士との接見の盗聴録音について「被疑者勾留そのものの正当性を阻却し、ひいてはその勾留中に行われる捜査活動によって得られる証拠全ての信用性に疑義を生じさせかねない重大な違法」とし「深く反省するとともに、今後の適正捜査に向けた教訓としなければならない」と当然のことを述べるだけで、その原因の追究が全くなされておらず、不十分である(捜査記録には自白を迫る動機や方針が記されている)。

 さらに県警が保管していた5点の衣類のカラー写真のネガと取調べの録音テープが、ともに2014年まで見つからなかった経緯について、ネガが「他の書類等に紛れていることは想定されなかった」と釈明し「整理整頓がなされていればこのような事態にはなっていなかった」とした一方、録音テープについては「証拠物件として保管管理すべき対象と捉えられていなかった」と弁解した。

 しかし、録音したのは警察であり、自白の任意性に関わる重要証拠である以上「証拠隠し」以外の何物でもなく、これまた原因追究がされていない。

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(2025年11月05日公開)


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