裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第12回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第12回

言い切れない、割り切れない

宇杉公一さん

公判期日:2013年2月7日~2月21日/名古屋地方裁判所
起訴罪名:覚醒剤密輸ほか
インタビューアー:田口真義

 


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宇杉公一(うすぎ・こういち)さん(2025年9月10日、筆者撮影) 

テレビ屋稼業 

 2013年春、まもなく裁判員制度4年というタイミングで、名古屋のテレビ局から取材依頼の電話が入った。その4日後には記者とカメラマンの2名が私の仕事場まで来ていた。在名テレビジョン放送局、いわゆる準キー局の名刺を持って現れた2人のうち、テレビカメラを回していた方が宇杉公一(うすぎ・こういち)さんだ。 

 「これって誰でも選ばれる可能性があるんです! それも突然くるんですよ!」 

 取材から約1週間後に、東海三県でオンエアされたニュース番組内の特集で、宇杉さんは自らこう語っていた。取材時に裁判員経験者だと聞いた時は驚いた。もちろん、その場でLJCC(Lay Judge Community Club)に加入していただいたのだが、そのような形での出会いだったため、しばらくは彼をカメラマンだと思い込んでいた。 

 バブル期のテレビ業界を東奔西走していた宇杉さんは、カメラマンで収まるような方ではなかった。ポジティブな意味で「テレビ屋」は的を射ている。 

 京都出身の宇杉さんは、関西弁のイントネーションで話す。学生時代を過ごし、名古屋のテレビ局で番組制作に携わってきたことが、彼をこの地に根付かせた。 

 今回は、そんな報道の視点を持つ、「テレビ屋」宇杉さんの裁判員物語を聴いていく。 

木曜日の天丼——候補者登録通知~選任手続

 「まったくない」という言葉が社交辞令に感じるくらい法律を身に纏っている。『六法全書』は、遺失物を交番へ届けた際の警察官の態度が許せず、理論武装のために購入したそうだ。では、裁判員制度自体はどう映っていたのだろうか。 

 報道機関は就職禁止事由に該当しないし、報道機関だから選定から除外されるというのは都市伝説に近い。それでも、「自分には関係ない」と高をくくっていた宇杉さんに候補者登録通知が届いたのは、2012年の秋だった。当時は、まだ名古屋の準キー局から仕事を受けながら、そのテレビ局に常駐していた。 

 ちょっと心当たりがあるあたりに共感する。この時点では、「できればやりたくない」と思っていた宇杉さんに、呼出状が送られてくる。 

 「裁判員期間中、仕事に来なくてよい。給料も出す。その代わりネタにしてくれ」という業界ならではの打算は、宇杉さんの腹の中にもあったようだ。 

 宇杉さんにとって、裁判所は仕事で何度か行ったことがあるそうだが、中に入るのは初めてだったそうだ。 

 傍聴整理券が抽選になるような大きな裁判の時、各種報道機関は人海戦術で少しでも傍聴席を確保しようとする。その抽選に「3連続」で当たったことがあると言う宇杉さんがまもなく「大当たり」を引き当てる。 

 事件は、中部国際空港に覚醒剤約3,200グラム(当時2億6,000万円相当)を密輸入しようとして、フランス国籍の女性が逮捕、起訴されたといういわゆる覚醒剤密輸だ。フランス語の通訳を介しての公判期日は、被告人が起訴内容を一部否認していたこともあって、10日間の長丁場だった。 

 不謹慎だが、報道機関にとって裁判員は「オイシイ体験」なのだろう。結果として、男性4名、女性2名の正裁判員に男女1名ずつの補充裁判員が選任された。20代から70代まで万遍なく揃った合議体である。 

 「木曜日の天丼」は謎だが、この日は入廷のリハーサルを行って解散した。初日の昼食会はなく、評議室にお菓子もなかったそうだ。ただ、評議室には「疑わしきは被告人の利益に」と書かれた紙が貼り出されていた。 

名古屋地方裁判所(2025年9月11日、筆者撮影)

「私が思うに……」——公判

 翌日、宇杉さんは朝早く自宅を出て自転車で裁判所へと向かった。 

 自転車での登庁は初めて聴いた。念のため、裁判員の服装は基本自由である。

 そして、日本語ができるフランス人とフランス語ができる日本人の通訳2名体制で初公判が幕を開ける。ちなみに、宇杉さんが被告人のことを「被告」と表現するのは、マスメディアならではの業界用語である。 

 判決文によると、被告人はトーゴ共和国で経営していたレストランからパソコン等の盗難被害に遭い、盗まれたパソコン内の情報を元に、首謀者とみられる男から脅迫の電話を受けるようになった。フランスへ戻ろうとしたが、トーゴの空港で警察官から紙片を渡され、「その電話番号に電話しないと仲間が死ぬ」と言われた。フランスからその番号へ電話をすると、今度は指示役とみられる男から、「ヘロインを運んでもらう」と言われ、さらに首謀者からも、「要求に従わなければ孫の指が4本になる。どこの国の警察も買収している」と脅かされ、どこへ行っても監視されているし、家族を守るために従うしかないと意思を固めたとなっている。 

裁判所に近接する名古屋城(2023年9月25日、宇杉公一さん撮影)
裁判所から配布された名古屋地裁周辺案内図

 逮捕時、被告人から薬物反応は一切なかった。どこか闇バイトに通じるような事件だ。公権力を行使する立場として、どんな事件もパターン化せずに捜査を尽くすべきだろう。一方で、輪ゴムで遊ぶ弁護人は論外だ。法廷では常に見られているという緊張感をもって公判に臨んでほしい。 また、前述のとおり、通訳が2名ついての公判となった。 

 外国籍の被告人の場合、言葉の壁はどうしてもつきまとう。やはり同じ覚醒剤密輸事件を扱った「第4回 私たちには優しい裁判長」(2025年4月11日公開)でも判断の難しさが語られた。他方、証人には税関職員が召喚されて、証拠類も裁判員に提示されたのだが、宇杉さんの疑問は募っていった。 

 証人や証拠の不充分さは、多くの裁判員経験者から指摘されている。公判前整理手続において絞り込みすぎると、事件の本質や事実の見落としにつながるのではないだろうか。 そして、被告人質問は通訳を介するため、審理時間の約半分が費された。 

 私は遭遇したことないが、法壇から質問ではなく説教を始める裁判員がたまにいると聞く。フランス人の通訳者といい、裁判長の気苦労は絶えることがない。 

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(2025年12月15日公開)


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