裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第12回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第12回

言い切れない、割り切れない

宇杉公一さん

公判期日:2013年2月7日~2月21日/名古屋地方裁判所
起訴罪名:覚醒剤密輸ほか
インタビューアー:田口真義

 


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宇杉公一さん(2025年9月10日、筆者撮影)

疑わしきは被告人の利益に——評議

 評議室においても、宇杉さんの刑事司法に対する憤りは、鋭い言葉で表れる。 

 事案の重大性への認識と被告人に対して間違った判断をしてはいけないという重責。一方で、被告人が指示役から受け取った日本での滞在費用(約21万円)の少なさに対する宇杉さんの指摘は鋭い。被告人は、「日本に着いたら、タクシーで名古屋市内の◯◯ホテルへ向かえ」と指示されていた。中部国際空港から指示先のホテルまでタクシーで約2万円かかる。2週間を過ごすには計画性のない消費であり、犯意をもって主体的に薬物密輸を行ったとする検察官の主張とは論理的に相容れない。 

 刑事裁判の原則は、説明があったかどうか記憶にないらしいが、宇杉さんの思いとは裏腹に、有罪と認定された。そして最終日、判決公判の開廷時間が近づく中、合議体は懲役8年、罰金350万円という結論に至った。 

自分で調べた量刑データ(出力年月日から公判期間中であることがわかる)

赤字収支と幻の日記——判決公判~裁判後

 釈然としない判決言渡しを経て、宇杉さんは裁判所をあとにした。支給された日当は、新調したスーツ代と、「戦争と平和の資料館(ピースあいち)」に寄附したことで手元に残るどころか赤字収支となったそうだ。 

 宇杉さんなりの「禊」は、同じ裁判員経験者としてよくわかるし、その人柄が周囲を惹きつける。一方で、常駐先のテレビ局との約束、「仕事に反映させる」を実行に移す。 

京都刑務所見学に参加する宇杉さん(右から2人目)(2013年6月4日、LJCC提供)
第2回LJCC名古屋交流会に参加した宇杉公一さん(右端)(2017年4月19日、LJCC提供)

 その仔細にわたる「日記」は、インタビューを前後して探してもらったが残念ながら見つからなかった。そして、宇杉さんが京都刑務所見学に参加した際、着用していたスーツは裁判所で着ていた一張羅だった。 

 無事に仕事にも反映された裁判員という経験は、果たして宇杉さんにとってよい経験だったのだろうか。 

 娘さんたちに向けた言葉には、父親としての覚悟を感じ取れる。ちなみに、「木曜日の天丼」は裁判後にわざわざ食べに行ったそうだ。 

加害者になる可能性

 それでは、経験したからこそわかった司法制度や裁判員制度の改善点を聴いてみたい。 

 大胆ながらも建設的な提言だと思う。裁判員への公判前整理手続の情報共有はぜひ実現すべきだろう。 最後に、「もう一度、機会が巡ってきたら?」と定番の質問をしてみた。 

 たとえ死刑事案だとしても、「覚悟してやるしかない」と言い切る宇杉さん。迷わずやるというその理由に、心から共感した。それに、彼の発言の軸はいつも定まっている。 

 事件の被害者と同じ条件で、いつでも加害者になるかもしれない私たちにとって、よりよい刑事司法でなければ困るのは自分たちということ。「政治と同じように、裁判というのも実は僕らの身近にあるんやで」。インタビュー前の雑談の中で、こう話した宇杉さんの真意が深く理解できた。 

(2025年9月10日インタビュー) 


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第9回 コロンボの思考(大木春男さん)
第10回 同じ裁判、別な視点(山下美紀さん)
第11回 縁あって裁判員(小野利さん)

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(2025年12月15日公開)


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