
疑わしきは被告人の利益に——評議
評議室においても、宇杉さんの刑事司法に対する憤りは、鋭い言葉で表れる。
冒頭陳述のすぐ後から、「中国なら死刑や!」って言う人(裁判員)がいて……。何百回分、何千回分の覚醒剤がどれだけの人を狂わせて、廃人や犯罪も生み出してしまうという重大性は確かにわかります。でも、その人(被告人)にも人生あるわけじゃないですか。その人が55歳で、10年とすると65歳じゃないですか。その人の人生どうなんやろ、と考えますよね。
最初は、どんな噓をつくんやろうって思ってたんです。でも、オバチャン(被告人)はたぶん(覚醒剤が入ったスーツケースを)持ってきたことは確かなんやろうけど、本当に営利目的かと言い切れるだけの証拠が僕の中には見つからなかった。それに、日本に持ち込んだお金があまりにも少なすぎる。
被告は(犯行の全容を)全部知ってたとは言えないなって。「駒」が捕まった時のために、(首謀者は)全部を話さない。だから、(被告人は)噓を言っているのではなく本当に知らない。あながち噓とは言い切れない、言い切れない……がどんどん積み重なっていくわけですよ。
事案の重大性への認識と被告人に対して間違った判断をしてはいけないという重責。一方で、被告人が指示役から受け取った日本での滞在費用(約21万円)の少なさに対する宇杉さんの指摘は鋭い。被告人は、「日本に着いたら、タクシーで名古屋市内の◯◯ホテルへ向かえ」と指示されていた。中部国際空港から指示先のホテルまでタクシーで約2万円かかる。2週間を過ごすには計画性のない消費であり、犯意をもって主体的に薬物密輸を行ったとする検察官の主張とは論理的に相容れない。
評議室に、「疑わしきは被告人の利益に」って貼ってあったので、それを指さして、「これやったら、疑わしいだけで必ずしもそう(有罪)であるとは言い切れないんじゃないか。僕は今のままではクロ(有罪)とは言い切れない」って。
やっぱり、自分が被告席に立った時のことを考えないのかなって。別に、被告の弁護をするつもりはないですけど、検察って噓をどうやって崩していくかが仕事じゃないですか。でも、証拠があまりにも少なすぎるんですよ。『相棒』や『名探偵コナン』でももっと証拠出しますやん(笑)。
裁判長や裁判官は、あまり意見を言わなかったですね。割と裁判員に言わせるというか、順番に意見を言ってくださいみたいに、補充さんどうですかみたいな感じで、あんまり誘導された感じではなかったです。
刑事裁判の原則は、説明があったかどうか記憶にないらしいが、宇杉さんの思いとは裏腹に、有罪と認定された。そして最終日、判決公判の開廷時間が近づく中、合議体は懲役8年、罰金350万円という結論に至った。
頷きはしないけど黙ってました。仕方ないですよね。結局、僕らはうまいこと手のひらに乗せられて、今までの判例に基づいた妥当な8年になったのかなって。
似たような事例で、この判決では懲役何年でしたって(量刑検索システム)。でも、自分でも(インターネットで)調べました。「千葉地裁でフランス国籍の被告人に懲役8年」とか。重いとか軽いとかもわからないですからね。実際(営利目的で)やっているのであれば、(懲役)10年くらいあってもいいと思うんですけど……。

赤字収支と幻の日記——判決公判~裁判後
判決日の傍聴席は、6~7割は埋まってたと思います。被告は、目が完全に泳いじゃっていて、動揺してました。僕もまともに(被告人の)顔見れないですよ……。判決言渡しが始まった直後に、(被告人の)娘さんが2人駆け込んできて、閉廷したあとに被告に駆け寄って、泣きながら「ママ!」って。
釈然としない判決言渡しを経て、宇杉さんは裁判所をあとにした。支給された日当は、新調したスーツ代と、「戦争と平和の資料館(ピースあいち)」に寄附したことで手元に残るどころか赤字収支となったそうだ。
悪銭身に付かずやから(笑)。被告は、フランスから離れて日本の刑務所に63(歳)まで8年間入るんやと思ったら重くないですか。その判断を下した1人ですよ。それ考えるとそんなお金寄附したくなりますよ。人の人生決めてしまって金だけ取るんかいって。良心の呵責、うしろめたさ、ずるい言い方ですけど、やっぱりどこかで人のためになることをやっとかんと(笑)。
宇杉さんなりの「禊」は、同じ裁判員経験者としてよくわかるし、その人柄が周囲を惹きつける。一方で、常駐先のテレビ局との約束、「仕事に反映させる」を実行に移す。
ほぼ毎日、裁判所からテレビ局に行ってました。その日の記録をつけるためです。裁判所で、どんな話が出て、どういうふうに感じたとか、いわゆる日記ですね。
一緒に特集を制作していた同僚が、LJCCを見つけてきて。裁判員の先輩がおるわ、いろいろ話聞けるわって。やっぱり同じ経験をした「仲間」っていうのは大きいですね。それに、刑務所見学も面白かったですね。(出所しても再犯して)帰ってくる人が多くて……これは更生ではないよねって。一定期間隔離しているだけで、本当にこの人たちは更生するんだろうかって。


その仔細にわたる「日記」は、インタビューを前後して探してもらったが残念ながら見つからなかった。そして、宇杉さんが京都刑務所見学に参加した際、着用していたスーツは裁判所で着ていた一張羅だった。
無事に仕事にも反映された裁判員という経験は、果たして宇杉さんにとってよい経験だったのだろうか。
肉体的にも精神的にもしんどかったですね。朝早くに家を出て、終わってからまた会社で記録をつけないといけないですから。でも、やってよかったんでしょうね。やったからわかることってありますよね。やらなかったら何もわからなかったし。
うち娘2人いますけど、(裁判員を)やるなとは言わないでしょうね。「お父さんはやって嫌なこともあった。でもやったからわかったこともあった」と。ただ、誰でも子どもに嫌な思いをさせたくはないですよ。でも、「やってみなはれ」は、こういう時に使う言葉だと思うんですよね。
娘さんたちに向けた言葉には、父親としての覚悟を感じ取れる。ちなみに、「木曜日の天丼」は裁判後にわざわざ食べに行ったそうだ。
心残り解消でしたけど、噂の天丼……なんやたいしたことないなって(笑)。「てんや」のほうが美味しい!!
加害者になる可能性
それでは、経験したからこそわかった司法制度や裁判員制度の改善点を聴いてみたい。
検察官は、「クロ」とするだけの証拠をキッチリ取ってほしいですね。海外が絡む事案でもしっかり証拠を取れるシステムを作るとか、ベルギーでもフランスでも日本の大使館がありますから、そこに司法関係の人間もいればもう少しできるんじゃないかな?
あと、公判前整理手続でこんな話がありました。こんな証拠を出しましょう。これは調べましょうとか。そういうのが裁判員に示されていれば納得はいくんですけど、(今回は)たったこれだけの証拠で決めろという話だったわけです。でも、裁判官や検察官は、「これは疑わしいとか、こういうのはクロが多い」という経験則があるじゃないですか。怖いですよね。
大胆ながらも建設的な提言だと思う。裁判員への公判前整理手続の情報共有はぜひ実現すべきだろう。 最後に、「もう一度、機会が巡ってきたら?」と定番の質問をしてみた。
やります! 即答です(笑)。やっぱりいい裁判を作っていくための1人になりたいですよね。人の人生に関わるってすごいことです。
たとえ死刑事案だとしても、「覚悟してやるしかない」と言い切る宇杉さん。迷わずやるというその理由に、心から共感した。それに、彼の発言の軸はいつも定まっている。
僕は加害者になる。「罠」にハマることだってあるじゃないですか。自分がいつ(覚醒剤の)運び屋にされるかわからない。「お前のとこに娘2人おるやろ」って脅されたら……。戦争のネタやってると、被害者と加害者は紙一重だってよくわかります。
事件の被害者と同じ条件で、いつでも加害者になるかもしれない私たちにとって、よりよい刑事司法でなければ困るのは自分たちということ。「政治と同じように、裁判というのも実は僕らの身近にあるんやで」。インタビュー前の雑談の中で、こう話した宇杉さんの真意が深く理解できた。
(2025年9月10日インタビュー)
【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
・第9回 コロンボの思考(大木春男さん)
・第10回 同じ裁判、別な視点(山下美紀さん)
・第11回 縁あって裁判員(小野利さん)
(2025年12月15日公開)
