事案の概要
同種前科を有し、仮釈放中に窃盗を犯して逮捕されたAさん(29歳)は、今回の窃盗について罪を認めていた。
私は、勾留決定の翌日、被疑者国選弁護人に選任された。その日の夜、警察署で初回接見を行った。接見室のAさんは、初対面の私に緊張している様子であった。
被疑事実について確認すると、Aさんは「窃盗したことは認めている」と答えた。しかし、詳しく話を聞くと、「実は余罪がある。正直、取調べで聞かれたことが、今回逮捕された窃盗のことなのか、余罪のことなのか、記憶が曖昧である」と述べた。
Aさんは、すでに取調べで自白をしていた。ただし、どの事件について、どのような内容を話したのかを正確に整理できていなかったのである。
弁護方針の策定
本件では、不起訴処分を得るための事情が乏しかった。初回逮捕の時点で被害総額は100万円を超えており、同種前科もあった。しかも、仮釈放中(2年半の懲役刑)の再犯である。家族とは疎遠で、連絡を取ることもできず、本人も家族への連絡を頑なに拒否していた。
このような事情から、不起訴に持ち込むことは困難であると判断した。また、仮釈放中の再犯であることから、執行猶予を得ることも不可能であった。
もちろん、被害弁償や謝罪、反省、再犯防止策など、量刑上有利な事情を積み上げることは重要である。しかし、本件では、起訴される犯罪の数をできる限り抑えることも重要であった。余罪が次々と起訴されれば、被害件数や被害額が増加し、最終的な量刑に不利となる可能性が高いからである。
そこで、弁護方針は「いかにして減刑を目指すか」、具体的には「これ以上不用意な供述をさせず、起訴される犯罪を増やさない」という方向に定まった。
取調べ拒否の提案
Aさんは、すでに被疑事実を認め、取調べにおいて自白もしていた。犯行を認め、話すべきことを話しているのであれば、それ以降も取調べに応じ続けなければならない理由はない。
むしろ、本件では取調べに応じることのリスクが大きかった。窃盗事件では、捜査機関が余罪を明らかにするため、被疑者の行動や過去の窃盗について質問することがある。Aさんは、事件ごとの記憶を明確に整理できていなかった。そのため、取調べに応じるうちに、今回の事件と余罪を混同し、実際には行っていない犯行まで認めてしまうおそれがあったからだ。
また、Aさんは接見時にも、自分の記憶や認識をうまく整理して話せていなかった。接見という比較的落ち着いた場面でさえ説明が困難であるならば、緊張を強いられる取調べでは、さらに正確な供述が難しくなると考えられた。
加えて、Aさんは、感情的になったり、自暴自棄になったりすると、あることないことを話してしまう傾向にあった。黙秘を継続することがAさんの性格上難しい一方、弁護人が虚偽の供述をさせることはできない。それならば、取調べそのものに行かないという選択肢を検討すべきである。
そこで、私はAさんに取調べ拒否を提案した。
Aさんへの説明と通告書の提出
Aさんは、取調べ拒否の提案に対し、「取調べに行かないことが不利に働かないのか」と尋ねた。認めている被疑者にとって、取調べを拒否することには大きな不安がある。捜査に協力しないことで反省していないと受け取られるのではないか、裁判で不利に評価されるのではないかと考えるためである。
私は、Aさんに対し、すでに窃盗の事実を認め、これまでの取調べにも応じている以上、捜査には十分協力していると説明した。そのうえで、これ以上話すべきことがないにもかかわらず余罪について質問されれば、記憶の混同や不正確な供述につながる危険があると伝えた。
Aさんは説明を聞き、取調べ拒否に納得した。私は、具体的な手続について先輩弁護士に相談した。すると、RAISのウェブサイトに取調べ拒否の通告書の書式が掲載されており、それを警察や検察などの捜査機関に提出すればよいとの助言を受けた。
そこで、直ちに通告書を作成し、その日の夜に再び接見した。通告書の内容をAさんに説明し、署名押印をしてもらった。
翌日に取調べへ連れて行かれることを避けるため、接見終了後、留置係に、担当警察官へ通告書を渡したいと申し入れた。私は別室で待つよう指示され、そこへ担当警察官2人が入ってきた。私は、通告書を直接交付した。検察官に対しては、翌朝、通告書をファックスで送付した。
(2026年10月19日公開)
