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『オアシス・インタビュー』第3回

〈自敬の念〉の欠落が誤鑑定を生む

指紋鑑定にも第三者機関を


指紋鑑定にも第三者機関の必要性

——第3の照合不能指紋に保管義務の規定がないと、どういう不都合が生じるのでしょうか。

齋藤 犯罪現場から採取された現場指紋は、照合可能な指紋と不能なものに選別されます。照合可能な指紋は直ちに協力者指紋(左右10指紋の押捺をしたもの)と照合され、合致するものが除外され、残った指紋が「遺留指紋」として保管されます。この時、照合不能指紋と協力者合致の指紋は、現在の指掌紋取扱規則(国家公安委員会規則)では、保管規定がありません。然るべき保管の後に廃棄されます。この期間は各県警の規模によって異なりますが、おおむね1年前後です。

 そうすると、この照合不能の中に特徴点が5点以上指摘できて、犯行時に付着した指紋が含まれている可能性があり、その指紋が犯人のものかどうかを証明する根拠になるかもしれません。そのため、否認事件に限っては、全ての採取指紋について、相当な期間を強制的に保管する規則の改正が必要だと思います。そうすれば、再鑑定することが可能になります。

鑑定に関する座右
齋藤さんは、自分で作った鑑定に関する座右の銘を壁に掲げ、それをいつも見ながら、指紋鑑定に向かっている。

——齋藤さんは指紋鑑定にも第三者機関の必要性を訴えていますが、第三者機関のイメージとしてはどういうことを考えていますか。

齋藤 第三者機関とは、どのような組織を指すのかというと、つぎの3つが考えられます。①冤罪事故調査委員会という組織による原因究明、②犯罪現場から捜査機関が収集した鑑識資料を一元的に管理する独立した組織、③捜査機関が管理する鑑識資料を党派性に染まらない中立の鑑定人が鑑定できる組織、です。

 刑事事件の鑑識関係証拠を取り巻く環境は、警察署鑑識係ないし本部機動鑑識班が収集して、同じ組織の科捜研・鑑識課で分析し、その効果はすべて捜査機関が享受しています。また、現行刑事訴訟法には、裁判所の命令による鑑定(刑法165条以下、正式鑑定という)、捜査機関の嘱託による嘱託鑑定(刑法223条以下、嘱託鑑定という)がありますが、被告・弁護側の依頼による鑑定(憲法37条2項、当事者鑑定という)は規定されてなく、憲法第37条第2項の反対審問権に基づいているとされています。

 刑訴法に当事者鑑定が規定されていない理由は、裁判官に正式鑑定を上申すれば一応鑑定が可能であることと、捜査機関は常に全ての鑑定を公平に、かつ、間違いなく実施していることが前提になっているためと思われます。しかし、現実の鑑定事例では、「指紋で冤罪を明らかにした事例」にもあるように、真犯人の掌紋らしきものを隠ぺいしたり(③)、不都合な事態を取り繕ったり(⑤)、被告人の主張する事実を無視(①、②、④)している鑑定事例があります。また、正式鑑定は、鑑定資料が捜査機関において調整されたものに限ってしか接することができないので、間接的な鑑定になってしまいます。そのため実態を解明するには不十分であるように思います。そうすると、捜査機関の鑑定結果を検証する機関が刑訴法には設けられていないので、刑訴法の起草者は、性善説に基づいて組み立てられているとうかがえます。

——以前から、嘱託鑑定は捜査機関の中で行われるから、捜査機関のバイアスがかかるのではないかという党派性に問題があると指摘されています。その党派性という言葉は社会学の用語ですが、その組織の原則に従うという意識のことをいっているのでしょうか。

齋藤 鑑定の真髄は“信憑性”ですが、その信憑性が疑われる要素は、捜査機関が刑事訴追の役割(犯人性の証明)と嫌疑解消の役割(無実であることの証明)の両方を担っていることです。犯人として逮捕しているのに、犯人ではないということを同時に証明する義務があることです。

 捜査機関は、本来の刑事訴追の役割と嫌疑解消の役割を等しく捜査してくれれば問題はありませんが、警察官は「司法警察員」という捜査権を持ち、かつ、警察を管理する実質的な組織がないので、競争原理が働かず、刑事訴追の役割の方に利益誘導される傾向が強くなります。ちょうど “盾と矛”を同一人物が持てば、矛盾しないことと同じであり、現在の嘱託鑑定制度はこの状態にあるのです。これらの環境が特権意識を生み出し、“自敬の念”の欠落を引き起しているのでしょう。

  警察官は国民注視の中で、常に犯人逮捕という命題をもって活動しているので、警察組織の威厳を保つことに必死になってきます。そこに“自敬の念”の欠落が生じると言えます。“自敬の念”とは「哲学で、自己のうちに人格の尊厳を認めること。利己心や自負とちがい、自己のうちに人格の価値を認めることは、同時に他人のうちにも人格の価値を認めることを含んでいる。自尊」(「自敬の念『self-respect』」『精選版 日本国語大辞典』〔小学館〕。平川祐弘著『日本人に生まれて、まあよかった』〔新潮新書、2014年〕)というものです。

——その“自敬の念”が欠如すると、どうなるのでしょうか。

齋藤  そうすると、犯人逮捕に傾注し、真犯人の吟味や完全な裏付け捜査をしない傾向に動きやすい状態になります。例えば、①窃盗否認事件の再鑑定放棄、②殺人事件の現場状況と供述の整合性の未検証、③布川事件の物色方法と供述の整合性の未検証、④名古屋窃盗事件の指紋付着圧力の未検証、⑤強制わいせつ否認事件の指紋採取の正確性再検証など、があります。

用語解説

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