〈再審法〉「冤罪の救済を容易にする法改正を」/袴田事件で再審開始決定の村山浩昭・元裁判官が講演


「今の裁判でも冤罪が生じている可能性は十分ある」と法改正の必要を説く村山浩昭弁護士=2025年12月6日、東京・渋谷の青山学院大学、撮影/小石勝朗

 再審(裁判のやり直し)制度の拡充を求める日本弁護士連合会(日弁連)の活動を牽引している元裁判官の村山浩昭弁護士が12月6日、東京都内で講演した。村山さんは法相の諮問機関・法制審議会の刑事法(再審関係)部会委員を務めており、再審法制の見直しをめぐる同部会の議論を「かなり危機的」と表現したうえで「冤罪の救済を容易にする法改正」が必要だと強調。日弁連と連携する超党派の国会議員連盟が提出した法案(議連案)を成立させるよう訴えた。

人質司法などで「冤罪はつくられる」

 村山さんは静岡地裁の裁判長だった2014年、袴田事件(1966年)で死刑が確定していた元プロボクサー袴田巖さん(89歳)に再審開始と釈放の決定を出したことで知られる。日弁連・再審法改正実現本部の副本部長。この日は「再審・えん罪事件全国連絡会」の総会に招かれ、「袴田事件から再審法改正実現へ」と題して講演した。

 「袴田事件を担当して、再審について定めた法律がなんとやりにくいのか、これでは無実の人は救われない、再審制度は十分に機能していないと痛感した」

 「東京高裁が2018年に静岡地裁の再審開始決定を覆した時に、袴田さんの姉の秀子さん(当時85歳)が『50年闘ってダメなら100年闘う』と話すのを聞いて涙が出た」

 村山さんは裁判官の退官後に再審法改正を求める活動に加わったきっかけを、こう述懐した。

 法改正が必要な理由として、裁判も人間がする以上、間違う可能性を否定できないことと、通常審では裁判官は法廷で取り調べた証拠しか見ていないことを挙げた。さらに、容疑を否認したり黙秘したりすると身柄の拘束が長引く「人質司法」、捜査機関の威圧的な取調べ、目撃者や共犯者への圧力によって「冤罪はつくられる」と指摘。「古い事件だけでなく、今の通常審でも冤罪が生じている可能性は十分ある」との見解を示した。

 再審の目的は戦後の刑事訴訟法改正で「冤罪救済」に明確化されたものの、制度自体は1924年に旧刑訴法が施行されてから「100年間、変わっていない」。再審請求を審理する手続の規定がほとんどなく裁判官が主導する「職権主義」という仕組みのため、「裁判官の手が空かないと審理は進まない。証拠開示や事実調べも、やらない方向に行きがちになる」と課題を提示し、「規定を作れば裁判官はそれに従ってきちんと取り組む」と自らの経験を踏まえて解説した。

 2019~2023年の5年間に起こされた再審請求1,218件のうち再審が開始されたのは7件で、すべてが検察の申し立てた身代りなどの事案だったことを紹介。再審請求をしてから再審開始決定が確定するまでに、ともに再審で無罪が確定した袴田事件では42年、福井中学生殺害事件では20年かかったことに触れ、「私たち法曹が冤罪を生み放置してきた責任を自覚し反省することが、再審法改正の第一歩」と決意を明かした。

証拠開示の範囲が狭くなることを警戒

 再審法改正の大きなテーマは、再審請求審での証拠開示の法制化だ。

 議連案は、再審請求人が証拠や証拠リスト(一覧表)の開示を求めた場合に、裁判所は原則として検察に開示命令を出すよう義務づける、と規定している。しかし法制審の部会では、再審請求人が出した「新証拠」に関連するものだけを開示の対象にするとの意見が強く、証拠リストの開示にも消極的な委員が多いという。

 村山さんは「再審請求人が最初に出した新証拠で再審が開始になったケースはほとんどない」と分析し、証拠開示を広く認めるべきだと主張した。捜査で集めた証拠は「一種の公共財」なのに捜査機関が独占しており、冤罪を訴えても「再審請求をする前に証拠にアプローチできない」「新証拠提出や証拠開示のハードルは高い」と現況を問題視。証拠リストをめぐっても「捜査機関がどんな証拠を保管しているのか分からず、開示を求める証拠を特定できない」と反論した。
 
 そのうえで、開示が新証拠に関連するものだけになれば、裁判官の裁量で開示命令や勧告ができる現在より開示の範囲は「必ず狭くなる」と警戒した。具体例として袴田事件で犯行着衣とされていた「5点の衣類」を挙げ、衣類の「サイズ」に関連する証拠に限定されていたら、再審請求をしてから30年近く経って開示され無罪の拠り所になった「色」にかかわるカラー写真が出てこなかった可能性に言及した。

 そして「規定を作っても今より狭き門になるのなら『そんなルールはいらない』になる」「現状を追認するだけの条文を作るために証拠開示が必要だと言い続けてきたのではない」と法制審の議論を批判した。

検察は開始決定が不服でも再審公判で争うべき

 もう1つの大きなテーマは、再審開始決定に対する検察の不服申立てを禁止するかどうかだ。

 袴田事件や福井中学生殺害事件ではいったん再審開始決定が出ながら検察の抗告によって審理が長期化しており、議連案は「禁止」を規定している。一方、法制審部会では日弁連の委員以外は禁止に反対しているという。

 村山さんは、大崎事件(1979年)では高裁・地裁で計3回の再審開始決定が出ながら検察の抗告によって上級審で覆され、いまだに再審が実現していないことにも触れ、検察の不服申立てが「冤罪救済をいたずらに長期化させ、救済の芽を潰す」と非難した。

 そして「再審請求人は請求を棄却されれば新たな申立てをしなければならないが、検察は抗告しなくても再審で主張・立証ができる」と述べ、検察は再審開始決定が不服でも、やり直し裁判の公判で争うべきだとの考えを示した。

講演終了後、袴田秀子さん(右から3人目)や冤罪被害を訴える人たちと写真撮影する村山浩昭弁護士(同2人目)=2025年12月6日、東京・渋谷の青山学院大学、撮影/小石勝朗

袴田事件を覚えているうちに法改正を

 講演の最後に村山さんは「法律が改正されることは間違いない」と見通したうえで、「早期・確実な冤罪の救済」に応える改正をしなければならないと強調した。法律を制定する国会議員に対して「冤罪が国家による人権侵害であると認めたうえで、救済できるシステムを設けてほしい」と要望した。

 また、死刑判決が確定しながら再審で無罪に覆るケースが1980年代に4件続いたのに法改正がされなかったことを取り上げ、「袴田事件を国民が覚えているうちに冤罪の救済を容易にする法改正をしないと、今後何十年と(冤罪被害者の)同じ苦しみは続く」と力を込めた。

 会場には袴田さんの姉の秀子さん(92歳)も訪れ、他の冤罪被害を訴える人たちと共に聴講。その後マイクを握り、「58年間、見えない権力と闘ってきた。なぜこんなに長くかかったのか。再審法を改正しないと冤罪で苦しんでいる皆さんを助ける途がなくなる。議連案を早急に成立させてほしい」とアピールした。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 また、本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2025年12月17日公開)


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