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ゴーン事件弁護士事務所の 捜索差押えと押収拒絶

拒絶権をめぐる弁護士と検察の攻防

《前篇》事実経過の確認
2020年1月29日の弘中惇一郎弁護士の事務所への捜索・押収では、検察官らは、弁護士より押収拒絶権が行使され、事務所への立入りを拒否されているにもかかわらず、侵入した。この行為は、被疑者・被告人の防御権・弁護人依頼権の侵害など弁護権の本質に関わる重大な問題を含んでいる。そこで、当事者の弁護士も交え、事実経過を確認したうえで(前篇)、押収拒絶権の法的意義や捜索拒絶との関係、今後の課題(後篇)などを検討する(季刊刑事弁護102号83頁より転載)。
出席者
後藤 昭 (ごとう・あきら 一橋大学・青山学院大学名誉教授)
弘中惇一郎(ひろなか・じゅんいちろう 弁護士/法律事務所ヒロナカ所属)
小佐々 奨(こささ・しょう 弁護士/法律事務所ヒロナカ所属)
大出良知(おおで・よしとも 九州大学・東京経済大学名誉教授・弁護士/司会)

傍聴弁護士
弘中絵里・大木勇・白井徹・水野遼太 (以上、法律事務所ヒロナカ所属)

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1 2回の捜索差押え

大出 最初に、事実経過について確認しておく必要があります。【資料1】【資料2】(いずれも別掲)と、小佐々さんが日本弁護士連合会あてに提出した報告書に基づいて私のほうで要点を記した【資料3】(別掲)を前提に始めたいと思います。

 2020年1月29日の捜索(2回目)の前、1月8日に検察が捜索(1回目)に来ていますので、検察がまた来ることは、想定されていたのではないかと思うのですが、その点はいかがでしょうか。

弘中 時間の順序からしますと、カルロス・ゴーンさんが日本からいなくなったのは、冬休みの真っ最中の2019年12月29日です。その後、2020年1月3日に、私が友人の車に乗っているときに検察官から私のスマホに電話があって、ゴーンさんの出入国管理法違反の関係で提出してもらいたいものがあるということを言われました。友人の車の中でのことですから、「何ですか」と言い、とりあえず言われたものを手帳にメモだけして、「あとでお返事します」と言ったのです。

 翌4日になって、やっと年明けの弁護団会議を開くことができました。そこで検察の要求についての対応を議論しました。先ほどのメモに基づいて対応を決めて、検察官に連絡しました。言われたものの中には、たとえば彼の自宅の監視カメラの記録データが入っているであろうUSBなど、そもそも存在しないものもありました。また面会簿やゴーンさんに貸与したパソコン内のログなどは、それまでにも、保釈条件の履行として定期的に裁判所に出していました。これに対して、ゴーンさんに使ってもらっていたパソコンについては、保存されているデータは秘密であるから出せないと判断しました。その検討に基づいて、検察官に、ないものはない、出せるものは出す、パソコンなどは出せないと回答しました。

 そうしたら、8日にいきなり検察官が事務所に来て、貸与パソコンの捜索差押令状を呈示したうえで立入りする旨を申し出たので、私はそのとき事務所にいなかったものですから、小佐々弁護士が応接して、押収拒絶権を行使する旨、また捜索自体も拒絶する旨を述べました。1時間ほど押し問答を繰り返した後、検察官らは帰りました。これが1回目です。

大出 任意提出できるものは提出されるつもりだったのでしょうから、令状を持ってこないことも想定されていたのでしょうか。

弘中 いやいや、令状を持ってくる可能性はあるという議論はしていました。

大出 その対応のために準備をされていたのですか。

弘中 われわれとしては、パソコンについては押収拒絶すべきであるということを、4日の弁護団会議で決めていました。

小佐々 捜索差押令状で来ることは予想できました。私たちは事務所に入るのを拒絶したいということで、『大コンメンタール刑事訴訟法』(以下、大コメ)など文献にあたって、捜索自体から拒絶しようと準備はしていました。

 偶然ですが、8日の朝、私が通勤で利用している地下鉄の駅で、たまたま特捜の検察官らを目撃しましたので、来るのだろうと思って、急いで事務所に入り、事務局に検察官が来る可能性があること、その場合弁護士が対応するから来たらドアを開けないでくれと伝えました。そうしたら案の定来ました。それで、私が事務所から出て、正面入口のドアの外で対応する形になりました。検察の持参した令状は、報告書では、差押許可状と書いていますが、捜索差押許可状でした。

大出 1回目については、結局、何も捜索しないで帰ったということですね。

小佐々 そうです。

弘中 1回目は、検察のほうで強行するだけの準備もできていなかったのではないかと思います。鍵屋も連れてきていませんでしたから。

小佐々 検察官たちは、その場で地検本庁と電話をしていたようですし、耳打ちをしたりして、1時間にわたって、事務所の入口周辺で入れ代わり立ち代わりしていて、最終的に、無理はせず帰っていきました。

 検察は押収拒絶権は行使されるだろうという想定で1回目も来たのだと思います。ただ、検察官は、事務所に入れてもらえて、パソコンを確認し、その場で差押えをするときに押収拒絶権を行使され、その段階で撤退するという想定で、捜索を拒絶されることまで想定していなかったのではないかと思います。

大出 検察は中に入れてくれることを想定していたということは、中に入って何をするという趣旨だったのですか。

小佐々 検察は、私どもが捜索を拒絶すると、押収を予定しているものが押収を拒絶できるものなのかどうかを判断するために、捜索が必要だということをずっと言っていました。

 検察はパソコンがあるかないかをまず確認させてくれと言うのです。こちらは、あるかないかを確認する行為も捜索なのであり、それを拒絶しているのだから、あるもないも回答しませんと。ここにあるないは回答しないけれども、検察が差押えをしようとしているもの自体は、こちらとしては押収拒絶の対象物であることは明らかなので、それらを捜索することも認められないですし、渡しもしませんということを、ずっと繰り返し言っていたということです。

大出 そうすると、そのやりとり自体は、1回目も2回目も一緒だということですか。

小佐々 基本的には一緒です。ただ、2回目は、差押え対象物の中に、保釈条件(詳しくは、本誌100号163頁)に基づいて裁判所に提出するゴーン氏の面会簿があって、その原本にあたる手書きのものがあるのですが、それは、情報としては公開を前提にして本人から預かっているので、それについて拒絶ができるかどうかの点は1回目と違いがありました。

 それ以外は、基本的には、1回目と2回目の捜索を拒絶する理由としてこちらが主張していたことは一緒であり、向こうも同じことを言っています。2回目は主張が変わったというよりは、覚悟を決めて来たなという感じです。

(2020年05月06日公開) 

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