ゴーン事件弁護士事務所の 捜索差押えと押収拒絶

拒絶権をめぐる弁護士と検察の攻防


1234

2 検察の折衷説発言の経緯

大出 報告書によると、検察側は、自分たちがとっている立場は折衷説であるという言い方をしていますが、それはどのような意味でしたか。

小佐々 検察の折衷説は、検察は令状に記載されたものがどこにあるかを確認するために、強制的に捜索をすることができるけれど、押収拒絶権行使の対象になるものが保管されているのはわかっているから、「皆さん、動かないでください」と言って、弁護士の「そこには入らないでください」と言うのを無視して、いろんなものを漁るようなことはしませんということです。

 つまり、弁護士の協力を仰ぎながら、捜索というよりも、どこに何があるか、これは押収拒絶するのかどうかを、一個一個確認するような形の捜索をしたいということです。

大出 検察側からすると、押収拒絶権を行使することができる対象物なのかどうかを確認するということですか。

小佐々 検察側は、差押対象物を探し出し、差し押さえますが、それが差押対象物を捜索するという行為です。だから、それが押収拒絶に当たるかどうかの判断のために何かをするわけではなくて、あくまでも、通常の差し押さえるべきものを探すための捜索をするというのが、検察の主張です。

大出 そのためには中身を見る必要がある場合が出てくることになりますね。

小佐々 差し押さえるべきものに当たるかどうかの判断のために、ものを見ないとできませんが、それはしませんと。なぜかというと、押収拒絶権があるからという。

大出 そうすると、探す意味がないという場合がありますね。

小佐々 こちらは押収拒絶対象物があるから捜索自体を拒絶します。つまり令状に記載されているものは、われわれとしてはすべて押収拒絶対象物であるから、あるかないかという判断を検察がする必要もないと言っているのですが、検察は「それを拒絶されるんだったら、拒絶権がこれに対して行使されたという確認を取る必要がある」という趣旨のスタンスではありました。

後藤 そうすると、折衷説の意味は何ですか。押収拒絶されても捜索はできるということですか。

小佐々 折衷説は、やり方の問題だということです。検察はその場を動くなと強行することだってできるけれど、そんなことはしませんと。つまり弁護士側の押収拒絶権も尊重し、何でもかんでも見るようなことはしませんという意味での折衷説です。

大出 それは、検察側からすると、押収対象物の存在の確認はともかくするよ、ということですね。

小佐々 そうですね。検察としては、見たいところはすべて見るが、捜索の仕方で、検察官側も折れますよという意味で、折衷説を言っていた。こちらは、捜索拒絶は押収拒絶権から導いて、そういうことは認められませんとずっと繰り返していたのです。

大出 押収拒絶の判断権が弁護士にあるとすれば、そもそも捜索自体必要ないということにつながっていく議論だと思うのですが、弁護側としては、そういう立場で主張したということですね。

小佐々 押収拒絶権の判断権者は弁護士であり、拒絶しているのだから、それが押収拒絶対象物かどうかの判断をする権限は検察にはない、その判断の前提としての捜索も許されないという主張です。

後藤 検察官たちの立場は、押収拒絶権の対象となりそうなものが差押物になっているときでも、捜索は無条件にできるという主張ではないのですか。

小佐々 無条件にできるという理解のもとに、そこまではしませんよという限りで折衷説という言い方をしていたと思います。

大出 弁護士側の対応とも関係していたのかもしれませんが、検察としては、令状を持っているのだから全部見る権限は持っているので、それを確認したうえで、弁護側が押収拒絶をするならしなさいと。

小佐々 検察官側は、最終的な差押えをする場面において押収拒絶権を行使しなさいというスタンスで、押収を拒絶できるものについて押収できるという理解ではありませんでした。

大出 ということは、今回の事態は、最終的にいうと、捜索を認めるか認めないかというところに集約される議論だったと伺っておいていいですか。

小佐々 そうだと思います。

弘中 私はこの捜索の時点では出張で不在だったので、あとから聞いたのですが、やりとりの中で検察官が言った言葉として、「必ずしも弁護士に預けたものではなくて、つまりゴーンさんは長時間そこにいたわけですから、彼は自分の私物をたまたまそこに落とすとか、置き忘れるとか、そういうものがあるのではないか。それは弁護士が預かっていないものだから、押収拒絶の範囲に入らないことがあるのだ」ということがありました。

大出 弁護士に委託されてないからという理由からですね。

小佐々 押収拒絶権を行使するというけれど、弁護士の方々は何があるか全部知っているのですか、部屋の中に落ちているものなんて、先生方は何かわからないでしょうと。そんなものに押収拒絶すると言ったって、どんなものかもわかってないようなものだってあるのではないですかという言い方です。

弘中 今回の件は普通の事件と若干違うと思います。ゴーンさんの場合には、弁護士事務所に毎日来て、長時間滞在して、そこでゴーンさん1人で過ごしたり、友人や家族と会ったりしていました。パソコンを使用するのは、弁護士事務所でなければならないという特殊な保釈条件ですからそうなったのです。事務所の一室をほとんどゴーンさんに貸したような形になっていて、そこで彼が何をしているか、あるいはどういうものを置いているか、こちらはよくわからないという実態があったわけです。

 たぶん、検察官は、そこのところに着目して、落としたものもありうるなどと言ったのです。つまり、弁護士が預かったと言えないものが何かあるはずではないかという頭があったのかもしれませんね。

大出 ということは、秘密性の問題とあわせて、委託物であるかどうかということの確認をせざるをえないのだという趣旨ですね。

弘中 検察官は、そういう頭はあったと思います。

大出 それで捜索ということをせざるをえないのだと、そういう趣旨ですか。

弘中 ええ。

大出 ただ、それ以上の強行手段を講じて持っていくことはしないと。

弘中 私らから言わせると、毎日部屋は掃除していますから落としたものなどあるわけないし、単なる検察の勝手な想像だと思うけれども、そういうところを突破口にして捜索をやりたかったのかと思っています。

大出 会議室をゴーンさんに貸して、そこを使用場所として提供していることは、そこでの活動全体について、弁護士事務所としては保障するなり、対応するなりしているわけですね。

弘中 ええ。

大出 ですから、事情としては、個別に委託がないにしてみても、そこでの活動全体を包括的に委託されていることになりますね。

小佐々 そのことは検察に何度も説明しています。

弘中 私たちは、ゴーンさんから賃料をとっているわけでもなくて、あの会議室は、われわれが完全に権限を持っている場所でした。ただ、事実上、事務所に滞在するときにはその部屋を使っていいというだけの話でした。したがって、その部屋に置いてあるものは、私たちの管理下にあるものだというのが私たちの認識でした。

後藤 仮にゴーン氏が置き忘れたとしても、それを業務上預かったものではないというのは、事務所としては無責任ですね。

小佐々 そうです。仮に、本当に純粋に私物であったとしても、われわれが彼との信頼関係に基づいて事務所で預かっているものなのだから、それは捜索差押令状にあがっていないものを含めても、事務所で預かっているものです。

 もし事務所で預からないものだったら処分するものだし、処分せずに置いていたものは、すべてこちらが委託関係で預かっているもので、すべてそうなのだから、あなた方が押収できるものはおよそないのだということは、捜索の最初の段階から繰り返し言っていたのですが、2回目にはそのような主張を無視して強行しました。

弘中 ゴーンさんも、ここは自分の弁護人の法律事務所だという前提で、安心して自分のものを置いたりしているのですから、ものを置くことについても、基本的には弁護人との信頼関係に基づいたものだと思います。

(2020年05月06日公開) 

1234

こちらの記事もおすすめ