韓国刑事法の動き 第2回

韓国刑事法の動き 第2回

韓国刑法の特徴と最近の傾向

金台明(全北大学校法学専門大学院教授)
安部祥太(日本語訳)

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1 韓国刑法の制定と改正

 韓国は、植民地統治が終了した1945年から8年後の1953年に、ようやく刑法を制定した。植民地統治の終了直後の右派・左派政治勢力の対立による政治的・社会的混乱と、1950年から1953年までの朝鮮戦争を勘案しても、国家の基本法を制定するまでにあまりに多くの時間を要した。大法院長・金炳魯(キム・ビョンノ)と国会議員・厳詳燮(オム・サンソプ)という二人の傑出した人物が苦心したおかげで、朝鮮戦争が終わった1953年に刑法が制定されたことは、不幸中の幸いであった[1]。韓国刑事法誕生の主役である二人の人物は、刑法制定過程において、独立国家としての面目を保つために努力を惜しまなかった。しかし、韓国の近代化過程における日本の影響や、植民地統治終了後の政治的混乱により、韓国独自の刑事法を制定するための努力は大きな制約を受けざるを得なかった。そして、このような傾向は、1980年代後半まで続いた。

 韓国の憲政史は、数次の政治的激動期を経た。その中で最も重要な時期が1987年であることに、異論はない。1987年は、1960年以後も続いた軍事政権が民主化抗争によって終焉を迎え、現行憲法が制定された年である。韓国憲政史において、最大の転換点であったと言っても過言ではない。1987年に制定された現行憲法は、国民の各種の基本権保障、大統領直接選挙制、憲法裁判所の設置などを通じて、先進的な憲政秩序を樹立した。この憲政秩序は、その後も40年近く韓国社会の法的基礎となっている。1987年の憲法改正によって下位法令にも相当な変化がもたらされ、そのような変化は当然に刑事法の領域にも及んだ。

 ただし、直接的な変化は、刑事訴訟法の改正において顕著であった。刑法改正は、その大部分が社会の変化と足並みを揃える形で行われた。その代表的な改正例は、コンピューター犯罪や人質犯罪などのような市民の経済活動や日常生活の安全を脅かす犯罪の新設(1996年)、併合罪規定の改正(2005年)、自由刑の上限の大幅引上げ(2010年)、強姦・強制わいせつなどの性暴力犯罪処罰規定の整備(2012年)、略取・誘拐罪処罰規定の修正(2013年)、罰金刑に対する労役場留置期間の整備(2014年)、心神耗弱者に対する必要的減軽の任意的減軽への変更(2018年)、未成年者類似強姦の適用年齢引上げ(2020年)、用語および表現の整備(2021年)、嬰児殺人罪および嬰児遺棄罪の廃止(2023年)などである。2025年にも、公共の場所における凶器所持罪の新設、公衆脅迫罪の新設、詐欺罪の法定刑引上げ、親族相盗例を「刑の免除」から「親告罪」へと変更することを内容とする改正が3回にわたって行われた。

 ただし、ここまで挙げた「刑法」改正は、「刑法」という名称を持つ法律——すなわち、「狭義の刑法」に限定されたものである。その範囲を「広義の刑法」へと拡大すると、韓国刑法の特徴はさらに複雑になる。以下では、議論の範囲を「広義の刑法」へと拡大し、韓国刑法の特徴について概観する[2]

2 世論の変化に応じた迅速な変化

 1945年以後、韓国社会は、どの国家よりもダイナミックに変化・発展してきた。このような韓国社会のダイナミックさは、刑法にもそのまま反映された。韓国は、1980年代の政治的民主化を達成した後、政治・経済・社会・文化のあらゆる面で大きな変化を経験した。特に、道徳や倫理も少なからず変化し、その変化が刑法にも相当な影響を及ぼした。

 1990年代初頭から、各種の性犯罪の実情がマスメディアによって報じられた。それにより、性道徳や性倫理に対する認識に大きな変化が生じた。1987年の民主化以後、高まっていた韓国国民の権利意識は、性暴力犯罪の被害者の人権保障にも影響を与えた。特に、性暴力犯罪の実情と被害者の苦痛がマスメディアを通じて国民に知れ渡り、性犯罪者に対する厳罰を要求する世論が形成された。政界は、このような世論に呼応して、性暴力犯罪の処罰および被害者保護等に関する法律(1994年)を優先的に制定した。2012年には、刑法を改正して、性犯罪を規定している章の名称を「貞操に関する罪」から「強姦とわいせつの罪」に変更した。また、強姦罪の客体を「婦女」から「者」に変更したり、親告罪を非親告罪化したり、類似強姦罪、常習強姦等罪、強姦等予備陰謀罪を新設するなどの改正を断行した[3]

 そして、韓国は、有形・無形の強制力によって人の性的自己決定の自由を侵害する性暴力犯罪について処罰を強化する一方で、婚姻することを口実に婦女を姦淫する「婚姻憑藉姦淫罪」や姦通罪のように、性道徳や性倫理に反する性風俗犯罪については刑事処罰の範囲から除いて非犯罪化する方向へと進んだ。

 上記の「婚姻憑藉姦淫罪」は、本質的に個人間の私生活に属する行為であるにもかかわらず、刑法が干渉することは決して望ましくないという批判を受けてきた。そして、2009年、憲法裁判所が違憲決定を下した。これを受けて、2012年刑法改正によって、「婚姻憑藉姦淫罪」が刑法から削除された。1953年制定当時から規定されていた姦通罪についても、個人の性的自己決定権とプライバシーを著しく侵害するほか、刑法の補充性、脱倫理化、非犯罪化の要請に反するという違憲論が絶えず展開されてきた。この点について、憲法裁判所は、過去4度にわたって合憲決定を下してきたものの(1990年、1993年、2001年、2008年の各決定)、2015年にようやく違憲決定を下した。

注/用語解説 [ + ]

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(2026年06月12日公開)


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