
はじめに
第9回死刑廃止世界会議がパリで6月30日~7月2日に開かれた。私は日弁連からの派遣で参加した。その報告をするが、本稿は全くの私見である。
4年前のベルリンでの世界会議では、モンゴルの元大統領エルベグドルジ氏と知り合い、昨年、来日を実現し、鈴木馨輔法務大臣(当時)との面会もできた。しかし残念なことに、2025年6月27日、3年越しの記録を更新することなく、座間事件のS氏が処刑された。主任弁護人はたまたま東京弁護士会の副会長で死刑廃止実現本部担当であったが、執行3日前に面会して再会を約したにもかかわらず、この痛恨事に見舞われた。ここに、事前告知をしない死刑執行(即日執行)の問題がある。
今回は、第1回世界会議がヨーロッパ人権裁判所の所在地ストラスブールで開催されてから25年目の節目に当たる。当時、主催者を代表して挨拶をしたロベール・バダンテール氏(1981年にフランスが死刑廃止をした当時の司法大臣)は、惜しくも一昨年2月に逝去し国葬が執り行われ、昨年10月9日(死刑廃止法の公布日で世界死刑廃止デー)に、祖国の英雄を祭るパンテオンに埋葬された。
第9回死刑廃止世界会議
今回は、100カ国から1300名を超える参加者があり、ラジオ・音楽館と国民議会(ブルボン宮)議長公邸(ラッセー邸)で開催された。フランス政府主催、欧州連合・スイス連邦共催。死刑問題に取り組む各国・各地域の高官のみならず、NGOが多数参加した。
日本の監獄人権センターが協賛団体に名を連ね、マクロン大統領の演説を最前列で聴き、海渡雄一代表は演説後にマクロン大統領と言葉を交わし握手をした。演説では、バダンテール氏の功績を称え、5年前にともに死刑廃止40周年を祝ったことを回想し、全世界的な死刑廃止(universal abolition)を訴え、そのためにフランス政府は一層強力に取り組むことを約束し、予定を大幅に超過して演説を閉じた。
国連加盟国のうち75%を死刑のない国が占めているが、世界の人口の75%は依然として死刑存置国に暮らしている。他方、シエラレオネが死刑廃止条約の批准を言明し、チャド、カンボジア、中央アフリカ共和国も批准の手続をとると約束した。
さらに、レバノン政府代表が、戦火の絶えない中東地域にあって、しかもパレスチナ人による「テロ行為」についてだけ死刑を定めるイスラエル政府の「逆行」に対抗して、死刑廃止の手続をとると言明した。また、国連人権高等弁務官フォルカー・トゥルク氏は、一部の国に死刑を復活させようとする逆流現象があるけれど、死刑廃止はゆるぎない世界の趨勢であり、死刑存置国に対し廃止に向けた取組みを強化するよう訴えた。
また、75名の政府から独立した国連人権問題専門家(特別報告者及びプロジェクトチームのメンバー)の共同声明は、死刑がとりわけ経済的な不平等を背景として執行されていることを問題視した。
前々回(ブリュッセル)と前回(ベルリン)がやや小ぶりの会場であったのに対して、今回は、コンサートを常設しているホールやフォワイエを使い、快適であった。特に最終日の閉会式は、ベルサイユ宮殿も凌ぐような豪華な室内装飾に囲まれた広間で、ここでバダンテール司法相は、国民議会に提案する死刑廃止法案の草稿を完成させたと言われている。マダム・ヤエル・ブロン=ピヴェ(現国民議会議長)は、コンゴ民主共和国の弁護士リェヴァン・ンガンジ(Lievin Ngondji)氏の類まれな実践活動に対し、バダンテール大賞を授与した。
袴田事件の袴田ひで子さんが登壇
初日に、袴田ひで子さんが登壇し、死刑冤罪事件で58年間、弟の雪冤のために闘ったことを振り返り、とりわけ46年にわたる拘置(世界最長死刑監房収容記録)の中、隣の死刑確定者がある朝お別れを言って処刑されたことがきっかけとなって、精神を病むようになり、自らが神になり死刑廃止を念じたというエピソードを披露した。「私は弟だけが助かればいいとは思っていません」と明言し、全世界的な死刑廃止に取り組む決意を述べた。市民団体の交流の場であるアゴラでは、壁面に、英訳付きで巖さんの手紙が展示されていた。
次に、昨年11月に立正大学で開かれた東アジアにおける死刑に関する第5回地域会合を受けて、東アジアにおける死刑問題として、情報開示(透明性)の問題がラウンドテーブルのテーマに取り上げられた。台湾の死刑廃止同盟が、元死刑囚も交えて、台湾での緊張した取組みを披露し、閉会式では優秀NGOとして表彰された。
受賞のあいさつで林(リン)事務局長は、自分たちのNGOは法律家が中心となって活動しており、法律家こそがこの賞を受けるべきだと述べて、会場にいる法律家に起立を求めた。私も立ち上がったが、400名程いる広間の参加者のうち、起立した人は50人にも満たなかった。それほど、死刑廃止運動が、法律家の関与も重要でありながら、さまざまな市民社会のステークホルダー(利害関係者)によって支えられていることが分かった。また、北朝鮮(DPRK)の死刑に関して、脱北者である女性が状況を説明し、同時に、ワークショップで、韓国のNGOが詳細に調査結果を発表して、分厚い報告集を配布していた。

崎浜空音さんADP若者大使として参加
最後に、若者の活躍に触れたい。日本でも、昨年の地域会合(前記)で、30歳未満の若者による「私なら、こうして日本の死刑を廃止する」というテーマを掲げて、英語のスピーチ大会を開催した。その結果、最優秀の崎浜空音さん(当時、慶應義塾大学4年生。現慶應義塾法科大学院生)はECPMによって招待され、また入賞者5名のうち、参加を希望した2名を派遣支援募金によって送り出すことができた。寄付に応じてくださった方に、この場を借りて、厚く御礼申し上げる。
会議では、若者だけのセッション(ユース・ハブ)が常設され、道路に面した明るい室内で壁面には死刑に関連したポスターが展示され、地元の高校生や大学生も参加して、元死刑囚や袴田ひで子さんの話を聞いたりしていた。崎浜さんは、ADP(Abolition of the Death Penalty)若者大使50名の一員として、死刑廃止を訴えるパフォーマンスに2列目に登場し、また若者大使の「語り場」(ラウンドテーブル)では、登壇者4名のうちの一人として、死刑廃止に対する思いや決意を語った。
会議終了後のハプニングまで参加して、ブルボン宮からセーヌ河を跨ぐ橋を渡り、コンコルド広場までのパレードとシャウト(即時死刑を廃止しろ!)に参加し、赤い長布を用いたパフォーマンスをした芸人が、チュエルリー公園の入口で、その布で、「廃止」(ABOLITION)の文字をつくり、参加者全員が繰り返しシャウトする場面が何度も撮影された。コンコルド広場は、1793年1月21日にルイ16世が、その9か月後に王妃マリー・アントワネットが処刑された場所であった。
今後の課題
第10回死刑廃止世界会議は、3年後の2029年にモロッコで開催される。それまでに日本も死刑廃止条約に加盟するか、あるいはモラトリアム(執行停止)を宣言すれば、第11回世界会議の開催国として名乗りを上げて、中国、北朝鮮、ベトナム、インド、パキスタン、インドネシアなど、アジア地域における死刑実施国に対して人権と人間の尊厳のためのイニシャティブを取ることができる。
そのためにも、死刑確定者の処遇(厳正独居と外部交通の制限)を改善する必要がある。死刑制度の死角や闇を少しでも減らすことが、いま求められている。
【編集部より】「第9回死刑廃止世界会議に参加して:来て、見て、良かった──ADP(Abolition of the Death Penalty)若者大使は語る(仮題)」が、2026年8月22日(土)午後2時から開催される。開催場所は、青山学院大学青山キャンパス17号館17510教室(入場無料)。
(2026年07月27日公開)